第20話
「あっ! 鏡華ちゃん」
璃子が私の名前を嬉しそうに、残念そうに言う。
私と晴恋が部室に入ると、月見と伊集院がテーブルは挟んで向かい合い、その間にトランプの山札が置かれている。月見は落胆した様子で、伊集院は余裕の笑みを浮かべている。
「璃子。何があった?」
璃子は、月見と伊集院が改変嘘突きゲームとやらをやって月見が負けたということを説明した。
へぇ……月見が負けるなんてな。ん……?
晴恋を見ると顔を紅潮させて俯き、チラチラと伊集院を見ている。
なるほど……晴恋が好きな奴は伊集院か。まあ、顔は悪くないからな。
「鏡華ちゃん、何にやけてるの?」
私は璃子に視線を移す。
「いやいや、色々繋がってな。確かにソイツにならわざと負けても違和感ないな」
「え?!」
私の言葉に晴恋が反応する。
嘘が下手というか反応が正直というか……。かわいい奴……その反応は自分から好きって言ってるようなものだぞ?
「あら鏡華? 戻ってたの? ふ~ん……勝ったんだ」
月見は今更私の存在に気づき、晴恋を一瞥して言った。
「あ、部長。入部希望者を連れて来ました」
「え、あれ、この子が?」
晴恋が部長の姿を見て疑問の声を投げかける。驚くのも無理もない。私も驚いたからな。
「初対面で失礼ですねー! 今年の一年生はみんな失礼です!」
晴恋の反応はまだマシだ。私なんて思わず頭を撫でちゃったからな。正直、子供が大人ぶってるように見えて微笑ましい。
「すみません。中山晴恋です」
晴恋は頭を下げて言った。
「部長の富永恋歌です。よろしくです。晴恋ちゃん!」
他の部員も晴恋との自己紹介もほどほどに済まし、時間も遅いということで今日は部活も終わりになった。
トランプしかやった記憶がないが。
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帰り道。雨が止み、邪魔な傘をたたんで持っている。他の部員とは途中で別れ、私と璃子と月見は三人並んで歩いていた。
相変わらず璃子は月見と居ると不機嫌になる。月見は前を見据えて何かを考えている感じだ。
私が男だったら両手に花だが、実際は美少女二人に挟まれた私は引き立て役もいいとこだ。
「そういえば月見は伊集院と何をやってたんだ?」
私の月見への質問に璃子が答える。
「滝沢さんは伊集院君を潰すつもりだったんだよ」
潰す? 本当なら月見にしては随分ユルいな。コイツなら闇討ちくらいすると思うが……。
「気持ち悪いんだよね伊集院。精神的に潰そうとしたけど失敗ね。けど伊集院が完璧ではないのはわかった」
月見は薄く微笑んだ。
そして私は月見の言葉に興味をそそる言葉がある。
「完璧ではないというのはどういうことだ? アイツは天才なんだろ?」
月見は人差し指を立てて講義するように言う。
「私も伊集院は万能型の天才だと思ったよ。だけどアイツは部分型の天才ね」
「部分型?」
「ええ。つまり特定の才能しかないの。その特定の才能が多いから一見万能ね。だけど伊集院は今日のゲームでわかったことだけど人心を見抜く術が人並みね。鏡華は伊集院のこと好き? 恋愛的な意味で」
唐突な質問だった。
伊集院のことは好きか嫌いの二択なら好きだろう。恋愛的な意味かと言われたら否だ。確かに顔は美形だし、頭も良いし、運動神経もずば抜けてる。しかし伊集院はそれだけだ。中身のない人間なんてただの道具だ。あんなに中身が空っぽな人間も珍しい。
「ありえないな。私の好みのタイプの逆を行ってる。伊集院とならあんた達と付き合う!」
月見と璃子が私から数メートル距離を置く。
「鏡華ちゃん、二股は駄目だよ」
「鏡華、あなたが男なら私も喜んで付き合うよ」
「…………ただの言葉のあやだ」
私は咳払いをして、月見に話を続けるように促した。
「今の会話で一条さんはわかったでしょ?」
璃子は納得したように言う。
「わかった! 確かにおかしいね。伊集院君が万能型とかいう天才なら鏡華ちゃんはとっくに惚れてるもんね」
なぜ私限定? 確かに天才なら私を惚れさせても不思議はないが、それはこの娘達も同様だろう。
「そう。伊集院には決定的に人心掌握みたいな才能が欠けてるのよ」
「そんなことよりあんたは今回どんなイカサマを使ったんだ?」
伊集院の話に興味を失った私はそれを遮り、新たな質問をした。月見は話を途中で遮ぎられたからなのか、眉をひそめて答える。
「単純よ。一条さんがシャッフルした後、山札の一番上に一枚カードを一条さんに置かせただけ──じゃない」
月見は焦らすように続ける。
「シオンに場の流れを作ってもらって、伊集院に先攻を取らせるようにしただけだよ」
なぜ? と私は問いかけた。
「人間っていうのはね、基本的にネガティブな生き物なの。ポジティブなんてものは無理矢理作る思考よ。例えばメリットとデメリット、リスクとリターンとかを考える時に人間はデメリットやリスクといった負の側面を重点的に考えるの。これは生物が生存するため、生物全般に備わった本能のようなもの。見たことのない生物に遭遇して下手に手を出して返り討ちに会わないようにとかね」
なるほど。だからこの娘の考えた改変嘘突きゲームはあまりにも後攻に不利なゲームだったのか。つまり……。
「わざと後攻不利なゲームにして、シオンというサクラを使い伊集院を先攻にするために心理的に誘導したのか」
「その通り。何せ人間はネガティブな生き物だからね。『先攻有利』と『後攻不利』なら後攻の欠点を言って僅かに先攻の利点を混ぜた『後攻不利』と煽った方が誘導し易い。……まあ単純に極端過ぎると何を仕出かすかわからないのが人間だけどね。わざと不利な方を選ぶ人間だっているわけだし」
とてもモデルとは思えない考え方だ。モデルでそんなこと考えてトランプする奴なんかこの娘くらいだろうな。
「ウチの部は頭が良い人ばかりだったのも幸いだったかな? あの不良三人ですら平均以上だし」
「なんで私を審判にしたの?」
璃子が月見に言う。なんとなく理由はわかる。
「『後攻不利』の誘導は一条さんがいると逆の事言いそうだったからね。だったら最初から口を出さない審判にしようかなと思ったのよ。後はイカサマしなさそうだけど、私に意味あり気に呼ばれた一条さんを審判にしてミスリードという側面もあるよ」
「ただの遊びで手の込んだイカサマするとは思わないしな」
「そうね。ただの嫌がらせで『ラプラスの悪魔』使ってると思ったら私にも使ったのは予想外だね」
月見が私を見て意味あり気に言った。
月見とは途中で別れ、私と璃子は通学で待ち合わせに使う公園に着いた。
私と璃子が別れの挨拶を終えて、私が踵を返し歩き出そうとした時に璃子が言った。
「鏡華ちゃん……私、嫌な予感がするんだ」
私は歩みを止め璃子に向き直る。
「どうした?」
「あれから毎晩嫌な夢を見るの。まるで……」
璃子は不安そうに顔を伏せる。
璃子は勘が良い。晴恋のものとはまた違う、神秘的というかミステリアスという感じだ。私も璃子の勘に何度も助けられたことがある。
「まるで?」
「なんでもない」
璃子は首を横に振り言う。
不安にさせるだけさせてそれはないだろ。
「送ってくよ」
「えっ?! 別にいいよ!」
「いいから!」
私は璃子の手を強く掴み、璃子の家に向かって歩き出した。
私はただ自分の正体不明な不安から目を逸らすために璃子の不安に目を向けたのかもしれない。




