第25話
球技大会も午後の部。
私は校庭の陣地でため息を吐いた。理由は鏡華ちゃんに予知夢について話をしなかったことだ。
「どうした一条さん?」
そんな私の様子に原山チームメンバーの一人である滝沢君が言った。
滝沢月読。滝沢月見の双子の弟だ。顔はイケメンという感じで、襟足を伸ばしている。サッカー部で一年生でエースストライカーになったとか。
「なんでもないよ」
「そうか。また月見が変な事したとかじゃないよな?」
「うん」
滝沢君と話しをしているとゲームスタートのチャイムが鳴る。
ゲームスタートと同時に私は原山君に手を引っ張られた。
「えっ?」
「すまん一条! 伊集院チーム打倒にお前が必要なんだ!」
原山君が私に合わせて走る。
「いいか? 伊集院チームは北校門だ。体の弱いお前が攻撃班に入るのは予測出来ないだろ」
「でもどうするの?」
「伊集院だけを撃破する。奴がいなくなれば奴のチームは大幅な弱体化だ」
理論的には合ってるかもしれないけど、穴だらけな気もする。
「もう少し具体的な作戦はないの?」
「伊集院との一騎打ちになれば可能性はある」
確かに一騎打ちなら伊集院君をアウトにできるかも。
「ぶっちゃけ伊集院みたいな天才野郎にはシンプルな作戦の方がいい」
「で? 作戦は?」
「俺がどうにかして伊集院を引っ張り出す。お前は指定された場所で待機だ。ちなみにお前が伊集院の相手な」
え? 私が伊集院君の相手?
「無理だよ!」
「いや。俺が相手だと伊集院は絶対に手加減しないがお前にならするはずだ。俺的には俺が伊集院を相手するより、一条が手加減した伊集院と戦う方が撃破出来る可能性が高いと考えてる」
「わかったよ……」
私はしぶしぶ肯定した。
「頼んだ。ホワイトプリンセス」
私は指定された場所で待機している。場所は校舎の周りにある木の陰。
原山君は、伊集院君を見つけたらとりあえずボールを投げろと指示した。長期戦だと詰め将棋みたいな形で最終的に当てられてしまうらしい。
「お前は……」
私は声の方向に振り向いた。他チームの男子だ。手にはボールを持っている。
これヤバい?
男子は口を歪めて笑みを浮かべた。そして私に思いっきりボールを投げた。私は避けることが出来ずにボールが額に当たった。
「痛っ!」
私は当たった勢いで地面に尻餅を付く。
男子は転がったボールを拾い上げる。
私は立ち上がり、原山君の指定した待機場所を放棄して逃げた。
男子は執拗に私を追い回した挙げ句、校庭に出た。
すると後頭部に衝撃が走った。当たった衝撃で私は転んだ。
「くっ」
ジャージを着ていたおかげで怪我はなかった。私は立ち上がろうとすると、転んでいる間に回り込んだのか男子が既に前にいた。そして男子はボールを投げて、私の顔にボールを当てた。鼻から血が出た。
私は気付いた。これが昨夜見た予知夢のことだと。
男子は下品に、禍々しく口を歪めた。
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ホワイトプリンセスこと一条と別れた後、ラプラスデーモンこと伊集院を悪口で挑発してどうにか伊集院を引っ張り出した。そして今は伊集院に追いかけられてる。
一つ誤算があるとすれば、伊集院は思ってた以上に足が速かったため、俺が本気で走っているということくらいだ。予定では走りながらさらに悪口を言うはずだったんだけど、そんな余裕はない。
やっとの思いで一条の待機場所に誘導した。
俺は立ち止まる。伊集院も俺に倣って立ち止まった。俺は伊集院の方を向いた。
「ラプラスデーモン! どうやらお前は天才だが同時に単純な様だな! 悪いが死んでもらうぞ! 出でよ! ホワイトプリンセスよ!」
俺は足を揃え両手を広げた。例えるなら銀色に輝く十字架の様に。
「原山君……そのホワイトプリンセスとやらは出て来ないけど?」
伊集院は呆れた様に肩をすくめた。
「魔力が足りないのか?」
一条早く出て来れ! これじゃ俺が痛い奴じゃないか。
「お~いホワイトプリンセス~。一条さ~ん」
出て来ない。
「ふっ」
俺は腕を組んだ。俺はすぐさま踵を返し思いっきり走り出した。
「待って!」
お前みたいな化け物に構ってられるか!
伊集院はすぐに俺を追いかけて来た。俺は校庭の方に逃げた。
するとそこにはジャージを着た白い髪の女子──一条が倒れていた。すぐ傍には男子がボールを持って立っていた。
「なんだ?」
「どうしたの?」
俺に追いついた伊集院が横で尋ねた。俺は黙って一条の方を指差した。
一条が立ち上がろうと顔を上げると男子は一条の顔にボールを思いっきり当てた。男子は悪意を持って笑みを一条にぶつけた。そして男子は思いっきり一条の頭にボールを投げ下ろした。
俺、おそらく伊集院もその光景に唖然としている。
「予測外だ……。あれが誰か知らないけど、あれはワザとだね。どうやら君に構ってる場合じゃないらしい」
伊集院はそう言って一条に向かって走り出した。俺も伊集院を追いかける形で走った。
あれはヤバい。あんなにも悪意を持って悪意で無邪気に遊ぶ奴は見たことない。
男子は倒れている一条に再びボールを投げ下ろそうとしていた。伊集院はその瞬間を見てボールを投げた。伊集院の投げたボールはタイミング良く男子の投げ下ろしたボールにぶつかり弾いた。俺もボールを投げて当て男子に当てた。
「おい! お前はもうアウトだ!」
審判役の上級生が近づいて止めに入る。止めるの遅いだろ。
審判が男子の肩に掴みかかる。そして男子が腕を振り上げ、審判の顔面を思いっきり殴った。
「があっ!」
審判は口から血を流し倒れた。男子は審判など気にする様子も見せず、一条を蹴ろうと足を振り上げる。
「一条さん!」
「一条!」
俺と伊集院が叫び声を上げ、男子に向かって走り出す。
伊集院がタックルで男子を押し倒す。
「ナイスだいじゅ──」
「うわああああーーーー!」
伊集院が急に悲痛の叫び声を上げたかと思うと力を失う。
「おい! 伊集院!」
男子は伊集院を体から退けると起き上がり、バチバチと俺の耳に響くと俺の足にスタンガンを押し当てた。
「ぐああああああ!」
俺は悲鳴を上げて地面に倒れた。不幸中の幸い。俺は気を失なわなかった。
「原……や……ま……君」
一条は顔は恐怖に染まっている。コイツが次にスタンガンを使う奴は間違いなく一条だ。
さすがに一条はヤバい! 動いてくれ! 俺の体!
男子は立ち上がるとスタンガンを一条の上で手から放した。
「鏡華ちゃん……」
一条が目を固く瞑り呟く。流れる涙はまるでナイトを呼ぶように。
一条とスタンガンとの距離が縮まって行く。
正にその距離が零になる瞬間、飛んで来たボールがスタンガンに当たり弾いた。
一体何が?
男子が飛んで来たボールの方向を見ると顔面に思いっきりボールが当たる。男子が顔を押さえてよろめく。そして俺の耳に地面を思いっきり踏み込みジャンプする音が聞こえた。
俺の上で黒毛のポニーテールが流れる。ポニーテールの女子──高田鏡華はそのまま流れるように男子に飛び蹴りを食らわせた。男子は飛び蹴りをまともに食らい地面を転がった。高田は綺麗に着地し、周りを見回す。その眼鏡の奥に見える目はいつもの勝ち気な目ではなく、怒りと悲しみが混ざった目だ。
「璃子、伊集院、原山…………大丈夫?」
高田はどこを見るわけでもなく、ただただ優しく問い掛ける。いつもの男喋りによる威圧感はない。
「鏡華ちゃん……」
一条は涙を流し安堵と嬉しさに顔が綻ぶ。
高田は一条の前でしゃがみ込み言う。
「大丈夫か璃子? 鼻血出てるじゃないか。顔も真っ赤だ」
高田は体育着のズボンのポケットからハンカチを取り出し一条の鼻に押し当てる。
「鏡華ちゃん、痛いよ」
「ごめん」
「鏡華ちゃん……私より伊集院君の危ないかも」
高田は立ち上がり伊集院の傍に寄る。高田は伊集院の手首を掴み、口元に手を持ってく。
「伊集院は大丈夫だ。気絶してるだけだ」
次に高田は俺に歩み寄る。俺と高田は目が合う。
「原山も大丈夫そうだな。来るの遅れたな」
「はえーよ」
「二階から飛び下りて来たからな」
確かに高田の履いてるものは上履きだ。どうなってんだよコイツの運動能力は。
そして俺は目を見開く。高田の後ろでスタンガンを構えた男子がユラリと立っている。しかし高田は素早くターンしながら立ち、スタンガンを押し当てられる前に男子の鼻に拳を叩き込む。男子は数メートル吹っ飛び転がる。高田は倒れた男子に歩み寄り、腹を踏みつける。
「あんた……いきなり何? 何、私の友達に危害加えてるの?」
男子は高田の質問に答えず、スタンガンを踏みつけている高田の足に押し当てようとする。高田は男子の腹から足を退けてスタンガンを回避した。
「で?」
高田はそれだけ言うと、避けた足で男子のわき腹を力強く蹴った。男子は一瞬宙に浮き、転がる。
噂で高田鏡華の喧嘩の強さは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
体格に見合わない女子とは思えない運動能力。イメージとはかけ離れた知力。そして、武器を前にして恐れない精神力。正に喧嘩の天才と言っても申し分ない。
男子は遅れて来た教師に取り押さえられた。高田はそれを見ると興味を失ったようにこちらを向き近寄って来た。
「なんだったんだアイツは?」
高田は一条を手を取って起こした。一条は立ち上がりよろめいた。高田はよろめい一条を抱きかかえる。
「大丈夫か璃子? 軽く脳震とう起こしてるかもな」
一条は高田の顔を見ると泣き出し、高田に抱き付いた。
「恐かったよ鏡華ちゃん」
高田は優しく微笑んで抱き付き返し、和らげに言う。
「もう大丈夫だよ。ごめんね。もっと早く助けて上げれたら良かったね」
もしかして……それが素?
高田は俺と伊集院を見ると元の口調で言う。
「あんたら大丈夫そうだな。一応、病院行った方がいいぞ」
無事とわかったからか俺と伊集院への扱いはぞんざいだ。
まあ、と高田は続けた。
「伊集院と原山が止めに入ってくれたおかげで大変なことにならずに済んだ。ありがとう」
その笑みはカッコヨくて、綺麗で、美しくて、可愛くて……。虜とは違う。癖になる笑み。
「おいお前達。怪我はないか?」
教師が俺達の元に駆け寄って来た。無能過ぎだろ。
「先生、一条さんが軽く脳震とう起こしてるみたいです。伊集院君と原山君はスタンガンをモロに食らってます。あっ、私は大丈夫ですよ」
攻撃という攻撃を食らってなかったしな。
「そうか……とりあえずその三人は病院に連れてこう。高田、お前はどうする?」
「必要ありません」
高田は教師に簡潔に答えた。




