第13話 【留守番-2】
「こんにちは。大沼 藍ちゃんね。私は佐藤、ここのアパートの大家です」
ドアの向こうには、そう言ってにこやかに笑う五十代後半くらいの、ふくよかな女性が立っていた。
へなへなと、思わず肩の力が抜けてしまう。
――そうよね。
いくら何でも、昨日の今日で私の居所が知られる訳がない。
「こ、こんにちは!」
ニコニコ笑顔のままの大家さんに『ぺこり』と頭を下げながら、芝崎さんの留守中に一人でここにいる経緯をどう説明しようかと、せわしなく考えを巡らせる。
けど。
「あの……。芝崎さんは、仕事に出掛けているんですが……。帰りは、三日後だそうです」と、何の芸もない答えしか出てこない。
そんな私を不審がる様子もなく、うんうんと、『分かっているわよ』と言うように大家さんは頷いた。
「今朝ね、芝崎君が家に寄って行ってね、”女の子が家に居るから、自分が留守の間、お願いします”って頼みに来たのよ」
大家さんは『バチン』とウインクをすると、嬉しそうにそう言った。
「あの子が、女の人を部屋に連れて来るなんて初めてだから、”これは早速、見に行かなくっちゃ”って来た訳よ。ああ、これ嫁に行った娘のお下がりだけど、良かったら着てみてね」
と、大家さんから大きな紙袋を二つ渡される。
『娘のお下がり』だと言った袋の中には、ぎっちりと、真新しい洋服が詰まっていた。
「あ、あの。すみま……、ありがとうございます!」
また「すみません」と言い掛けて、慌てて言い直した。
「あら、おいしい!」
四畳半のコタツに向かい合って座ると大家さんは、私が入れた日本茶を一口飲んで、少しびっくりしたように呟いた。
『お茶も、入れ方次第なのよ』と、美味しいお茶の入れ方を伝授してくれた、母のような前田さんの穏やかな笑顔が浮かぶ。
「ありがとうございます」
それは、ほめてくれた大家さんと、前田さんに向けた言葉。
「でも、安心したわ。あなたのような可愛らしいお嬢さんで」
大家さんは、心底安堵した様子でニッコリ笑うと、何処か寂しげな遠い眼差しを開け放たれた窓の外に向けた。
「芝崎君、ああ見えて苦労人でね……。ご両親の事は聞いている?」
「はい……。子供の頃、事故で亡くされたとか……」
「あれは、ひどい事故だったわ……」
昔を懐かしむように、悲しみをたたえた眼差しで語る大家さんの言葉に、私はただじっと耳を傾けていた。