第7話 【さようなら】
「今日は、一日ご苦労様。お陰でいい写真が出来そうだよ。ありがとう。こんな時間まで悪かったね」
芝崎さんのその言葉で、私の『一日モデル』は終わりを告げた。
結局、あの後、大きなカメラの代わりに持ってきた手のひらサイズのデジカメで撮影を続けて、今はもうすっかり日も陰り、賑やかだった公園も、人影がまばらになっている。
公園の展望台から見える薄闇に浮かぶ港の風景は、夜明け前とも昼間とも違う表情を見せていて、キラキラ輝く町の灯りは満天の星空を思わせた。
吐く息が白い。
かなり気温も下がってきていた。
「お昼までご馳走になってしまって、すみませんでした」
私は、ぺこりと頭を下げた。
もう、これで本当にお別れ――。
「はいこれ、バイト代。少なくて申し訳ないけど……」
私は、差し出された茶封筒をありがたく受け取った。
『受け取れません』とは言えない。実際問題として、お金は必要だった。
「あの、一つお願いがあるんですけど……」
「なに? 俺に出来ること?」
「あの向日葵畑の写真、頂いてもいいですか?」
「ああ。気に入ってくれたんだ?」
『喜んで』と向けられた笑顔を見ていたら、なんだか鼻の奥にツンとこみ上げて来て、思わず俯いた。
弱気になっちゃダメだ。
まず泊まるところを決めて、明日になったら仕事を探そう。
今日一日の出来事は私に、『自分でもお金が稼げる』と言う自信を持たせてくれた。
あの向日葵の写真はきっと、挫けそうなこの心を勇気付けてくれる。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
公園の駐車場で写真を受け取り、私はもう一度深く頭を下げた。
「さようなら」
声が少し震えるのは、たぶん寒さのせい。
私は、顔を上げて何とか笑顔を作ると、そのまま一歩、二歩後ずさる。
そして、きびすを返して夜の街へと歩き出した。
「藍ちゃん!」
芝崎さんの声に、ゆっくり振り返る。
「泊まる所がないんなら、俺の所に来るかい? あまり綺麗とは言えないけど、宿泊無料で夕飯付き!」
きっとそれは、お金も行く当てもない事を察した彼の、ただの親切心――。
それでも。
私は、このまま芝崎さんと別れずに済むことが、嬉しかった。