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第37話 【脱出行-3】

「岡崎さん、お嬢さんは予備検査で大分疲れています。急ぎの用でなければ、明日にして貰えませんか?」


「はい」と返事はしたものの、岡崎さんに近付いて行く事も出来ずに、突っ立て躊躇ためらうこと数十秒。柏木先生がすかさず助け船を出してくれた。


「そうですか……。分かりました。お嬢さん、明日の朝食後伺います。宜しいですね?」


 岡崎さんの声はやはり神経質そうで、予定がずれる事が不本意だと言うニュアンスを含んでいたけど、そんな事はこの際無視させて貰う。


「はい。分かりました」


 返事と共に作った笑顔が、思わずヒクヒクと引きつる。

 お姉ちゃんと私の声質は基本的には一緒だけど、私の方がトーンが低い。極力話をしない方が無難だ。


「そう言う事だから君、お嬢さんを早くお連れして。体調チェックを忘れないように」


 それは、柏木先生が拓郎に向けた言葉。

 拓郎は「分かりました」と神妙に頷くと、さり気なく私の背中を押した。


 良かった……。

 何とかバレずに済みそう。


 そう思ったのもつかの間。


「あれ? 君、どこかで会った事ないか?」


 岡崎さんの訝し気に呟く声に、再び私達の足が止まる。

 背中の拓郎の手に力が込もるのを感じて、余計にドキドキと鼓動が高鳴った。


「つい最近、研究所以外のどこか……東京か?」


「気のせいじゃないですか? 私は、あなたに会うのは初めてですが? 何分、こちらに来たのも最近なので」


 いつもより低い声音で返事を返す拓郎を、岡崎さんは眉根をギュと寄せて見詰めている。その瞳が微かに青白い光を放ったような気がした。


「いや、気のせいじゃないな。私は一度会った人間の顔は忘れないのでね」


 嫌な沈黙が落ちる。今、岡崎さんの脳内では、コンピューターのようにデータ検索が行われているに違いない。侮れない。この人は、曲がりなりにも日掛グループ会長の第一秘書なのだから――。


「藍、走るぞ」


 ポソリと耳元で呟く拓郎のセリフに私は、頷きで答える。


「そうか、日掛の本社だ。会長の取材に来た雑誌記者、芝崎と言ったか。あれは君だろう?」


 カツン――。


 靴音が静寂を破って、迫り来る危機を伝える。


 驚きと、思い出した事への安堵感と、それらが入り交じったような歪んだ笑みを張り付かせて、岡崎さんが歩いてくる。


「何故ここにいるのだね? 何をしているんだ!?」


 だんだんと詰問口調になりながら、つかつかと私達の方に近付いてくる。


 だめだ! 拓郎の名前まで覚えている、誤魔化しきれない!


 その時、岡崎さんの後ろを追ってきた柏木先生が、ヒョイと、自分の足で岡崎さんの足を払った。


「ぬわっ!?」


 言葉にならない声を上げながら、スローモションで細身の体が空を飛ぶ。


「走れ、藍!」


 岡崎さんが私達の足下にスライディングしてくる派手な音と、拓郎の叫び声が綺麗に重なった。


「何をするんだ柏木所長!?」


 岡崎さんの怒声が、大音量で響き渡る。


「ああ、申し訳ない。つい蹌踉よろけてしまって。運動不足ですかね?」


 至極落ち着いたトーンの柏木先生のセリフを奪い取る勢いで、岡崎さんがわめき立てる。


「何を言っているんだ! まさか、あれはクローン体の方なのかっ!? 柏木所長、君は何をしているんだ!?」


 そんな遣り取りを背中に聞いて、私達は文字通り、脱兎のごとく駆けだした。




 柏木先生に前もって指示されていた、職員用の通用口から外に出る。

 外は、正に闇夜だった。


 分厚い曇に覆われた暗い夜空には、月どころか星一つさえ見えない。四月にしては冷たい湿気を含んだ空気が、必死で走る体に纏わり付く。


 はあはあと息が上がる。

 自分の鼓動だけしか聞こえない。


 中庭の桜の花が満開に咲き誇る中、薄暗い街灯の明かりだけを頼りに、一目散で出口を目指す。

 普段は使われていない西の門。そこの先は細い山道になっていて、車では追ってこられない。


 門を出れば、何とかなる。


「藍、もう少しだ、がんばれ!」


 弾む息の下、「はい!」と、私は力強くかぶりを振った。


 


 


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