第37話
今更だけど、某吸血鬼の真相さんとはなんの関係もありません
楽しい祭りの最中、中山先輩に会ったことで私は不機嫌になりながらも引き続き露店を見て回っていた。
「ごめん鏡華さん。兄の所為で嫌な思いをさせて……」
隣りで申し訳なさそうな顔で晴恋は私に謝る。
「いや、別に晴恋は悪くないし……」
悪いのは中山先輩だ。決して晴恋が悪いわけではない。
それにしても中山先輩は妹の晴恋をこんな危険な事に巻き込んでもいいのか? あの感じだと巻き込のに反対でも賛成でもない感じだったが。
「そうだよはるこ~。悪いのは鏡華なんだから」
前を歩いてる月見がこちらを向かず、呆れた声でテキトーに言った。
「おいおい滝沢さん、中山さんには悪いけどあれはどう考えてもあの先輩が悪いよ」
伊集院が笑顔で月見に反論する。
「晴恋には悪いけど、あの先輩は全面的に悪過ぎて逆に真っ白だよ。あそこまで悪かったら、逆にあの先輩を悪く言うのはお門違いだよ伊集院君」
「ちょっと滝沢さん、晴恋さんの前でそれは言い過ぎだよ」
璃子が月見を咎めた。
「いいえ璃子さん、兄は罵倒の言葉が見つからない程悪いと思う。むしろ罵倒するならお金をもらってもいい」
晴恋がさらに璃子を咎めた。
伊集院、月見、晴恋、あんた達いくらなんでも中山先輩を悪く言い過ぎだろ。しかも晴恋、あんたそれ本気で言ってるだろ。
「ねえ鏡華ちゃん、みんないつもこんな感じなの?」
姫都が私に耳打ちした。
正直な話、姫都にこいつらを紹介したことを若干後悔している。確かに一般的な感覚の人はちょっとドン引きだよな。
「ああそうだな」
姫都が屈託のなく静かに笑みを浮かべて言う。
「今日はありがとうね鏡華ちゃん」
「いや、楽しんでくれたなら別にいいが」
「うん。でも鏡華ちゃんとは二人きりが良かったな……」
この状況はいつか見た少女マンガの状況に似ていた。友達と一緒に遊園地に行ったヒロインが彼氏に放った一言と同じような状況だ。
私は額に手を当てて諭す。
「そういうのは彼氏にでも言ってやれ」
姫都は意味がわからないといった顔だ。
「あんたはやっぱ天然だな」
天然はかわいいから天然なんだ。
「いきなり天然扱い?!」
姫都はショックを受けたらしい。
「女相手とはいえあんな──!」
ゾクリ。私は身震いした。何者かの視線を感じた。
私にはなぜかそれが視線に感じた。誰かが私を見ている。
その視線はまるで熱い眼差しのような冷たく睨み付けられているような。そして自分でも驚いたが私はその視線の先がすぐにわかった。
私は立ち止まってその視線の先へ振り向いた。目の前で人々が行き交う切れ目。風呂敷を広げ西洋人形を売られていた。長い金髪に青色の目、人形特有の白い肌の人形。それが真ん中にポツンと置かれている。
私はその人形と目が合った。
「どうしたの? 鏡華ちゃん」
ドキドキする。あの人形がかわいい、愛おしい、恋しい、ボーとする、ふわふわする。あの人形がほしい。
私は姫都を振り払い人形の元へ歩いて行く。
「鏡華ちゃん!」
姫都の声が聞こえた。
「どうしたんだい?」
「伊集院君、鏡華ちゃんがなんか変なの!」
「……あの時と同じだ。動きが予測できない」
姫都と伊集院がうるさい。
「伊集院君! 原山君! 鏡華を止めて!」
月見がすごくうるさい。
私は後ろから手を掴もうとする伊集院と原山の手を避ける。
「何?」
私は後ろを向き伊集院の腹を殴り原山の脇腹を蹴った。そして再び人形の方へ向き直り歩き出す。
「高田の奴……何かに魅了されてやがる……魔眼か?」
「一条さん! 一緒に鏡華を止めるよ!」
「え? うん!」
その時、私の手を誰かが掴んだ。
私の手を掴んだのは意外にもシオンだった。
****
「鏡華ちゃん!」
姫都の声で私含めてみんなが姫都の方へ振り向きました。
近くで中山先輩の悪口を言っていた風麿が姫都に声をかけます。
「どうしたんだい?」
「伊集院君、鏡華ちゃんがなんか変なの!」
姫都が状況を把握してないのか困った顔で風麿に言いました。風麿は顎に手を当て歩いて行く鏡華を見つめて言います。
「……あの時と同じだ。動きが予測できない」
あの時とはおそらく球技大会の時のことでしょう。
風麿曰わく、あの時はあの生徒を常に予測していたのに予測が外れました。そこで文芸部のみんなで風麿の予測が外れた理由を考え、異常な性格や狂った感情や外れた思考をする相手には予測の的中率が下がると結論付けました。つまり、正常な相手にしか風麿の予測は意味をなさないのです。とんだ見掛け倒しです。
そして月見が焦ったように声を荒げて命令します。
「伊集院君! 原山君! 鏡華を止めて!」
風麿は我に返り、大樹が急いで二人は鏡華の腕を掴もうとします。しかし、鏡華はこちらも見ずに二人の手を回避しました。
「何?」
鏡華は心の底を冷やすような声を出しました。それはあまりに威圧的──いえ、むしろ鎮圧的や重圧的と言った方が正しいかもしれません。
鏡華はこちらを振り向きました。風麿の腹を殴って、大樹の脇腹を蹴りました。二人は鏡華の攻撃を受けてうずくまりました。
その目は熱いのか冷たいのかわからない目をしていましたが、ただ虚ろでした。
そして鏡華は再び歩いていた方向へ歩きだしました。
「高田の奴……何かに魅了されてやがる」
魅了?
何か鏡華の今の状態にしっくりします。
大樹はしばらく黙り、不意に呟きます。
「魔眼か?」
魔眼……聞いたことあります。
魔眼。目を合わせた相手に影響を与えたり、普通では見えないものが見えたりする特殊な目。実質、視覚に頼る生物相手にはほぼ無敵です。
しかし、私には対処法があります。
私の透視も一種の魔眼。言葉通りただの透視ですが、一応魔眼や私のような透視などを持つ生物は魔眼などに耐性があります。また、カメラなどを介することによって影響をある程度軽減できます。特に透視は間に障害物を介するため二重の耐性になります。
私は歩いている鏡華の背中を見つめます。私が目に集中すると映る鏡華が透けました。鏡華の先に映っていたのは──
人形? あの人形の目……もしかして魔眼?
「一条さん! 一緒に鏡華を止めるよ!」
「え? うん!」
ヤバいです! 力づくは!
月見と璃子が二人で止めようと鏡華に近よる前に、私が駆け足で鏡華に近づき手を握りしめました。
そして私はサイコメトリーをしました。
理由は簡単です。魅了は所謂無我夢中。ならばそれ以上のことに意識を向けさせればいいだけです。
ただ問題が二つあります。一つ目は一瞬のサイコメトリーでどこまで意識を向けさせるほどの情報を読み取れるかです。例えば、対象者の忘れている思い出したくないトラウマなどは時間をかけなければ読み取ることはできません。二つ目は魅了されている鏡華に感化されないか。
私の頭の中に鏡華の今日一日の記憶が流れて来ます。
その中に、絶対にこちらに意識を向けるであろう記憶がありました。
その情報は鏡華が私達に隠している秘密。私達を巻き込まないように一人で解決しようとしている秘密。その秘密は私達に優しいから隠しているのか、それとも私達を信じていないから隠しているのか……。
私は小さい声でそれを言葉にします。
「北乃先輩と中山先輩」
鏡華がこの言葉に反応します。
「取引」
鏡華の動きが止まります。
「璃子」
鏡華が私を見ます。
「『悪意』」
鏡華は驚いた顔で私を見つめます。その目にはすっかり意思が戻っています。
私のサイコメトリーで鏡華から驚愕と焦りの感情が読み取れます。
そのまま鏡華は繋いでいる私の手を強く握ります。
「えっ?」
そして私を引っ張って走り出しました。
一瞬でした。
鏡華は一瞬で状況を把握し、何をするか考えました。実際、私は鏡華のその一連の考えが頭に流れてそれを読む間も与えられずに引っ張られました。
私は鏡華の必死な顔を見て納得しました。
球技大会の時に多人数に囲まれた状況、テレビに出た時の石を避けるゲーム。あの運動能力に加え、この驚異の思考能力ならばあれらを凌ぐのも頷けます。
鏡華に連れられ私は何かの建物の裏手に来ました。
鏡華は私から手を放しました。
「で、シオンはあのことをどこまで知っている? いや、それ以前にあのことをどこで知った?」
走っている時に冷静さを取り戻したのか鏡華は真っ直ぐ私を見ます。
「知っているのは大体鏡華と同じです。どこでかは……」
私は超能力のことを言うか躊躇いました。
鏡華は黙っている私を待っていました。
そして私は意を決して言います。
「超能力です」
「超能力?」
「はい」
鏡華は私を観察するよう見ます。やがてため息を吐いて納得した顔で言います。
「なるほど……超能力ね。心を読むのか? サイコメトリーか?」
「サイコメトリーと透視です」
鏡華が私の目を好奇心に満ちた目で見つめます。
「サイコメトリーと透視か……。どういう経緯で手に入れたんだ?」
「幼稚園の時に既にありました」
「わかった。とりあえず本題に入るぞ」
鏡華が真剣な顔で私を見ます。
「もうこの際だ。奴らの言いなりになるのはごめんだがバレたのなら仕方ない。本当はこんな危険な事に巻き込みたくないんだが……」
私は煮え切らない鏡華に詰め寄り、両手で鏡華の右手を握ります。
「鏡華はもう少し他の人に頼ってください!」
鏡華は驚きこそしましたけど、私をサイコメトリーを使える私を受け入れてます。
これまで私はサイコメトリーの所為で私の記憶の限り親から手を握られたことはありません。それでも私に愛情を注いでくれました。だけど友達は私と手を握るのを嫌がりました。それが普通です。
しかし、今の鏡華は嫌がってません。簡単な話です。自分のことはどうだっていいのです。だから私達の危険になりそうなことは隠して、自分の隠したいはずの思いは隠そうともしない。今だって鏡華なら避けれられたはずです。
私は今サイコメトリーをしていません。だって鏡華は自分の思いを記憶を隠す気ないから……。
「鏡華は私が手で触れても拒否しないんですね」
「拒否してほしいのか?」
「拒否してほしいです」
「変わってるな」
「鏡華も変わってます。普通はサイコメトリーとわかってたら拒絶しますよ」
「だけどシオンだって私の内面覗いても拒否してないだろ。普通なら相手の心がわかったらそのドロドロな心に嫌悪感抱くだろう」
鏡華は自虐的な笑みを向けてそう言いました。
「鏡華は私に心の内をさらけ出しています。だけど鏡華……。鏡華は自分に対しておざなりにし過ぎです。友達のための隠し事は隠すのに自分の大事な隠し事は隠さない。悲しくてこちらから拒否したいくらいです」
鏡華は決意した顔で私に言います。
「決めた」
「何をですか?」
「わかってるだろ」
すみません。実はサイコメトリーをしてないのでわかりません。
「シオン……私に協力してくれないか? 大丈夫だ。何があっても私が守るから」
至近距離で向けられる鏡華の笑顔。私にだけ向ける笑顔。それはまるで何から解放されたような笑み。
私は思わず魅入りました。
こ、これは想像以上に反則ですね。月見達が鏡華に笑顔を強制させてたのもわかります。
それに鏡華も姫都に負けないくらい天然です。どちらかというと少年マンガの主人公みたいですけど。
「シオン?」
「は、はい! 喜んで協力します!」
「大丈夫かシオン? あんたが声を荒げるなんて……」
鏡華が眉をひそめます。ヤバいです。一つ一つの表情の変化に目が離せません。
「だけど、なんにせよありがとうシオン」
鏡華が私に向けた笑顔は信頼の笑み。私はただ頷いただけでした。
なるほど。月見は鏡華中毒者だったんですね。
鏡華はため息を吐いて言う。
「伊集院と原山に謝らないとな。なんであの人形のために殴ったんだろうか?」
そうでした。一応鏡華の身に何が起こったか教えておかなければいけませんね。
おそらくこれから先は先程のようなオカルトな現象と戦わなければならないはずですから。
「鏡華は魅了されてたんです」
「魅了?」
「はい。あの人形は魔眼を持っていたのです」
「北乃先輩が言ってた『悪意』によって歪んだものか……」
「間違いありません。『魔眼・魅了』は魔眼の中でも特にメジャーですからね。私が知る限りでも16人いますからね」
「え? そんなにいるものなのか?」
「はい。魔眼・魅了は先天的に発現し易い超能力の一つですから。ただ、その強さは本当に些細なものです。死ぬまで気付かれない程弱い人もたくさんいます。強い人は本当に強いですけど」
「物知りだな」
なるほど、と鏡華が関心しました。
ところで手はいつ離せば良いのでしょうか? タイミングを失ってしまいました。私はこのままでも問題ないですけど。鏡華の手、気持ちいいですし。
「まあ、魔眼の所為にせよ殴ったのは私だからな。とにかく戻るか」
鏡華は踵を返し、有無を言わさず私の手をそのまま握りしめ、引っ張って歩き出した。




