第5話 【撮影会】
「う〜ん……。そんなに構えないで!」
「は、はいっ」
肩を上下させて『リラックス!』とジェスチャーを送って来る芝崎さんの言葉に、私は、よけいに緊張して身体が強ばった。
朝食をご馳走になったあと、公園に戻って『撮影会』を始めたのだけど、これがなかなか難しい。
「自然にしてていいから、適当に散歩してみて」と、軽く言われたけど、どうしてもカメラの方が気になって、ちらちら見てしまう。
あげくは、同じ側の手足が同時に出てしまい、足がもつれてコケそうになって、芝崎さんを慌てさせてしまった。
今更ながら、よりによってモデルなんて引き受けた自分の行動が信じられない。
って言うか、なんで私にモデルなんて頼んだんだろうか? そこがそもそも腑に落ちない。
私は、自分の姿をまじまじと見下ろした。
シンプルなブラウンのコートは、多分良い物なんだろうけど借り物だし、その下はごく普通の部屋着に使っている淡いオレンジ色のワンピースで、取り立てて特徴も無い。
肝心な中身はと言えば、自分で言うのも何だけど、決して美人じゃない。
茶色い髪の毛は伸ばしっ放しで、長いだけが取り柄の癖っ毛だし、本物のモデルのように背が高い訳でもない。
強いて言えば、痩せている……って聞こえは良いけど、出るトコ出てないだけだし。
そんなことをグルグル考えているうちに、まともな写真も撮れないまま、時間だけが無情に過ぎて行った。
日が高くなるに連れて、今朝の静けさが嘘のように散歩やジョギングをする人、観光に訪れる人が増えて来た。
一見して、プロと分かるような機材を抱えた芝崎さんは人目を引くらしく、気が付くと、いつの間にか私たちの周りには人だかりが出来てしまっていた。
「何、雑誌の撮影?」
「あのコ、モデルなの?」
ささやく声がやたらと耳に入ってくる。
ただでさえ写真なんて撮られ慣れていないのに、この状況……。
私は、作った笑顔がヒクヒクと引きつった。
「う〜ん……」
人だかりを「まいったな」と言う表情を浮かべて見渡しながら、芝崎さんが頭をぽりぽりかいた。
「藍ちゃん! 少し休憩にしようか」
緊張の極致だった私は、その声にどっと脱力した。
公園の突端にあるテラスのベンチに座り、ぼんやりと景色を眺める。
私が今朝、声を掛けられた正にその場所だった。
眼下には、あの時見た同じ風景とは思えない、活気に溢れた広大な港湾都市が広がっていた。
所々で、工事をする大きなクレーンが、まるでミニカーのようなサイズで動いているのが見える。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて。ココアで良かったかな? コーヒーもあるけど」
「あ、はい。すみません。ココアでいいです」
自販機で買って来てくれた紙コップを受け取って、温かい湯気を顔に当てる。
ほっとするような、甘いココアの匂いが鼻腔をくすぐった。
猫舌なので、冷めるまで少し待つことにする。
「ちょっとここで待ってて。車に機材を置いて来るから」
猫舌には縁遠そうな勢いで、コーヒーをゴクゴクと飲み干して機材を抱えると、芝崎さんは「んじゃ!」と、テラスとは反対方向にある公園の入り口の方に、足取りも軽やかにスタスタ歩いて行ってしまった。
あ、あれ? もう、終わりなの……かな。
あまりの私のモデルセンスの無さに、きっと見切りを付けたのだろうと思った。
だとすれば、もう彼とはこれでお別れだ。
ズキン――と胸の奥に、なぜか微かな痛みが走った。