第11話 【新しい先生】
私と『彼女』は、物心が付いたときには既に一緒に生活をしていた。
少しだけ年上の彼女を私は『お姉ちゃん』と呼び、彼女は私を『藍ちゃん』と呼んで、まるで双子の姉妹のように仲が良かった。
お姉ちゃんは私と違って、とても綺麗な真っ黒な髪の色をしていた。
肌の色も真っ白で、まるで絵本の中の『白雪姫』みたいで、私の密かな憧れだった。
でもその性格は、お姫様のような外見とは正反対でとても明朗快活で、人見知りな私はいつも彼女の後ろを付いて回っていた。
「藍ちゃん! 早く早く!」
それがお姉ちゃんの口癖。
寝るのもご飯を食べるのも、遊ぶのも、生活の全てを私たちは一緒に過ごした。
何の悩みもない、楽しい毎日。
そんな生活の中、柏木先生に出会っのは、私たちがまだ六歳だった頃――。
そのころ私たちの親代わりになっていたのは、おじいちゃんのような優しい『衣笠先生』で、細長い顔に白髪のもじゃもじゃ頭と、人の良さそうな目尻の笑いじわの持ち主だった。
いつも、大きな温かい手で頭を撫でてくれる先生が、私たちは大好きだった。
その日の、三時のおやつの時間。
一日の大半を過ごしていた遊戯室の六人掛けの丸テーブルの上には、いつものように、世話係の前田さんの手作りのクッキーやお菓子がカラフルに並んでいた。
私たちと一緒にテーブルを囲んでいたのは、前田さんと衣笠先生、そしてその日初めて見るメガネをかけた、衣笠先生よりも大分若い男の人――。
「このおじちゃん、だぁれ?」
私の質問にその人は一瞬、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになって、少し傷ついたような表情を浮かべた。
日本茶をすすりながらその様子を見ていた衣笠先生が、「藍ちゃん、せめて『お兄さん』って呼んであげなさいね。この人はまだ、若いんだからね」と愉快そうな笑い声を上げ、コホンと一つ咳払いをしたあと、
「この人は、柏木浩介先生。君達の新しい先生だよ」と、紹介してくれた。
その言葉に、私と彼女は驚いて顔を見合わせた。
「じゃあ、衣笠先生は!? どこか行っちゃうの!?」
思わずハモってしまった私たちに衣笠先生は、「先生はね、ずっとお休み無しでお仕事していたからね。ちょっとまとめてお休みを貰う事にしたんだよ……」と、ちょっと寂しそうな笑顔を向けた。
そして、その言葉通りに、それから柏木先生が私たちの親代わりになった。
衣笠先生が『大学の先生だった時の教え子』だと言う若い柏木先生が、私たちはすぐに大好きになった。
「先生はいくつなの?」
興味津々のお姉ちゃんの質問に先生は、衣笠先生と同じようにしゃがんで、私たちの目線に自分の目線を合わせて答えてくれた。
「二十九歳だよ」
「お嫁さんはいるの?」
「いないよ」
「それじゃ、大きくなったら私たちが先生のお嫁さんになってあげるよ!」
ハモる私たちに先生は「そうだね。楽しみに待っているよ」と、優しい穏やかな笑顔を浮かべた。
私は、その笑顔が大好きだった――。