第1話 【出会い】
「これから、どうしよう……」
十一月。
それもまだ夜も明けきらない早朝。
あまりの寒さに私は、少しでも体温を奪われまいと、自分の腕で自分をギュッと抱きしめた。
ここは、たぶん「神奈川県」だと思う。
「港の見えるヶ丘公園」って言う看板があったから、そう言う名前の公園なのだろう。
名前の通り小高い丘にある公園で、眼下には、日の出前のまだ薄紫に霞む港の風景が広がっていた。
さすがに、人影はない。
――美しい風景……、なんだと思う。
でも、私の心の中は、これからどうすればいいのか分からない不安と恐怖でいっぱいで、そんなことを感じている余裕なんかなかった。
どうやってここまでたどり着いたか、自分でももう良く覚えていない。
何度かタクシーと電車を乗り継いで、と言うのを繰り返しているうちに、偶然ここに行き当たった。
――手持ちのお金は、ほとんど無くなった。
「これまで調べられることはまず無いだろうけど、しばらくは使わない方がいい」
そう言って、別れ際渡されたキャッシュカードがあったけど、それを使おうと言う気持ちにはなれなかった。
『柏木浩介』
そこに刻印されている名前を見ただけで、たぶん私は泣き出してしまうだろう。
それが分かっていたから……。
あんなに憧れた「外の世界」。
そこにあったのは、自由なんかじゃなかった。
「どうして、私はお姉ちゃんのように、お祖父ちゃまが、会いに来てくれないの?」
「どうして、私だけ、お外にお出かけしちゃいけないの?」
幼い頃、よくそう駄々をこねては、柏木先生や、世話係の前田さんを困らせたっけ。
「藍のお父さんは、柏木先生。お母さんは、前田さん。そしておまけに、お姉ちゃんまでいるだろう? それじゃ、いやかい?」
柏木先生の言葉が、まるでさざ波のように寄せては返す。
「帰りたい……。先生。私、帰りたいよ」
あのまま、何も知らずに生きて行けたら、どんなに良かっただろう。
鼻の奥に、ツンと熱いものがこみ上げる。
考えても、考えても、まるで迷路のように巡る思いに、もうどうすることも出来ず、私はただ自分を掻抱き、暗い港の風景を見つめていた。
いっそ、このまま、石にでもなってしまいたい。
そうすれば、何も感じずにすむのに――。
フッと、暗かった海に朝日が差し込む。
カシャ、カシャカシャ。カシャ、カシャカシャ。
――えっ? 何?
聞き慣れない連続音がして、私は振り返った。
「あっ、すみません! 勝手に撮ってしまって!」
重そうなカメラを抱えた若い男の人が、ペコリと頭を下げながら走り寄って来た。
私より、頭一つ分は背の高い痩せぎすのひょろっとした風貌で、優しげな雰囲気を持った人――。
『TV子供番組のお兄さん』みたいだなと思った。
童顔だからだろうか?
「俺、私は、こう言う者で……あれ?」
胸ポケットやらジーンズのポケットやらをごそごそやっていたその人は、やがて何か合点が行ったと言うように、自分の手をポン、と打ち付けた。
「あっ、そうか、今日は仕事じゃなかったっけ」
呟くと、まるで少年のような屈託無い笑顔を見せて、
「俺、芝崎拓郎って言います。フリーのカメラマンをしているんですが。突然ですが、モデルになって貰えませんか!?」
とっさのことに反応出来ず金縛り状態の私に「お願いします!」と、勢いよく90度に頭を下げた。