表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

第31話 【夢・うつつ】

 蒼い、淡い光に満たされた不思議な空間に、私はたゆたっていた――。


 波のように、寄せては返す優しいリフレイン。


 痛みも苦しみも無い、まるで母の胎内のようなその暖かさに包まれて、私は長い長い夢を見ていた。

 


 夢……?


 みんな、夢だったのだろうか。


 もう一人の、自分の分身。


 幼い時からずっと一緒だった、大好きなお姉ちゃん。


 優しい、お母さんのような人。


 優しい、お父さんのような人。 


 そして……。


 大好きな、大好きな、あなた。

 


 あの、冬の公園で出会った事も。


 あの、美しい優しい写真の風景も。


 あの微笑みも。 


 不安な夜は、ギュッと抱きしめてくれた、暖かい胸から伝わる鼓動も……。 


 みんな、夢? 


 それでも、いい。夢でも。 


 夢でもいいから、あなたに会いたい。 


 拓郎……、あなたに会いたい……。




 不意に、誰かの手が頬に触れた。


 そっとそっと触れる、優しい手。


「藍――」


 誰かが私を呼んでる。


「藍」 


 夢……? まだ夢の続きを見ているの? 


 夢かうつつか分からないまま、私の意識は蒼い世界から白いまばゆい光の中へと引き寄せられた。余りの眩さに、目に映るものが何なのか判然としない。


「う……ん……」


 声が上手く出ない。まるで声帯が麻痺してしまったかのように、口から漏れるのは荒い呼吸音だけだった。


『ああ、そうか――。きっと移植手術が始まるんだ』


 私は、自分がベットの上に横たえられているのを感じて、そう思った。どうせなら、あの幸せな夢の中で消えてしまえたら良かったのに。神様はやっぱり意地悪だ。そう思った時、誰かが私の左手をギュッと握った。


 その暖かい懐かしいような感触に、急激に体の感覚が戻ってくる。

 ようやく像を結びだした私の瞳に映ったのは、会いたくてたまらなかった人の顔だった。

 少し固めの癖のある黒い髪。少年の様な真っ直ぐな瞳。その瞳が、心配そうに私を見詰めている。


 えっ!?


「拓……ろ? ど……して?」


 まだろれつの回らない口で、私は必死に声を絞り出した。


 どうして、拓郎がここにいるの? まだ、夢を見ているの?


 私には拓郎がここに、日掛生物研究所にいる事が理解出来なかった。


 彼にはここのことは一切話していない。と言うよりむしろ話せなかった。その彼が今目の前にいて、自分を心配気に見詰めている。


「私が呼んだのよ。あなたを連れて行ってもらう為にね」


 不意に降ってきたお姉ちゃんの声に視線だけを巡らせると、拓郎すぐ右隣に立っているお姉ちゃんの姿が見えた。その顔には何故か、悪戯っ子のような微笑みが浮かんでいる。


「え……? で、も、手術……は?」


 混乱して訳が分からない私の言葉を引ったくるように、お姉ちゃんはきっぱりと言った。


「ばかね。移植手術なんてするわけないじゃないの。言ったでしょ、私は大丈夫だって。何故戻って来たりしたの? せっかく、自由になれたのに」


 少し怒ってみせる、お姉ちゃんの表情は優しい。


「おかげで、変な時にお祖父様は来ちゃうし、こっちの計画がめちゃくちゃよ、もう!」


 と、腰に手を当て『プン!』と頬をふくらませた。


「計……画?」 


「そう、とっておきの計画!」


 そう言うとお姉ちゃんは、綺麗なウィンクを一つ。そして、満面の笑みを浮かべた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ