第30話
『大丈夫だ。負けはしない。私はあの羅刹女だからな』
その言葉が私──姫路姫都の頭の中で繰り返される。その時の鏡華ちゃんの不敵な笑み。それは正に人を魅了する笑みだった。
「あの時無意識で頷いちゃったみたいだけど、やっぱ危ないよね~……」
本番まで30分。控え室で私は頭を抱えた。
「姫路さ~ん。スタンバイしてください」
「はい!」
私は返事をしてスタジオに向かう。
司会による私の紹介を終え、いよいよゲームが始まる。
最初のゲームは予選。直線200メートルという距離を全員で三回に分けて走り、それぞれの上位十人が本戦に出場できる。つまり、ここで参加者を三〇人に絞る。
私はモニターを見る。そこには帽子に長い髪を隠している鏡華ちゃんがいた。私は祈る。
鏡華ちゃん! どうか怪我しないでこの予選で落ちて!
しかし、結果は一位という鏡華ちゃんの圧倒的勝利だった。
『おおーと! なんと可愛い少年が二位と大きな差をつけて一位だー!』
安堵と不満で私はため息を吐いた。
いよいよ本戦。次の競技!
予選は簡単な短距離走だったけど次からは危険な競技。
せめて怪我はしないようにして!
****
どうしてこうなったんだ。
私は残酷な短距離走を難なく終わらせ、今は屋外から屋内に移動している最中だ。
アイドルを助けたらこんな形でテレビデビューなんて……。嫌過ぎだろ。
ルール無用の短距離走だった。私はトップを独走したが後続はお互い足の引っ張り合いだったからな。
ドゴォ、と背後から音が聞こえた。私が後ろを見ると身長2メートルを軽く超えた男が別の男を殴りつけ、壁に叩きつけた後だった。殴られた男は顔面血まみれだった。
私は気にせず前へ向き直り歩き出した。
同情も何もない。殴られた男は先の短距離走で、カッターを使って他の参加者を切り付けてたしな。それによく見れば──
参加者が三〇人から二五人に減っていた。
もしかしたら一条家祭りより狂ってるかもしれん。
私は前一歩飛んだ。私の頭を殴ろうとする男の拳を避け、右足で着地しそのまま軸足にしてターンをしてその勢いで男の顔面を殴りつけた。男は壁に激突し、気絶する。
これで参加人数は二四人か……。
本戦が始まってないのに既に6分の1がリタイアするという事態。これが一般男性参加型バラエティーか。
なるほどな……。ある意味ヤラセ要素がない理想のバラエティー番組というわけだ。
やっと本戦会場への入り口が見えた。
全員おとなしく会場へと入場し、横に整列する。
『予選を勝ち抜き本戦に進出するのはこの三〇人だーー!! おっと?! 二四人しかいないぞ?! まあ、いつもの事なので先へ進んじゃおう!』
いつもの事なのか!
実は私、第一回目の放送こそ見たがそれ以降の放送を見ていない。パパとママが見るなって言ってたからな。
『さ~て? 第一回戦はドッジストーンランだ! ルールは簡単! 上から落ちて来る石を避けながらゴールまで走るゲームだ! 気絶したらリタイア!』
私の耳にふと観客達の声が入る。
「あの帽子をかぶった男の子可愛くない?」
「あの子が血まみれになるなんて想像するとゾクゾクしちゃう」
趣味悪い女達だな。それにしてもドッジストーンランか……。避ける石走る? 石を避けながら走るのか?
『走る順番は予選のタイムで決めさせてもらいます! え~と第一走者は……高田鏡選手!』
私は高田鏡という偽名で男として参加している。正直男として通ったのはショックだったが。
「はい」
私は列から一歩出る。そしてスタッフに案内された。
案内されたのは長さが25メートル程の直方体の箱だった。出口と思われる場所にはマットが敷いてある。天井には無数の穴が空いている。
あの穴から石が出るのか? あの大きさ割りと大きくないか?
『それでは石を落とします!』
司会の声とともに穴から石が落ちる。落ちるというよりそれは──
射出されてるよな。あの速度。そんなことよりすぐにゴールしなきゃヤバいな。
私の勘だが、おそらく物理的に計算して予測する伊集院にこれは無理だな。理由は簡単だ。たぶん予測に運動能力が追いつかないだろう。もしかしたら運動能力に予測を合わせるかもしれんが。
逆を言えば大雑把な予測でも運動能力が高ければ突破できるはずだ。
姫路姫都を見ると不安そうな顔でハラハラしている。
『それでは! スタート!』
私はすぐに走り出す。
一歩踏み出した時点で体を横に向ける。右肩があった場所に石が落ちる。石が落ちてから再び走り出す。ブレーキをかけると目の前に石が落ちる。私は落ちている石を避け、右足を軸に後ろへ少しターンして落ちる石を避ける。
余計なことを考える余裕などない。本当の意味で本気だ。
天井を見ながら石の落下するタイミングを見計らって回避し、地面に落ちている石の位置を把握して回避する。時には落ちている石を投げて蹴って石を弾く。視覚や聴覚を最大限に研ぎ澄まし、周りの物を最大限に利用しながら、落ちてくる石、落ちている石を対処しながら進み、ゴール直前でマットに向かって飛び込んだ。
マットに体が着地すると、私が飛んだ時いた場所に石が落ちた。石の落ちる音が止まる。私は通ったコースを見ておそらく苦い表情をしているだろう。体が服が汗でべっとりしている。
『おおーーと!! これはすごい! 高田選手、落ちてくる石に一回も当たらずにゴールまでたどり着いた!』
私は司会を一瞥し、姫路姫都を見る。
姫路姫都は今にも泣きそうな顔で安堵の表情を浮かべている。
****
私は涙をこらえ、安堵した。
良かった~。鏡華ちゃんが無事で。
本気な目がかっこ良過ぎると思った。安堵する表情が可愛い過ぎると思った。他人のために頑張り過ぎだと思った。私のために優し過ぎると思った。
普通初対面の人のためにこんな危ないことしないよ。
鏡華ちゃんが男の人じゃないのは運が良いの? 悪いの? 本当に男の人だったら絶対惚れてたよ。




