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第七話『ジョブ、選びますか』

 周囲から集まる視線が少し気にかかる。

 俺はサッと、ランナーの様子を窺う投手のように顔を向けると、視線を逸らされ何事もなかったかのように会話に戻り、箸を動かす。

 これは俺への淡い恋心を抱いている奥手な同級生からではないことは明白だ。男女問わずに向けられていた視線には、羨望や嫉妬は含まれてはおらず、珍しい光景を見るような、訝るような、そんな視線だった。

「意外とまとも」

 弁当を開けて中身を一目見ての感想をボソリと言う伊織も気に掛かるのか、表情は変わらないが尻を僅かに浮かせ、心持ち窓の方に身体を向ける。ここ数日で分かったことだが、伊織は人付き合いを嫌うというより苦手なのだと感じた。だから意図的に避けてるのだと思う。

 今日にしたってそうだ。

 挨拶をしても『学校じゃ他人よ私たち』とでも言うように盛大に無視を決め込まれたし。だが、俺としてはそんな関係は嫌だし、迷惑がられるのを覚悟で昼休みに伊織に話しかけた。二つの弁当を持って。

「もう少し気の利いたこと言えないのか」

「勝手に持ってきたのに、その要求は図々しい」

 憎らしいことを呟きながらも、おろしたての箸を持つ伊織を見て、心底嫌がられてる訳じゃないと安堵する。

 俺は机の広い辺を伊織の机の横にくっつけてから座り、自分の弁当箱を開ける。右半分に唐揚げに野菜炒めに卵焼き。残り半分はふりかけご飯が詰まっている。

 伊織の弁当もこれと全く同じだ。

 いつもより一人分多く作るだけだから大した手間ではないし、これで伊織との距離が縮まるなら安いものだ。ちなみに冷凍食品はなるだけ使わないのが俺のこだわりだ。

 一口サイズの唐揚げを口に入れる伊織を見て、つい顔が綻ぶ。伊織がグルメレポーターのように美味さを表情に出しているからではない。伊織は無表情で黙々と租借している。

 けど、辛らつな言葉がないってことは文句はないってことだし、あとこうして机を合わせて弁当を食べるというシチュエーションも嬉しかったりする。坂本はいつも購買のパンだったし。それに異性というだけで希少性が段違いに変わる。

 伊織も普段はそちらの組だ。昼休みになると何も持たずにフラリと教室から出て行き、チャイムが鳴るギリギリにフラリと席に戻ってくる。学食か購買かは定かではないが。

 伊織に弁当を差し入れた理由はそのことを知っていたのと、あと一つ。

「なあ、伊織」

 俺は声を潜めて言う。

「……なに?」

 卵焼きを箸で切っていた伊織は顔を上げ黒い瞳を向ける。

「昨日の話だが、今は駄目か?」

「昨日の?」

「ジョブのこと教えるとか」

 理由とはこのことだ。教えてくれる礼も兼ねての弁当でもある。昼休みにでも食べながらゆっくり聞こうかと。

 だが、ここでしてもいい話題か判断に迷った。教室内というオープンな空間でオンラインゲームの話をしてもいいのか。

 クラスメイトに伊織がゲーム、それもオンラインゲームをする人という認識はあまりないだろうし。伊織も思われないようにしていたかもしれない。

 まあ、クラス内の伊織の印象はミステリアスかよく分からないが殆どだろうし、伊織が外部の印象に気を配ってるとも思えないが、万が一ということもあるから声を抑えて聞いた。

「別にいいけど。……説明が面倒くさくなりそう、かなめだし」

「細かい説明は必要ない。朝にネットで予め調べてきたからな」

「そう」

 伊織は卵焼きを口に運びながら言った。

「ジョブっていうのは、クリスタルのかけらを手に入れることで選択できる数が増えていって、経験値とは別にジョブポイントにより成長し、アビリティを覚えることができて、他のジョブの時も使うことができるんだろ? あと、すっぴんとものまねしはマスターしたジョブの特性を得ることができるとか」

 俺は得意げに説明した。いつまでも無知の冠は付けられてはたまらないからな。

「…………」

 あれ、どうして黙っているんだ伊織は。さげすむ言葉もないくらいに完璧だったと受け取っていいのか?

「なんだ? FFの話か?」

 背後から声が掛けられ振り向くと、購買のパンをボールのように弄びながら立っている男子がいた。

「坂本か。FFって何のことだ?」

「オレも混ざっていいか?」

 俺の疑問を流し、坂本は机を指さしながら聞く。坂本とは同じクラスだが、俺と伊織がいっしょに弁当食ってるという光景にちっとも不思議そうな顔はしていない。

「俺は構わないが」

 と、伊織に伺うように視線を向ける。拒否したら坂本には悪いがお引き取り願おう。

「別にいいけど」

 伊織はアッサリと坂本の同席を認め、

「サンキュ。早崎さん」

 爽やかに笑いながら坂本は今は不在の前席の椅子を寄せて座り、パンの封を開けてかぶりつく。

「やっぱり購買の焼きそばパンは美味いな」

 坂本は簡潔に味の感想を述べる。焼きそばパンは購買部で世代を越え人気を不動のものにしている伝統の一品。取り合いにより昼休みは戦場になると聞くが、坂本の昼食は毎日焼きそばパンである。歴戦の勇士かこいつは。

「かなめ、誰こいつ?」

 その様子を黙って見ていた伊織は俺に視線を向け聞いてくる。本当にクラスメイトの顔と名前覚えてないんだな。

「坂本藤二郎」

 俺がそれだけ伝えると、

「要の無二の親友」

 坂本は俺を指してそう付け加えた。真面目な顔で言わんでくれ。むず痒い。

「そう」

「よく隣で要と話してるんだけどな、本当に知らない?」

 伊織は小さく首を振る。

「全然」

 苦笑を俺に向ける坂本に俺も苦笑で返し、

「俺も目しか覚えられてなかった」

「そか。で、何の話してたんだ?」

 全く気にしてない様子で、坂本は椅子の背もたれに肘を乗せながら話題に乗っかろうと聞いてきた。多趣味である坂本はどんな話題でも相応の知識を持って参加できるからそれなりに人気がある。ま、顔もそれなりなのもあるか。それなりに。

「伊織にジョブについて教わろうとしていたとこだ」

「さっきも少し聞いたが。要、ゲームでも始めたのか? しかもレトロゲーを」

 意外そうに言う坂本。というか、

「レトロゲー?」

「さっきのってFF5だろ? かなり古い作品だぞ。リメイクはされてはいるが」

「えふえふ?」

 坂本の言ってることがよく分からない。最近もこんなことがあったような。

「違うのか? どうみてもFF5かと思ったが」

「それ、かなめの勘違い」

 黙ってやり取りを聞いていた伊織が口を挟む。確かに坂本は勘違いをしているみたいだし、ビシッと言ってやってくれ。

「多分“ジョブ 説明”とでも検索して、出てきたFF5のページをCFのページだと勘違いして覚えたと思う。馬鹿のかなめのやりそうなことだ」

 なんで俺の行動を知っているんだ伊織は。

「……勘違いしてたのはもしかして俺ってことか?」

「そう」

 伊織はあっさりと頷く。

「……そうか」

 誰か教室内に時間を戻せる人はいらっしゃいませんか? 得意げに言った自分がもの凄く恥ずかしく思えてきたんでなかったことにしたいんですが。

「どんまい」

 と、坂本は俺の肩に手を置く。その表情は悪戯っぽく笑っている。誰か穴を掘ってくれないか?

「あながち間違ってもないけど。ジョブはキャラのレベルとは別にレベルがあるし、覚えたスキルは他ジョブでも使ったりできるから。……怪我の功名?」

 使い方に不安があるのか小首を傾げて言う伊織。調べたことが全く無駄だったってわけじゃないみたいだし、そうかもしれない。

「FFじゃないみたいだが、何のゲームの話なんだ?」

「CROSS・FANTASIAっていうゲームだが。知ってるか?」

「最近話題のMMORPGのことか? 評価は高いみたいだな。オレはやってないが」

「知ってるのか」

 タイトルはともかくMMORPGって言葉がすらりと出ることが意外だ。そこまで浸透していたとは。

「意外そうな顔だが、要がMMOの話をしているってことの方がもっと意外だぞ。どういう風の吹き回しだ」

 ひよりと同じような反応だな。そのうち俺がオンラインゲームをしてると知ったら天気の心配をする奴も出てきそうだ。

 俺は唐揚げを一つ減らし、

「まあ、色々とあったんだよ」

 坂本にはそれだけで十分だろう。

「そっか」

 坂本は予想通り深くは突っ込まずにさっぱりとした反応をする。このしつこくない性格が俺は好きだ。俺の致し方なくやってた主婦業に対しても、褒めもバカにしたりもせずにこんな風だった時は嬉しかった。

「じゃ、話の続きをどうぞ」

 手のひらで紳士的に差しだし坂本は促した。えっと、どこまで話が進んでいたっけか。

「ジョブっていうのはそのFF5ってのと似ているってことでいいのか?」

「ま、大体は。けど、ジョブレベルは最大99あるし、スキルの数も違う。世界観的なことについては説明書に書いてあると思うし、省く」

 焼きそばパンを食べながら坂本はふむふむと相槌を打っている。

「じゃあ、何を教わればいいんだ?」

 弁当を半分くらい減らしている伊織は、

「MMOは育成が大事。それには装備にボーナスステータスの振り方とか色々とあるけど、ジョブが一番重要」

「キャラのレベルは?」

 坂本が聞く。お前は未プレイなんじゃなかったのか。

「それは普通にプレイしてれば上がるから。生産専門プレイなら別だけど」

「生産プレイもできたんだ」

「そんなにはいないけど、プレイスタイルの一種としてはゲーム的にも確立してる」

 二人の会話に俺の理解が追い付かない。

「あ……育成はどのくらい大事なんだ?」

 このままだと会話と話題から俺がフェードアウトしていくのを危惧し、俺は怖ず怖ずと割り込んだ。

「プレイスタイルは人それぞれではある。基本的に。けど、PT組んだり効率を考えたら、育成はしっかりとしないと駄目」

「PTってプレイヤーといっしょに戦うことだろ? 具体的に何が駄目なんだ?」

「野良PT……知らない人達と即興で組む場合は効率を求めることも多いから、キャラのレベルに見合わない強さだと批判を浴びたりする。『使えない』『真面目にやれ』『蹴るから』とか罵詈雑言の嵐」

 淡々と伊織は言う。

 新人イビりを思わせる言葉だが、ゲームで本当にそう言われることなんてあるのか?

「そういう人がいるっていうのは聞いたりするが、そこまで酷い方が少ないとも思うけどな。未プレイ者の想像でしかないけど」

「レベル50までの狩場なら少ない方みたい。それ以降の狩場は効率厨が増えてくると掲示板で見た。私は基本ソロだったから見たことない」

「だったらそこまで気にする必要もないんじゃないのか?」

「かなめが役に立たなかったら私が言う」

「おい……」

 身内に罵倒する奴がいたよ。既に頻繁に浴びてるが。

「半分は冗談。だけどジョブ毎の特徴と育成方針は知っていたほうがいいと思う。実際にそうするかはかなめが決めればいい」

「半分かよ」

 結局は役に立たなかったら罵倒されるんじゃねえか。

「普通のオフラインのRPGでも攻略にあたっての効率的なキャラ育成は大事だな。楽に進めるためには」

「一般的なRPGなら初めから育て直す手間はあまりないけど、オンラインは時間が掛かるからよく考えた方がいいことは確か」

 坂本と伊織のアドバイスを有り難く受け取ると、やはり育成はちゃんとした方がいいのだと思わせられる。罵詈雑言を浴びたくもないしな。

「まあ、せっかくやるんなら強くはなりたいし、教えてくれると助かる」

「要、昼休みあと僅かだぞ」

 伊織を見据えて俺は言うと、坂本からそう告げられる。時計を見るとチャイムまであと三分に迫っていた。

「うお、やばい」

 慌ててまだ半分は残る弁当を食う作業に集中する。伊織は今し方食べ終えて手を合わせていた。意外と礼儀正しいな。

「かなめ、続きはどうするの?」


 かき込んだご飯を租借しつつ、俺は脳内の予定表を開く。授業を終えた後は帰宅して洗濯もの取り込むくらいだし。

「帰りにどこか喫茶店辺りとか」

「かなめの奢り?」

「まあ、飲み物くらいなら」

「じゃあ、それで。坂本は?」

 俺は目を見開いて驚いた。伊織から誘うようなことを聞くとは……ゲームをする者同士だから波長でもあったのか。

「是非聞いてみたかったが、用事があってな。すまん」

 坂本は片手を胸の前に挙げて申し訳なさげに断った。

「そう」

 伊織は残念そうな様子もなく、俺の前に弁当の空箱を寄せて、

「五十五点」

 俺の自信からしたら辛口な評価を告げた。

「酷い点だな」

 俺は苦笑する。

「…………」

 伊織は何も答えず頬杖を突いて窓へと顔を向けた。

 俺は小さく息を吐いて、弁当を食う速度を速めて、また持ってきてみようかと考える。今度は更に良い点を言わせようと心に決めて。



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