第19話
高田さんは余裕でも焦りでもない顔で晴恋を見据えている。
嘘がない?
それが高田さんの言葉を聞いた晴恋の答え。
もしかしたら聞き逃しただけかも。
「高田さん、もう一度言ってくれない?」
「終了って言っただろ? 賭事が発生している以上真剣勝負なんだから、聞き逃しはそれはあんたの責任だ。こっちの方がリスクが大きいんだし、大体不公平だろ?」
そう言われたら言い返しせない。かと言ってこれじゃ難しい。
ここはせめて──
「今の問題に嘘はあったの?」
「……教えてくれないならせめて嘘があったか確かめたいか?」
バレてる。だけどもしここで嘘がなければ摘発できる。
「まあ。教えてやろう。あったぞ」
ムッ……嘘は言ってない。じゃあ考えなきゃ。
まずは『トランプをやってた』という部分を考える。正直な話、判断材料がない。仮に聞き逃しているなら伏せてるカードがジョーカーというのも疑わしい。だけど、いくらなんでも全部を聞き逃したとは考えにくい。とりあえず『トランプをやってた』というのを本当として考えよう。その場合、トランプのゲームは何をやっていたのかが問題だ。
残った一枚がジョーカーということから最有力候補としてババ抜きが考えられる。その場合、『負けそうだった』という部分が嘘の可能性がある。なぜなら、その一枚のジョーカーを誰かが引けば勝てる状況という場合もあるから。
逆に『伏せたカードはジョーカー』の部分が嘘の場合もある。だけど、この場合はあまりにも可能性のあるゲームが多過ぎる。
しかし、嘘が一つとは限らない。
晴恋は思案し、結局一番可能性のある『負けそうだった』という部分を指摘することに決めた。
「高田さんの嘘を言います」
「なぜ敬語?」
自信なんてないけどここで答えなきゃ負ける。
「『負けそうだった』の部分が嘘」
その瞬間、高田さんの勝ち気な目が一層勝ち気になる。
「悪いけどそこは違うんだ。私の勝ちだな」
高田さんは勝利の微笑を浮かべ、晴恋は敗北に絶句した。
嘘……? いや、嘘じゃない。だってこの人は自分の勝利に嘘を吐いてない。じゃあ──
「ジョーカーが嘘?」
「裏返してみろ」
高田さんはカードを指し示し、晴恋に言った。晴恋はカードを手に取り絵柄を見た。
「ジョーカー……」
じゃあ一体どこが?!
「何もわかってなさそうな顔だな」
晴恋は高田さんの言葉に頷いた。
「特別に解説してやる。私が始めた瞬間にした質問を覚えてるか?」
晴恋は頷く。
「あの質問がヒントと言えばヒントだったんだけどな。単刀直入に言うと、私は言動には嘘を吐いてなくて行動で嘘を吐いたんだ」
「行動?」
「ああ。ルールの嘘の範囲につけ込んだ。つまり、私はあのルール通り嘘を吐くことに嘘を吐いたんだ」
「それ……ルール違反」
「違うな。あんたは私の『 これは私の嘘をあんたが見破るゲームでいいのか? 』という質問に『そうよ』と返しただろ? 私の言葉に嘘がないのはあんたが一番わかってるはずだが……」
高田さんは嘘を吐いてないのは知ってるし、自分が言った言葉も覚えてる。だから、負けたことに悔しくて……。
「え? ちょっと? 中山ごめん。まさか泣くなんて」
悔しい。このゲームで負けたことなんてなかったのに。
晴恋は手で溢れる涙を拭いつつ顔を伏せている。
「ぐすっ」
高田さんはたぶん困ってる。負けた相手が泣き出したんだ。高田さんは悪くないのに、これじゃ高田さんが悪いみたい。
その時、急に高田さんが晴恋の肩に手を回し抱き寄せた。
「大丈夫。今回は中山が負けたけど次は中山が勝つよ。次は同じ失敗はしないでしょ? 今まで何連勝もしたんでしょ? 次は大丈夫」
高田さんはさっきまでの相手を威圧するような喋り方じゃなくて、優しい喋り方をしている。そこに嘘はない。だけどそれはアフターケア? アメとムチのアメ? 善意?
「こんなゲームやる勇気があるなら最初から告白すれば良かったのに……」
「………………え?」
「うん? 違った?」
晴恋は顔が熱くなった。いや、体中が優しい熱さに包まれる。
「どどどどど……」
「どど……本?」
「どうしてわかったの?!」
晴恋は声を荒げて高田さんの顔の方を向く。晴恋の声が大きかったからか、高田さんの顔が一瞬だけ不機嫌に歪み、嬉しそうに笑みを作った。
「私の推測が当たったんだな! だってリスキー過ぎだろ。ほとんどマゾゲーじゃないか」
「なっ! 晴恋はマゾじゃない!」
「中一の女子がマゾとかMとかあまり大声で言わない方がいいぞ。Mと思われるぞ」
「だから晴恋は──」
「中山、私達は今から友達だ。私のことは下の名前で呼びなさい」
「話を逸らさないで! 鏡華さん!」
そう言われたからには下の名前で呼ぶけど。
鏡華さんは晴恋から離れた。ちょっと残念。
「機嫌治ったか? じゃあ小説を渡してもらおうか」
「無視しないで!」
鏡華さんは手を差し出し早く渡せと要求してくる。約束は約束なので渡すけど。
「無視したのは悪っかたから不機嫌になるな」
鏡華さんは言いながら月見さんの小説をパラパラめくる。一瞬眉をひそめると晴恋に小説を差し出す。
「いらないから上げるぞ」
晴恋はそれを無言で受け取る。
「月見め……アイツ。思わせぶりに言いやがって」
鏡華さんは額に手を当てて言う。この口振りだと鏡華さんと月見さんは知り合いらしい。
鏡華さん……月見さんに何言われたの?
「迷惑かけてすまんな。じゃあな」
鏡華さんはポニーテールを流すように翻し、ドアに向かう。晴恋も急いで鞄に教科書を入れて、鏡華さんの後を追っかけた。
晴恋が鏡華さんと並んだ時に鏡華さんが話し掛ける。
「何だ?」
「晴恋も文芸部に入ろうかなと……」
「月見に勝ったんだから無理に入る必要はないぞ?」
「そういうのじゃない。個人的に入部するの」
「それなら止めないが」
そういえば……高田鏡華って上級生をボコボコにしたとか噂を聞いた。でも鏡華さん、頭は悪くないし、優しいし、動作は雑だけど上品というか……。とてもそんな感じには見えない。
「そういえばあんたの嘘を見抜く能力はいつ身に付けたんだ?」
晴恋の能力? 記憶を辿り思い出す。
「小さい頃にそういう番組見てから。兄が言うには晴恋の嘘を見抜く能力は相手の不自然な目の動きや声の音程、細かい挙動、感覚などを洞察して見抜くものって言ってた」
「なるほど……元々その洞察力は本来あんたが持っていたもので、生きてる内に嘘に特化したものになったと……。つまり、論理的なものでなく直感的──いや、直観的というべきか。女の勘に近いな」
お兄ちゃんもそんなこと言ってた。だけど、鏡華さんの推測は合ってるけど間違ってる。正確には不足している。なぜなら晴恋の能力は嘘吐きな兄との生活によって研磨された能力だから。
「すごい才能だな。何の才能もない奴が知ったら嫉妬するだろうな」
鏡華さんはまるで自分のことのように言った。晴恋は一応フォローする。
「鏡華さんもきっと何か才能あるよ」
「そうだな。喧嘩の才能ならあるんだけどな……」
面倒な人。もしかして一度ネガティブモード入ったら泥沼になるタイプ? 案外繊細なのかも。
「屁理屈とかの才能はあると思う」
「それ褒め言葉じゃないだろ……。まあ碌な才能しかないだろうな」
本当に面倒くさい人、と思っていると、急に鏡華さんは指を唇に当て何かを考え込んだ。
「どうしたの?」
鏡華さんは気づいてないのか無視してるのか何もしゃべらない。
「…………さてはアイツ、私に隠れて何かやってるな? 晴恋! 部室まで走るぞ!」
「ええ?!」
鏡華さんは晴恋の手を取り走り出した。




