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第17話 【淡雪】


 2月14日のバレンタインの夜――。

 今日はとても寒い日で、夕方からの雨がみぞれに変わった。


 私は、手作りのチョコレートと、ちょっと豪華な夕食とワインを用意して、芝崎さんの帰りを待っていた。


 今日は、バレンタイン。一年に一回女の子から告白出来る日――。


「告白か……」


 コタツの上に並んだ料理を眺めながら、一つ溜息をつく。

 よく考えてみると、私たちはお互いに想いを伝えあった訳じゃない。


 あの日。

 港の見えるヶ丘公園で出会ってから、行き場の無い私を自分のアパートに住まわせてくれている芝崎さん。

 私は、ただその好意に甘えて今まで来てしまった。


 それは、『家出娘とその保護者』な関係で、決して恋人と呼べるものじゃない。


 料理をしたり掃除や洗濯をしたり、家事をして彼の帰りを待つ日々はあまりに穏やかで、逆に時々どうしようもなく不安になる。


 ――私は、ここにいていいの?


 ――私は、あなたを愛してもいいの?


 答えは出ない。


 ううん。最初から出ている。


 私はずっとここにはいられない。

 

 あなたとずっと一緒にはいられない。


 それなら……。


 それなら?


 ピンポーン――。


 インターフォンの音にはっと我に返る。


 ガチャリとドアの開く音と同時に、外の凍るよな冷たい空気が一気に暖まった室内に流れ込む。

 慌てて玄関の方に視線を向けると、雪まみれになった芝崎さんがぱたぱたと雪を払っていた。


「ただいま。とうとう降り出したよ雪」


「雪? 雪になったの?」


「ああ。淡雪だから、そんなには積もらないだろうけど、もう一面、真っ白になってるよ」


 私はサンダルを引っかけて、外に顔を出した。


「あ……」


 視界に飛び込んできたのは、闇の中浮かび上がる一面の白い色彩――。

 家も道路も木々も全てが白い色彩で覆われている。

 雪の降り積もる微かな音だけが、静謐せいひつなその世界を支配していた。


「綺麗――」


「雪、見たの初めて?」


「はい」


 私は、廊下の手摺りから手を伸ばして、雪を広げた手のひらで受け止める。

 降っては融けるその姿は、どこか儚くて切ない。


「よし! ちょっと遊ぼうか。外に行くから暖かい格好して」


 まるでやんちゃ坊主のように芝崎さんが『ニカッ』っと笑った。


 はい? 遊ぶ?



 前から少年の様な所のある人だとは思った。思ったけど……。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「待ったなしって言っただろう。ルールは守らなくちゃ行けないよ」


 そう言うと芝崎さんは私の両頬に、両手に持った雪玉をパチンと塗りつけた。


「きゃあ! 冷たっ!」


「ほい次。じゃんけんぽん! はい藍ちゃんの負けー」


「も、もういいですー!」


 何のことはない。じゃんけんで負けたら『頬にゆき玉ぱっちん』と言う遊びなんだけど――。こんな遊び本当にあるんだろうか?


 アパートの人気のない駐車場。

 淡い街灯の明かりに、舞い散る雪がキラキラと反射している。


 その中で子供のようにはしゃぐ大人? が二人。


「はい遠慮しないで、頬っぺ出して!」


「いっ、いいです! 遠慮しますっ……きゃっ!?」


 顔を両手で庇って後ずさった右足が雪に取られてずるっと滑った。

 スローモーションで世界が回転する。

 地面に後頭部激突を覚悟して目をぎゅっとつぶった瞬間、ふわりと力強い腕に抱き止められた。


「ごめんごめん。調子に乗りすぎた」


 目を開けると、覗き込む芝崎さんの心配げな瞳。

 その余りの近さにドキリ――と鼓動が高鳴った。


「何か悩んでる事とかある?」


「えっ……」


 私を抱え込んだまま問いかける真っ直ぐな瞳は、心の奥底にあるものを見透かされそうで怖い。


「何だかこの頃沈みがちだと思ってさ……。俺には言えないこと?」


「……あの」


 そう、今日はバレンタイン。


「うん?」


 女の子から告白しても許される日。


「私のこと好きですか?」


「……好きだよ」


「だったら、キスしてもいいですか?」


 一世一代の決意を込めて言ったのに、芝崎さんはしばらく固まったあと、『ぶっ』と吹き出した。

 そのまま肩を震わせて笑っている。


「あの?」


 また、何か変なこと言ったんだろうか?


「まったく。このお嬢さんは何を言い出すんだか。いつも驚かされるな君には」


 笑いの収まらないそのセリフに急に心配になる。やっぱり私の独りよがりな思い込みだったの?


「これじゃ言うセリフが反対だな」


 と、チュッとおでこにキスをされる。


 一瞬、何が起こったのか理解できずに芝崎さんの顔にじっと見入ってしまう。

 少し照れたようなそれでも真剣な眼差しが私を映していた。


 私を抱く腕にギッュと力がこもる。



 初めて触れた彼の唇は、ただ温かかった――。 


 

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