第19話 【モーニング・コーヒー】
この頃、夢見が悪い。
今までも、泣きながら目が覚めることはしばしばあった。
でも、昨夜のように自分の悲鳴で目が覚めると言うのは、さすがに初めてだった。
ふう――。
一つ溜息をつくと私は、目覚めの悪さに少しうんざりしながら、セミダブルのベットに半身を起こした。枕元の時計は午前七時。もう、起きても良い時間だ。
畳に敷いた布団に寝ている芝崎さんの様子を、ベットの上からそっと覗き見る。
もともと低血圧気味の上、昨夜私が中途半端な時間に起こしてしまったからか、まだ良く寝入っている。
その寝顔は、童顔がますます少年めいて見えて思わず口の端が上がる。
私がベットで、芝崎さんが畳に布団敷。
最初は、私が布団で寝ますって言ったのだけど、『夜中や明け方仕事に行くこともあるから、この方が都合がいい』との主張に負けてしまった。
実際、そう言う事が頻繁だったこともある。
一週間の泊まり込みの仕事のときだったか、『一人じゃ心配だから、大家さんの所へ行ってるかい?』と言われたことがあったけど、私は断った。
大家さんの所に泊まるのが嫌なのじゃなくて、この部屋で芝崎さんを待っていたいから。
ふう。と、又一つ溜息がもれる。
もう、限界が来ていた――。
自分の心を偽り続ける限界。
彼を偽り続ける限界。
なら。
「よし!」
私は兼ねてから考えていたことを行動に移すべく、一つノビをして起き出した。
「おはよう。今日は一体何のイベントだい?」
キッチンでお弁当を作っていると、いつもながらの寝ぼけ眼の芝崎さんが顔を出した。
堅めのもともと癖のある髪が、寝癖でますます凄いことになっている。
「おはよう! 今日はお仕事お休みって言ってたでしょ? だから、連れて行って貰いたい所があるの」
なるべく元気に見えるように、明るい声で言う。
「うん?」
「動物園。私、一度本物のパンダ、見てみたかったの」 そう言って笑顔を作る。
いつもは、芝崎さんが誘ってくれても「人混みが、苦手なの」と理由を付けて、極力外出しないでいた。買い物も近所のコンビニかスーパーで済ませてしまうので、私の行動範囲は限られている。
それは、ひとえに『彼ら』に見つかりたくなかったから。でも……。
「だめ?」
でも。もういい。
「いいや。そうか。パンダか。上野だな」
私は、決心していた。
「あのさ……」
お弁当を詰める私の顔を覗き込むと、芝崎さんがためらいがちに口を開いた。
「はい?」
真っ直ぐなその視線に一瞬、心の中を覗かれたような気がして、ドキリとする。
彼は意外と、人の心の動きに敏感な所があって、私が沈んだ気持ちでいたりすると何気なくフォローしてくれたりする。
それはたぶん、彼の生い立ちに起因しているのだと思う。
「……コーヒー頂戴」
「はい」
私は極上の笑顔で返事を返した。