第10話 【溜息の理由】
「じゃあ、俺はこっちの板の間の方に寝るから、君はこのベッドを使って。一応、シーツは換えといたから」
一番奥の和室を、板の間から移して来たファンヒーターで暖めてくれた芝崎さんは、自分は薄い毛布一枚を押入から取り出すと、そう言った。
「え? じゃあ、芝崎さんはどこで寝るんですか?」
「俺は、コタツで寝るから大丈夫。普段でも良くやるんだ。遠慮しないでベット、使って」
はい?
コタツで寝るって……。あの小さいコタツじゃ完璧に芝崎さんの身体、収まらないんじゃ?
その上、薄い毛布一枚。
「んじゃ。お休み」
ちょっ、ちょっとそれはいくら何でも、風邪を引いちゃう!
私は、板の間に行こうとする芝崎さんの腕を慌てて掴んだ。
「こちらの部屋で、一緒に寝ましょう! その方が、暖かいです!」
「は?」
なぜか、芝崎さんの動きがピタリと止まる。
私の顔をまじまじと見下ろすその表情も、身体と同じで驚いように『ピキッ』と固まっている。
あれ?
私、何か変なこと言ったのかな。
「……それは、いくら何でも、マズイでしょう? 一応これでも、男だからね」
ははははっ、と引きつり笑いをしながら行こうとするその腕を、必死で掴んだ。
「でも、風邪を引かれては私が嫌です。困ります、ここに居て下さい。私、気にしませんから!」
芝崎さんは、何かに救いを求めるように、天井を仰ぎ見た。
「でなければ、私がそちらで寝ます!」
恩人に、風邪を引かせてしまっては、居候として立つ瀬がない。
それに、『風邪は万病の元』だから甘く見てはいけないと、良く柏木先生が言っていた。
しばしの沈黙が、ファンヒーターの熱で暖まり始めた和室に流れる。
『ふう』と一つ溜息をつくと、「……分かった。そうするよ」と妙に気抜けしたような返事が返って来た。
セミダブルのベットに、二人はちょっと狭かったけど、板の間の小さなコタツで寝るよりは、断然ましなはず。
これで、心おきなく眠れる。
「お休みなさい」
私は、隣で背を向けて横になっている芝崎さんにそう声を掛けて、目を閉じた。
「……ああ。お休み」
しばらくぶりで足を伸ばして眠れる開放感と、芝崎さんの背中から伝わる温もりを感じながら、引き込まれるようにすうっと眠りに落ちて行く。
そのまどろむような意識の下、どこかで『はぁー……』と言う長い溜息を聞いたような気がしたけど、気のせいかもしれない。