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第20話 【動物園】


「パンダって……」


「うん?」


「大きいのね……。ちょっと、山の中で会っちゃったら、怖いかも……」


 上の動物園、パンダ舎の前。


 四月に入って初めて天候に恵まれたこともあって、平日とはいえ、かなりの数の家族連れやカップルで賑わっていた。 


 ぬいぐるみのようなイメージを抱いていた私は、パンダのその大きさに驚いて、呆然と呟いてしまった。


 確かに、カラーリングは『可愛いパンダ』のイメージそのままだけど、このサイズは反則だと思う。絶対、可愛いと言う許容量を超えている。


 ジャイアント・パンダの名前は伊達じゃなかったのね。


 しみじみ感心している私を、芝崎さんは愉快そうに見ている。


「パンダってよく見ると、なかなかいい面構えしてるんだ。ほら、目のトコ、模様はたれ目だけど目自体はけっこうスルドイだろう?」


 彼の言葉によくよく観察してみると、『じろり』と送ってくるパンダの視線は……確かに、抜け目ない野生の熊そのもので、ちょっと焦った。


「本当……」 


 二人で顔を見合わせてクスクス笑う。


 


 私にとっては、初めての動物園だった。

 絵本やビデオで見たことはあっても、実物を目にしたのは初めてだっだ。


 私がそう言うと芝崎さんはちょっと考えて、「まあ、俺も似たようなものかな。親が生きてた時何度か来たような気するけど……」と、ぽそりと呟いた。


 記憶を辿るように目を細めて言うその表情は、淡々としている。


 芝崎さんが、両親や事故のこと、自分の生い立ちのことを語ることはほとんどなかった。


「ご両親の事、覚えてる?」


「いや。実は、あまり良く覚えてない。普通の人達だったような気がするけどね……」


「そう……」


 たぶんそれは、私が踏み込んで良いことではない。そんな気がした。 




「うえーん! ママー!」


 えっ?


 突然わきあがった子供の泣き声に、二人で顔を見合わせる。


 ツン――と、ワインピースを引っ張られた気がして視線を落とすと、小さな男の子が裾の方を握りしめて泣いていた。

 ライオンの帽子をかぶった、五・六歳くらいのやんちゃそうな男の子。


 完熟したリンゴのような真っ赤に上気した頬には、大粒の涙がポロポロと、こぼれ落ちている。


「ど、どうしたの? ボク?」


 驚いた私は、しゃがみ込んでその子の顔を覗き込んだ。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭ってあげると、ママのことを思い出してしまったのかますます泣きじゃくる。


 わ。どうしよう? 小さい子供の扱いなんて分からない。


 どうしたら良いか分からずにあたふたしていると、『よっ』と芝崎さんが、男の子を肩車した。


 とたんに、ピタリと止む男の子の泣き声。


「良く見えるだろう? ママが見えたら教えてくれるかい?」


 芝崎さんがいつもの、『100%ウェルカム』な笑顔で語りかける。


 最初はキョトンとしていたその子も、肩車から見える風景が新鮮だったのか「うん! 教えてあげるよ!」と楽しげな笑顔を浮かべた。


 思わずつられて、私も笑顔になる。 


「ちょっと、一回りして来るよ。母親も探しているだろうから。見付からない時は、迷子センターに寄って来る。疲れただろう? そこのベンチで休んでて」


「はい」


 肩車のまま遠ざかって行く二人の姿は、まるで子煩悩な父親と幼い子供のように見えた。


 子煩悩な父親と幼い子供――。


 それは、来ることのない未来の理想像。


 決して私には叶えられない未来。


『もしも、私が普通の女の子だったら、それは叶えられるのだろうか?』


 もしも――。


 そんな仮定のことを考えても、現実は何も変わらない。


 私は『大沼 藍』でしかなく、他の誰かになれる訳じゃない。


「ホント、私ってばかだ……」


 あの時、モデルを引き受けなければ良かったのだろうか?


 あの人を、好きにならなければ良かったのだろうか?


 思わず仰ぎ見た四月の澄んだ空を背景に、淡いピンクの桜の花が儚げに咲き誇っていた。


  


 その日の帰り、私は一組のレターセットを買った。


 その白い封筒と便箋には向日葵が描かれていて、初めて会った時に芝崎さんが見せてくれた、あの美しい優しい風景写真を思い起こさせた。


「向日葵が好きかい?」


 じっと向日葵の絵に見入っていた私の耳に、彼の穏やかな声が届く。


「ええ。大好き。向日葵って、いつも太陽を見詰めて『凛』と立っているでしょう? あの強さに憧れるの……」


「今度、そうだな。夏になったら『向日葵牧場』に行ってみようか? 一面の向日葵畑が見られるよ。ほら、初めて会ったとき見せた向日葵畑の写真の場所」


 この笑顔を忘れないでいよう。


「ええ。楽しみ……」




 終わりの日は、もうすぐそこまで来ていた――。





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