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第35話 【脱出行-1】

 時間は、午前零時を回っていた。


「用意はいいね?」


 メディカル・ルームの木製のドアの前。少し緊張気味の柏木先生の言葉に、私と拓郎は無言でゆっくりと頷いた。


 お姉ちゃんと入れ替わって、私は、今からこの部屋を出て行く。

 いよいよ始まる『脱出行』。その成功に、私の未来が掛かっている。


 もし、お姉ちゃんのコールド・スリープ完了前に捕まれば、お祖父様の絶対的な力で移植手術が成されるだろう。そうなれば、拓郎にだってどんな危険が及ぶか分からない。


 お姉ちゃんの決意を無にしないためにも、私は絶対ここから逃げすんだ。


 嫌が応にも、緊張感が高まって行く。


 まずは、二十四時間体制で、私を見張るためにこの部屋の前に張り付いている、ガードマン二人をやり過ごさなくてはならない。


 研究所の所長である柏木先生も一緒だし、拓郎もいる。


 大丈夫。

 私は、『日掛藍』。


 誰がどこから見ても、完璧にお姉ちゃんに見える……はず。


 そう自分に言い聞かせるけど、鼓動のドキドキが止まらない。

 今にも口から心臓が飛び出してきそうになって、ギュッと胸を押さえた。押さえた指先が、緊張でスウッと冷たくなって行く。


「大丈夫。上手く行くよ」


 優しいトーンの声に、隣に立つ拓郎の顔を仰ぎ見る。


 白衣を着込んで、先生の予備用のメガネを掛け『麻酔医になりすました』拓郎は、『ね?』と私を見詰め返した。

 その瞳は穏やかで、まるでこれから『そこのコンビニにお買い物』に行くように、緊張感が感じられない。むしろ、楽し気にさえ見えた。


「俺って、意外とこう言うの得意なんだ」


「ええっ?」


 本当に得意そうな口振りに、思わず拓郎の顔を見直す。


『得意』と言うからには、そう言えるだけの経験をしていないといけない。やってもいないことを得意と言う人間はまずいないと思う。


 拓郎は今まで、そんな『危ない橋』を渡ってきたのだろうか?

 一緒に暮らしてた時の拓郎からは、そんな様子は微塵も感じられなかった。


 知っているつもりで、実は、私が何も知らなかっただけ?


「ほら、時間は幾らでもあるから、積もる話は後でゆっくりしなさい。いいね、ドアを開けるよ?」


 柏木先生の声に、はっと我に返る。


 そうだ。今は、脱出の成功だけを考えよう。


「が・ん・ばっ・て!」


 私の身代わりになるために、部屋の奥のベットで横になっているお姉ちゃんの声に、私は大きく頷き返した。


 それを合図に、木製のドアが開かれた。


 その瞬間に全身に突き刺さるガードマンの厳しい視線――。

 空気がピリピリと張り詰めて行く。


 廊下は既に照明が落とされていて、常備灯の小さな明かりだけが足下を照らしている。私達はそこへ、ゆっくりと足を踏み出した。


 柏木先生を先頭に続いて私、そして最後が拓郎。ジロリと厳しい視線を向ける二人のガードマンの間を抜けていく。三人の足音が、静まり返った廊下に響き渡った。


 余りの緊張に、駆け出したい衝動に駆られてしまう。


 ――慌てたらダメだ。落ち着いて。


「柏木所長」


 不意に掛けられたガードマンの声に、思わずびくりと足が止まる。私は、顔を上げられずに自分の靴のつま先をじっと見詰めた。


「何かな?」


 ごく冷静な柏木先生の声が、シンと静まり返った薄暗い廊下に響く。


「岡崎秘書からの伝言です。何時になっても良いから、就寝される前に岡崎さんの部屋の方に顔を出すようにとの事です」


「分かった」


 無表情で事務的に岡崎さんの言葉を伝えるガードマンに、柏木先生が更に事務的に返事を返す。


「ああ。部屋の中には実験体しかいないから、良く見張っていてくれ。何かあったら、首が飛ぶくらいではすまないのでね」


『首が飛ぶ』との先生の物騒なセリフに、ガードマン達の顔に一瞬人間味のある表情が浮かんだ。互いに視線を交わして、神妙に頷く。


 第一関門突破!


 ガードマンの視界から完璧に外れたとき、私は思わず大きな溜息を付いた。





 


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