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第六話『ネットゲーム、始まりました』

 短いCGムービーが流れ、それが終わると光に包まれ俺のキャラクター『カナメ』が画面上に表れた。

 カナメが立つ場所に既視感があると思ったら、先日伊織の部屋で見たからだと気付く。

 遠くに広がるヨーロッパ調の景色をバックに噴水の前に立つカナメという構図はああああいうと同じだ。アレは急造で適当に作成したキャラだったらしいし、ここがスタート地点のようだ。

 俺はコントローラーに視線を落とし、ボタンの配置を確認する。左側にあるのが移動に使う方向キーとカーソルを移動するスティックで、中央にはスタートボタンなどが幾つか並び、右側にはボタンが六つとこちらにもスティックがある。

 様々なパソコンゲームに対応している汎用コントローラーだそうだ。

 ソフトに同梱されていた操作簡易表を見ながらコントローラーを繰る。

 動かした通りに俺のキャラが動き、画面はカナメを中央に捉えるように合わせて動く。スティックをグリグリと動かすとカナメを中心にしながらも視点が変わる。まるで幼い子が大人を見上げるようなローアングルも可能で、もし女キャラで短めスカートの場合中身が見えるのではないか? 大丈夫なのか?

 そういえば、このゲームのパッケージには十五歳以上対象と書かれていた。こういうことも可能だからなのかもしれないな。

 それにしても先日とは比にならない程に辺りを行き交う人が多い。カナメが現れた時のように光に包まれて出現する人もちらほらと見かける。

 あの時は確か午後四時くらいだったし、学生はともかく社会人は一般的には仕事中の時間だ。今は午後九時半過ぎ。社会人が自宅でくつろぐ時間帯だからログインする人も多いのだろう。

 何気なく画面に映るキャラクターの頭上に表示された名前を見ていくと、外国人のような名前が多い。俺のように本名を付ける人は少数派みたいだ。

「あ……」

 今、カナメの前を横切ったトゲトゲとした黒い鎧を纏う人の名前を見て俺はぽかんと口を開けた。

“†暗黒の覇王†”

 イタい。何がどうイタいのかと聞かれたら上手く答えられないが、とにかくイタいと感じた。伊織が勧めなかった理由が分かった気がする。

 ところで伊織は一対どこにいるんだ。

 待ってると言われたが、肝心の待ち合わせ場所は訊いていない。というより訊いたとしても、この世界は俺が都会に行くのと同様に右も左も分からないし『騎士の銅像の前』とか言われてもどこにあるのか知らなければ行くことはできない。

 電話して聞いて見るかとコードレス電話にチラッと視線をやるが、番号を知らない。クラス名簿はどこやったか――と記憶を辿っていると、ゲーム画面の左下にあるフキダシのアイコンがチカチカと瞬いた。

 マウスでポインタをアイコンに重ねてクリックする。

 これはチャットで、ゲーム内での会話文はここに表示される。空白が目立つメッセージウィンドウには、一言こうあった。


ネピア:操作には馴れた?


 緑の文字で表示されたそれに俺は首を傾げる。俺に話しかけてるのか? ネピア――見覚えのない名前だ。

 伊織かもしれないが、万が一人違いだったら恥ずかしいし、俺は不慣れな動作でキーボードを叩き、

『誰ですか』

 と決定すると、カナメの頭上にフキダシで出る。

 メッセージウィンドウにも白文字で表示されている。

『囁チャで話したほうがいい。凄く目立ってる』

 ネピアから再度チャットが。囁チャってなんですか? と、打とうとしてると、

『メッセージに表示されてる名前に合わせて右クリックして、“ささやき”を選べはできる。多分、囁チャって何と首を傾げていると思うから先に説明するけど、ささやきチャットの略称。指定した相手にしか見えない会話のこと』

 言われた通りにすると、幾つかの項目が表れ“ささやき”もその中にあった。それを選んで再びタイプする。

『先読みした説明どうも。一応聞くけど、伊織だよな?』

『もし違ってたとして、簡単に名前を出すのはやめたほうがいい。その人が伊織になりすます可能性も捨てきれないし、金を騙し取られるかもしれない』

 まるで熟練した遊撃手のように素早い返球、もとい返信だ。本人と面と向かって会話するより早いくらいだ。

『オレオレ詐欺みたいだな』

 俺だよ俺と電話してきた誰かに祖母がうっかり「太郎かい?」などとつい名前を言ってしまい、なりすまして騙すという手口はテレビで見たことがある。

『まあ、騙すならもっと金のある人を狙うと思う。念のため注意しとくけど、オンラインゲームで過度に個人情報をバラすのは基本的には厳禁』

 無機質な文字だけのやりとりなのに、脳内じゃ淡々とした伊織の声で再生されるのが不思議だ。

『今どこにいるんだ』

『噴水前』

 コンマ何秒かという早さで返ってきた言葉を見て、噴水前へと戻る。何人か動かずに立っているキャラがおり、その中から『ネピア』という名前を探し、すぐに見つかった。

 目の前に立ち主観視点に切り替える。

 サラサラと風になびく藍色のセミロング。目を隠すくらいの長めの前髪をシルバーの髪留めで額の辺りで止めている。大きめな目は瞼が半分閉じており、眠たげな印象を振りまいている。

 確か120番にそんな目のパーツがあったが、選ぶ奴がいたとは驚きだ。自身に似せたのかとも頭に過ぎったが、カナメとさほど変わらない質素な服装の胸部はこれまた質素だ。

『全然かなめには似てないな。理想?』

 ネピアは操作している人の内心をトレースしたかのように、唇の端をもたげて嘲笑する。画面の前に座る俺は苦笑を浮かべてるが、カナメの表情は変化しない。

『フェイスアクション機能。画面右の顔のアイコンを押せばできる』

 画面の右端にも携帯の絵文字を思わせる細かなアイコンが並んでいて、その中の顔のアイコン選択する。

 すると『フェイスアクション』の画面が右半分に出る。怒り、笑顔、仏頂面、ウインク、など顔の表情が色々と選べるようだ。表情だけで言葉を交わすことなく意志疎通ができるであろうと思える数だ。その中からわざわざ嘲笑を選んだのか。

『ちなみに嘲笑はキーボードにショートカット登録してある』

 そんな頻繁に使うとは思えないが。

『タイピング速いな』

 俺は一々キーボードを確認しながら打ち込んでるからかなり遅い。格好つけてブラインドタッチなんかしたら、言葉にすらならないだろう。

『馴れれば自然と速くなる』

『ところで、そのキャラは新しく作ったのか?』

『そう。戻ってくるの面倒だったし、サブキャラ作ろうとも思ってたから』

『何故その名前にしたんだ?』

『近くにティッシュあったから』

 身も蓋もない名付け方だな。でも意外と悪くはない響きだ。まあ、真っ先にティッシュを想像するが。

『自分の名前じゃ駄目なのか?』

『メインキャラが伊織。カタカナは使用されてた。ゲームキャラにも何人かいるからかも。八神流古武術使いとか』

 へえ。誰だそれ。

『で、何をすればいいんだ? 狩りに行くのか?』

 俺は右も左も分からぬ初心者だし、経験者である伊織に聞くのが最善だろう。

『そこに名前の横にフキダシアイコンが表示されてるNPCがいるでしょ』

 ネピアが向いた方向にカナメを動かすと、少し離れたところに“キース”という名前のキャラがいた。黄色のフキダシアイコンが確かに見える。

『NPC? アイドルグループか? 48みたいな』

『ノンプレイヤーキャラ。このゲーム内に元々いるキャラのこと。会話だけの場合も多いけど、クエストとか持ってることもある。普通の名前が黄色いのがそう。ちなみにあのキャラは初心者にアドバイスをくれる』

 なるほど。まずはキースに助言を受けるのがいいってことか。

 他の初心者プレイヤーが集まっているのか、キースはサインを求められるアイドルみたく囲まれている。こうも人がいて話しかけられるのか?

 そう考えながら、無精髭のオッサンに近寄り話しかける。

『よう、おのぼりさんって面してやがるな。オレでよければ何でも聞いてくれ』

 声があったなら気のいいオジサンといった感じの台詞だが、通常の会話と同様に頭上にフキダシが出ただけだ。

 そして選択肢出る。

 ゲームの目的から操作方法まで。どれも説明書を読んでいれば分かっている内容だったが、とりあえず全ての選択肢を選んでから『もういいです』と話を終える。

『そうか。まずはジョブを決めるのを勧めるぞ。このセントラルにも幾つかジョブギルドはあるからな。行ってみるといい。良いCROSS・FANTASIAライフを送れよ』




 キースから離れ、カナメは再び噴水前へと戻り、

『ジョブギルドってどこにあるんだ?』

 打ち終わって画面に目を向けると、ネピアは呑気に欠伸をしていた。これはしばらく操作してないとする行動だったか。

 伊織からの反応が遅い。これまで俺のタイピング速度をあざ笑うかのように、すぐさま言葉が返ってきたが。

 トイレでも行っているのだろうと考え、待つことにした。

 三分経過。待ちくたびれたのかカナメとネピアは向かい合って身体をほぐしている。

 俺は欠伸をしながら、時計に目をやると十時半を回っていた。まだまだ夜は長いぜと目をギラつかせる人もいるかもしれないが、俺の瞼はさっきから重みを増してきている。

 俺の朝は洗濯と弁当作りから始まるし、朝練に出かけるひよりの朝飯の用意もあるしで五時半時起きだ。この時間になると眠気が襲い、必然的に規則正しい生活となってしまっている。

 今日はまだ付き合うつもりだが、明日に差し支える時間になるまでにはやめることを告げようかと思っていると、返答があった。

『眠いから今日はやめる。ごめん』

 まさか伊織から先に言われるとは予想外だった。少し悔しい。

『そうか。おやすみ』

『昨日から寝てなかったから』

 聞いてもないのに理由を話してきた。

『寝ろよ』

『一日くらい寝なくても平気。昨夜はPT抜けるタイミングがなかった。かなめもいずれ分かる』

 睡眠を後回しにするくらいに没頭する理由を分かりたくはないが。睡眠は大事なんだぞ徹夜は肌に悪いし。伊織が気にする性格とは思えないが。

『なら、俺もやめようと思うが、どうしたらいいんだ?』

『何が? メニューからログアウトを選ぶだけ』

『いや、セーブとか必要なんじゃ?』

『セーブは必要ない。今やめたら次プレイする時はここから始まる。もしセーブできるなら失敗してもやり直せるし様々な矛盾が生じるから。MMOの常識』

 だから、そんな常識は知らんがな。

『わかった。というか、明日学校くるんだろうな?』

 寝過ごして昼前だったりしたら普通にサボってゲームとか、伊織ならありえそうだ。

『多分行く』

 多分か。

『明日ジョブについて教える。無知のかなめのことだし、適当に育ててPTで役立たずと罵詈雑言浴びそうだから』

 既に浴びせられてると言いたくもあったが、

『じゃ明日頼む。おやすみ』

『おやすみ』

 そう言いネピアの姿が光に包まれて消失した。

 俺もログアウトしてノーパソの電源を落とし、大きな欠伸をひとつしてベッドに潜り込んだ。



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