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第三話『MMORPGって、なんですか?』

「で、早……伊織…さん。ネットゲームってなんでしょうか?」

 初めての経験(クラスメイトの異性を名前呼び)での緊張でついかしこまった態度になってしまった。

「“さん”はいらない」

「悪い。じゃ改めて聞くが伊織、ネットゲームってなんだ?」

「インターネットを介して多人数でプレイできるゲーム。正確にはオンラインゲームと呼ぶみたいだけど。略す時はネトゲが一般的だと思う」

 抑揚のない声で伊織は説明的に言った。

 どこの世界の一般だよそれは。もしくは俺が外れているのか?

「えっと、つまりは……どういうことだ?」

「かなめは本当にバカ」

 早崎伊織は口が悪い。というのは俺が今日初めて知った情報だが、ネット……オンラインゲームに関しては全然理解できてないし、反論できない。『バカと言ったほうがバカなんだ』と返したところで子供じみた言い争いにすらならないだろう伊織の場合は。

 伊織はいかにも面倒だけど仕方ないという類の嘆息を吐き、

「じゃ、チャットは知ってる?」

「アレだろ? ネット上で会話しあうっていう。聞いたことはある」

 唯一の友人からな。割と多趣味な奴で以前にチャットで寝不足だぜ、と欠伸をしながら愚痴られたことがある。

「そう。オンラインゲームはそれのゲーム版みたいな感じ。ネット上の人とリアルタイムで同じゲームをする」

「ええと、その相手は知り合いなのか?」「リアルの? 中にはそういう人もいると思うけど、基本的には知らない人」

「……ネットでそんなことができたなんて初耳だな」

「パソコンあるの?」

「一応な。親父から貰ったノートパソコンが部屋に。あまり使ってはないが」

 家事を任せきりだからとお詫びとご褒美と誕生日と入学祝いを込めて去年貰ったが、元々そんなに興味はなかったから閉じている時間の方が長い。最新型ではあるらしいが俺には何が新しいのかは分からない。

「それならオンラインゲームは普通知っているものだと思うけど」

「別に欲しくて貰ったわけじゃないし、あまり使ってないからな」

「あまり……エロサイト巡りとか?」

「なっ!?」

 少し考えてから伊織はとんでもない憶測を放った。突飛な思考過ぎるだろ。

「違う?」

「……まあ、その話はいいじゃないか」

 全面的には否定できないから俺は話を逸らした。

「男は皆そうだと仲間がいってたけど、かなめもそうなのか」

「その話はいいって言いましたが!?」

「……そう」

 と、伊織は口元を緩ませた。薄笑いといえばいいのか。言わなくても分かっているという生温かい優しさが垣間見える表情だ。初めて見た伊織の笑顔が俺のネット事情を察せられてとは何とも言い難い気持ちになる。

「話戻すけど」

 逸れたのは貴女が原因だと思いますが。

「そのオンラインゲームの中でもっとも賑わっているのがMMORPG」

 出た。意味分からない言葉その二が。

「えむえむおー……えむ、えむ、おー! エイエイオー! ……あ、なんて……すみません」

 伊織が絶対零度の瞳だったから、俺は空気を読んで謝った。自分でもスベる予感はしてたから傷つきはしないさ。

「MMORPGはマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームのこと」

 単語を並べられたところで俺には何も伝わりはしないぞ。これを訳していけば分かるのか?

「多人数参加型オンラインRPGっていったほうが分かり易いけど」

「いや、それでも今一ピンとは来てないが」

 俺がゲームもネットの知識も乏しいのはさて置いて、伊織の説明は飛ばしすぎてる気がする。

 織田信長? 誰、スケートの選手? と首を傾げるような人に対して本能寺の変というのは明智光秀が――と説明するような。まあ、戦国時代を学ぶに欠かしてはならない人物を知らない奴はいないだろうが。

「多分、実際に見たほうが早いと思う。かなめに教えるには馬鹿でも分かるMMORPG入門が必要そうだし」

「そんな本があるのか」

 今度見に行ってみるか。

「……皮肉」

 ボソリと言って、伊織はパソコンに向かう。俺は気になりハイハイするように伊織ににじり寄り、画面をのぞき込もうとして、

「私の後ろに立つな。あっち行ってて、後で呼ぶから」

 伊織に振り返らず名うてのスナイパーのようなことを言われ、俺はバックして部屋の中央で正座して待つことにした。

 片付けて改めて見回すと殺風景な部屋だなと感じた。高校生の女子の部屋を見たことはないが、さすがに伊織は極端な例だろう。

 まるで歌詞のように、部屋にはテレビもなく、ラジオもない。あるのはゴミ箱と台にすら置かれてない電話。ハンガーも足りてなく、畳んだ衣服は重ねて邪魔にならない位置に積んどいた。

 今度、百円ショップで適当に整理整頓に便利な品でも買ってきてやろう。ちなみに制服は壁に掛けてある。

 先程まで絨毯代わりかと思えるくらいに床に敷かれていた雑誌類も、俺がイメージする一般的女子像とは違った。女子のカリスマとも呼ばれるようなモデルが表紙ではなく、これが俗にいうオタクが、萌えなどと言ってしまうのだろう、髪の色がおかしいアニメキャラのイラストが表紙を飾っていた。

 この見えそうで見えないキワドいポーズが――いや、そんな描写はどうでもよく、伊織に聞いたところPCゲームの情報誌だそうだ。

 雑誌の他に部屋にある娯楽と呼べるものは、伊織が現在向かっているデスクトップパソコンだ。

 モニターとキーボードが机の上に置かれ、他に物の置き場がないくらいにスペースを占領していることからも、待遇の違いが窺える。

 一人暮らしを選んでまで伊織がしたかった『オンラインゲーム』をプレイするために必要だったからだろう。

 だが、俺としては食事は机の上に並べて行儀よく食べてほしいが。

「かなめ」

 伊織が今までよく生活できてたなと呆れていると、伊織に呼ばれて振り向いた。

「これ」

 と、伊織は少し横にズレてパソコンの画面を見るように促す。俺は画面に近寄った。

「……なんだコレは」

 画面に映り出されている光景に愕然とした。ヨーロッパ辺りの街並みを彷彿させるような恐らくは石造りの建物が、こちらを向いて立つ人間の背後に見下ろすように建ち並んでいる。さすがに実写とは思わないが、これがゲームとは……背後にある噴水の水しぶきもリアルだし。

「驚きすぎ」

「これがMMOというやつなのか?」

「そう」

「凄い綺麗だな」

「普通だと思うけど。スペックもそんなに必要じゃないし」

「そうなのか?」

 最近のゲームはここまでリアルな映像になっていたとはただただ驚くほかない。空の雲も本物の空と同じように流れているし、画面に映る人間も八頭身のスタイルのいい美女だ。

「PS2くらいのグラフィックでそうなら、最新機のは涙流すかも」

「PS2……一応は聞いたことがある気がするが、最新機なんてのが出てるのか?」

 俺が首を傾げると、伊織は呆れ果てたように首を振る。長い髪が動きに合わせて揺れて顔に掛かる。伊織は髪を顔の横に払いながら、

「それは、アホでも分かるゲーム入門でも読めばいいと思う。今は関係ないし」

「そんな本があるのか」

「…………今居るところはセントラルだけど……一応、一番人が集まる街。で、突っ立っているのが私のキャラ」

「伊織には似てないが」

 画面に映るキャラはセミロングの茶髪で顔も伊織とは全く似てない。

「さっき適当に作ったばかりだから。顔グラとかは初期のまま。名前も適当だし」

「頭の上のこれか?」

 キャラの頭上には青い文字で『ああああいう』とある。こんな名前を付けられたら俺は親の愛情に恵まれなかったと嘆き家出。そして改名する。

「“ああああああああ”にするつもりだったけど使われてたから無理だった」

「いや、ちゃんと名付けてやれよ」

 幾ら適当でも、『あい』とか、打つにしても楽でそれらしい名前は付けれるだろうに。

「これだけだと無知のかなめには一見普通のRPGにしか見えないと思うけど」

「……普通のRPGというのが分からないんだが」

「さっきから、ああああいうの近くを通るキャラ見てると思うけど、何だか分かる?」

 暇を持て余したのか背伸びをしたりしているああああいうの前を通り過ぎたり、後ろを通り過ぎるキャラが先程から目に付く。質素な服装のああああいうとは違い、奇抜な服装のキャラだ。

「この、あああああいうが伊織のキャラなんだろ? だったらゲームの中にいるキャラなんじゃないのか?」

「NPCのこと? 確かにゲーム内にいるけど、この人達は違う」

「じゃあ何なんだ?」

「プレイヤー。ああああああいうと同じ」

 俺は画面に映ったキャラを指さし、

「というと、こいつも伊織のキャラなのか?」

「違う。同じゲームをしている他人。例えば、かなめが今の時間自分の部屋でこのゲームをプレイしていたとしてこの場所に来ていたら、ああああいうがいる」

 頭がこんがらがって来たが何となくは理解が追い付いてきたぞ。

「つまりは動き回ってるキャラは、今どこかでこのゲームをプレイしているということか?」

「うん。ネット上に構築された一つの世界に集まってる。そんな感じ」

 そう言われるとたかがゲームなのに随分と壮大な気がしてくるな。

「じゃ、この世界の人口は何人くらい居るんだ?」

 画面内には朝の駅前を彷彿とさせるくらいにひっきりなしにキャラが通り過ぎる。これまた朝の通勤ラッシュのように皆一様にせわしなく走り、突っ立ち続けた挙げ句に座りだしたああああいうが浮いている。

「十万人は越えたと公式で発表されていたけど。三ヶ月くらい前だし正確には分からない」

「じゅうまん……」

 この街の人口と同程度だと。

「中には五千万人越えてるのもあるけど。全世界で」

「ごせんまん……」

 全世界の五千万が同じゲームをしてるなんて想像できん。

「十万と五千万だと今やってるゲームが途端に少なく感じるな」

「これは日本限定だから多い方」

「そうなのか。十万人が集まって同じゲームをしているなんて凄い時代だな」

「あくまでも登録数だし、プレイする時間帯やサーバーも分けられてるから実際に十万人も集まることはないけど」

 多人数参加型の意味は大体理解できてきたが、まだ分からないこともある。

「このゲームで何をするんだ? さらわれた姫でも助けに行くのか?」

「色々。レベル上げたりしてキャラを育てていくのが基本だと思うけど、他にも生産作業を専門にしたり、レアアイテム入手に励んだり、プレイスタイルは人それぞれ」

 俺のネタは見事にスルーされた。知っている数少ないゲームネタなのに。

「奥が深いってことか」

「そう。一つでも拘ると時間掛かるから中々辞めどきが難しい」

「……もしかして、休んでる間はずっとやってたのか?」

「安心して。ご飯はちゃんと食べてる」

「それはよかった――じゃねえよ。いや、大事だけど。少しは悪びれる表情してくれ……」

 無表情で何故と小首を傾げる伊織に、呆れを通り越して感心してしまう。伊織にとってゲームは学校より優先することなのか。

「そんなに面白いのか? これ」

 ゲーム画面を見ると、伊織のキャラは座ったままゆっくりと頭を垂れて船を漕ぎ、寝息を立てていた。

「興味あるの?」

 伊織の表情が微妙な変化を見せた。僅かばかりだが光が射したような。

 はっきり言って興味はなかった。単に深い考えもないパッと口から出た疑問だったし。

 だが、ないと答えるのは躊躇われた。

 伊織の表情にしてもそうだが、共通の話題が出来たら伊織と仲良くなれるかもと思った。

 教室でいつも一人の伊織を見かねた……のも少しはある。友達のいない寂しさは俺は分かるし、伊織も同じ気持ちはあるだろう。俺の憶測でしかないが。


「ある」


 俺はキッカケになればと、強い意志を込めてそう言った。



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