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第36話 【脱出行-2】

 そう言えばお姉ちゃんは『変な時にお祖父様は来ちゃうし、計画が台無しよ』と言って、プンと怒っていたっけ。


「先生、岡崎さんが今ここにいるって事は……」


 歩みは止めずに、柏木先生にさっきのガードマンとの遣り取りについて聞いてみる。 


「ああ、もちろん『会長』もご一緒だ。今回の移植手術は、ご自分の目で確認されるそうだ」


 会長――。お祖父様、日掛源一郎がここに来ている。


『お前は孫娘の為の、ただの臓器保存の器にしか過ぎない。お祖父様などと呼ばれると、虫酸むしずが走るわ』


 あの時、HIKAKEの本社で始めて対面した時、投げつけられたセリフが甦り、氷の様に冷たい何かが背筋を撫でた。


「心配はいらない。君達は、ここから離れる事だけを考えなさい」


「先生……」


 お祖父様は、恐ろしい人だ。

 あの対面で、私はお姉ちゃんの言葉の意味を身を持って理解した。

 あの人は、決して手段を選ぶような人間ではない。


 確かにこの計画が成功して、お姉ちゃんがコールード・スリープに入ってしまえば、お祖父様にはもうどうする事も出来ないだろう。私を捕らえてみたところで、移植手術は出来ない。


 でも……。


「先生は、どうなるんですか? 大変な事になるんじゃ……」


 今更ながら、その事に気が付いた私は、急に心配になって尋ねた。

 柏木先生は、私にとってはお父さんのように大切な人だ。もし先生に何かあったら、私はその犠牲を強いた自分を絶対許せないだろう。


 そんな気持ちで、幸せになんかなれるはずがない。


 納得できないでいる私に、先生は足を止めると昔良くしたように腰を屈め、自分の目線と私の目線の高さを合わせた。


 その瞳が優しく細められる。


「私は大丈夫だ。心配はいらない。確かに、会長の怒りを買って何らかの処分は受けるだろう。だが、コールド・スリープの覚醒技術の完成の為には、私は必要な人材だ。だから会長は、私をここから追い出すような理にかなわない真似はしないよ。あの人は、そう言う計算の出来る人間だ」


「でも、先生……」


 その『何らかの処分』が心配なんですけど。


 私の心を見透かすように、先生は口元をほころばした。


「藍、お前は私にとって大事な家族だ。実の娘のように思っているよ。私にも一つくらい、父親らしい事をさせてくれないか?」


 そう言うと先生は、私の頭を『くしゃくしゃっ』とかき回した。

 その時だった。


 カツン、カツン――。


 背後から近付いてくる靴音に、私達は一斉に振り返った。その視線の先には、薄暗い常備灯の明かりに照らされ浮かび上がる、背の高い痩せぎすの男性のシルエット。


 見た事があるような、無いような、多分知っているはずなのに思い出せない。

 デジャ‐ビュ――。

 私は既視感を覚えながら、その男性が近付いてくるのを固唾かたずを呑んで見守った。


「柏木所長」


 近付いてくる影の主が、男の人にしては少しトーンの高い抑揚の無い声で、柏木先生を呼ぶ。


 神経質そうなこの声――。

 私はその声に聞き覚えがあった。

 そう。あれは、HIKAKEの本社に行った時に聞いた声。


「あ、ヤバイかも」


 隣で、拓郎が焦ったようにボソリと呟く。


「あれ、会長秘書の岡崎さんですよね。柏木さん俺、藍を捜しに取材を装ってHIKAKE本社に行った時、彼に合ってるんです。俺が偽医者だと気付かれるかも……」


 囁くように、早口で耳打ちする拓郎のセリフに、先生が微かに眉根を寄せた。


「分かった。彼は私が引き止めるから、君たちは手はず通りに行きなさい。慌てずにゆっくりと。いいね」


「はい」


 拓郎は先生に返事をして、さり気なく私の背中を押した。そのまま私と拓郎は、研究所の出口へ向かい歩き出す。


「岡崎さん、今から部屋に伺う所でした。どうかされましたか?」


「手術の日程の件で、確認が……」


 先生達の会話を背中越しに聞きながら、ゆっくりと確実に、二人から遠ざかって行く。あそこの角を曲がれば、岡崎さんの視界からは完全に外れる。そうすれば、比較的外に出るのは容易なはず。


 上手く行く。そう思った時だった。


「あ、藍お嬢さん。少しお話があります。夜遅くに済みませんが、お時間を頂けますか?」


 突然掛けられた岡崎さんの声に、私と拓郎はギクリと固まった。

 みんなの足が止まり、全ての音が消える。嫌な沈黙が暗い廊下に更に暗い影を落とす。


「藍、お嬢さん?」


 岡崎さんの声は淡々としていて、計画がばれた訳ではなさそうだった。

 でも、拓郎は岡崎さんに顔を知られているし、そもそも、私がお姉ちゃんと入れ替わっているのがバレないとも限らない。


 ううん。話をしたら、きっとバレてしまうだろう。


「は、はい……」


 答える声が、微かに震えてしまう。


 事態が悪い方へと流れを変えたのを、感じずにはいられなかった。




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