第3話 【不審尋問】
「じゃ、改めて自己紹介を。俺は、芝崎 拓郎。フリーのカメラマンをしています」
明るく自己紹介を始めた彼、芝崎さんが、「君は?」と言うように屈託のない笑顔を向けて来て、私は一瞬どうしようか迷った。
別に、名前を名乗ったって、大丈夫よね?
「私は……大沼藍です」
結局、偽名を使うのもためらわれ、本名を名乗りペコリと頭を下げた。
「あ、俺、こう見えても、二十七なんです。良く学生に見られるけど。ほら、見ての通り童顔だから」
二十七!? 私より十コも年上なの!?
思わず驚きが顔に出てしまう。
だって、せいぜい二十一、二歳くらいにしか見えない。
確かに、凄い童顔だ……。
私の表情を見た芝崎さんは、はははと、照れたように頭ををかいた。
何だか、面白い人。
童顔なだけじゃなく、子供みたいに屈託なく笑う。悩みなんて無なさそうな彼の明るさが、ちょっと羨ましい。
「私は、十七歳です」
「へぇ。高校生? でも、今日は朝早くからあそこで何してたの? 観光には早すぎる時間だよね」
何気ない問いに、私は自分の表情がすっと硬くなるのを感じた。
私は学校に通ったことは無いし、観光に来たのでもない。
だからと言って、もちろん本当のことは言えない。
何か答えなくちゃと、頭の中で色々なセリフがぐるぐる回る。
適当でいいじゃない。どうせ、今日一日の事なんだから……。
そう思ったけど。
「……高校生じゃないです。学校には行っていません」
――結局、嘘は付けなかった。
芝崎さんは、私の答えに少し「う〜ん」と考え込む仕草をしたけど、すぐに元の明るい表情に戻った。
「あ、これ、俺の連絡先です」と、デイバックの中から名刺を取り出すと、私の方に向けてテーブルに置く。
『フリー・フォトグラファー 芝崎拓郎』
そう黒いインクで印字されたシンプルな白い名詞をまじまじと見ていたら、申し訳なさそうな質問が耳に届いた。
「あの。連絡先を聞いてもいいかな?」
ドキリとした。まさか連絡先を聞かれるなんて予想していなかったから、内心慌てふためく。
何か、適当な連絡先……!
再び、頭の中で色々なセリフがぐるぐる回る。
「すみません……」
結局私は、それしか答えようがなくて、うつむいた。
嘘は、つきたくない。
「携帯の番号か、メルアドでもいいんだけど。後で出来た写真を送りたいしね」
そんなもの持ってないから、やっぱり同じ答えを繰り返すしかない。
「すみません……」と。
「そんなに言いたくないなら、無理には聞かないけど……」
「すみません……」
芸の無いオウムのように、同じ答えを返す私にあきれてしまったのだろうか?
芝崎さんの口から小さな溜息が漏れたのが聞こえて、「すみません」としか答えられない自分の不器用さが情けなくなった。