第12話 【留守番-1】
やけに温かい。
ぬくぬくする。
ここの所、こんなに暖かい感覚で目覚めるの、久しぶり……。
「あれ?」
目を開けた私は一瞬、自分がどこにいるのか分からずに、がばっと飛び起きた。
六畳くらいの、見覚えのないシンプルなモノトーンの和室――。
枕元にある出窓の淡いグレーのカーテン。そのカーテンの隙間から、朝の明るい日差しが木漏れ日のように部屋の中に降り注いでいて、まぶしさに思わず目を細める。
敷かれている暗いグレーの絨毯上のセミダブルのベット。
そこに私は座っていた。
「あ……ああ。そうか」
寝ぼけた頭にがやっと血が巡り、昨日のことを思い出した私は、隣で寝ていた筈の家主さんの姿を探した。
シンとした室内には、彼の姿はない。
「芝崎さん?」
隣の板の間との境の襖を開けて、声を掛けてみたけど返事がない。
ふと視線を落とすと、コタツの黒い天板の上に、一枚の白いメモと五千円札が置かれていた。
『 大沼 藍様
今日から三日間、仕事で留守にします。
部屋の物は自由に使って下さい。
冷蔵庫の物は食べてしまって下さい。
(賞味期限に注意!)
表通りに出てすぐのところにコンビニがあるので、足りない分はこれで買い足して。
何かあれば、携帯に連絡を。
携帯090 4885 ××××
芝崎 拓郎 』
――私、ここにいていいんだろうか?
「迷惑じゃ……ないのかな?」
今、特定の場所にいない方が良いのは分かっていた。
もしも、ここで追っ手に見つかれば、確実に彼に迷惑がかかってしまう、はず。
それに、ここは郊外とは言え『東京』。本当なら、一番近付かない方が良い場所だった。
迷いが胸をかすめる。
でも。
嬉しさの方が遥に大きくて、すぐにその迷いは消えてしまった。
『自分の居場所』が出来たことが、ただ、嬉しかった。
「うん。ちょっと寒いけど、いいお天気!」
冬の朝の澄んだ空気が心地よい。
私は、開け放した南向きのベランダの窓から外を見渡すと、一つ大きく深呼吸をした。
午前八時。
路地奥にあるこのアパートの周りにも、朝の活気が溢れていた。
ジョギングをする中年の男性。
のんびりと、犬の散歩をする主婦らしき人。
足早に学校へ急ぐ学生の群れ。
穏やかで、そして当たり前の風景。
その全てが新鮮だった。
――何をしようかしら? と思案の結果、部屋の掃除をすることにした。
元々そんなに散らかっている訳ではなないけど、やっぱりそこは男の人の一人暮らしの部屋で、『隅の方に埃がこんもり』としていた。
さすがに、『はたき』は置いていないようなので、雑巾を固く絞って窓のサンや家具の上の埃を拭き取って行く。
「前田さん、心配しているかしら……」
ふと、子供の頃からの世話係だった優しい女性の顔が浮かんだ。
こう言う掃除の仕方はその人が教えてくれた物だった。
掃除だけではない。
料理や裁縫、生活していく上で必要なことはその人にみんな教わった。
両親のいない私にとっては、『母親』そのものだった。
その人にも、もう会うことは出来ない……。
トントン――。
不意に起こったドアのノック音に、はっと我に返る。
――誰? まさか……。
一瞬、『居留守を使ってしまおうか?』と言う考えが頭をよぎったけど、窓は開け放してあるし、玄関自体に鍵を掛けていないので、このまま黙っていてもドアを開けられてしまえば隠れようがない。
私は観念して、おそるおそるドアを開けた。