二十五話『仲間、見つけました(2)』
そこは何となく抱いていた俺のイメージとは少々違っていた。
教室を一回り小さくしたくらいの室内の中央には長方形の簡素な長テーブルがあり、それを囲むようにパイプ椅子が並べられている。
壁際にはファイルが並べられたガラス棚と、ホワイトボードが置かれている。
それを見ると、ここが生徒会室なのだと思えそうではあるが、それでも殺風景だなと感じた。
ちなみに俺が思っていた生徒会室の想像図というのは、ドアを開けた真っ正面の位置に生徒会長が座す木製の机が鎮座し、横の辺りに副会長や書記の机があったりして、いかにも選ばれた者達の場という張りつめた雰囲気があると勝手にイメージしていた。
今まで生徒会役員とは無縁な学校生活だったからか、ドラマや漫画などから想像するしかなかったからだろう。
なのでか、俺の思う生徒会長のイメージというのも、真面目を絵に描いたような堅苦しい感じで規律を重んじるような人物像を思い描いていた。もっとも、机を挟んで目の前にいる生徒会長が軽薄というわけではないと思うが。
仮にも生徒会長なのだから人気を得るに値する理由があるはずであり、その一つとして頼りになるとかありそうだが、現在目の前で言いにくそうに視線をウロウロさせる白羽小雪を見ていると、どうなのか推し量りかねる。逆に頼りないから人気なのかもしれない可能性もあるが、恐らくはどう話を切り出していいのか迷っているのだと思う。
数分前。廊下にて。
票を集めるのも納得できる笑みを浮かべ、自然な感じで話しかけてきた白羽小雪は、
「ちょっとそこの生徒会室まで来てくれません?」
と、思わず何か問題を起こしてしまったかと過去を振り返ってしまうような、優しげながらも有無を言わせぬような威厳が含まれた風に言われ、俺たちは頷いて生徒会室に通された。
ドアが閉められ、椅子に座り『いよいよか』と待つこと数分。
目の前には言いあぐむ白羽小雪。
隣には無言を貫く伊織。
時計の針の音が存在感を主張する沈黙の空間。普段この部屋に人がいる時にはこのような静寂はないに違いない。多分。
しかし、これは困る。白羽小雪から話しかけてきた時点で向こうから切り出してくるものだと思っていたのだが。
確か、以前にネトゲ内で周囲には言いにくいとか言ってたし、もし俺たちがネトゲをしていなかったとしたら、無意味なカミングアウトになるし、気持ちは分からないでもない。
知られたくない人に知られたってことになるし、流布されるかもしれない不安があるのだろう。まあ、俺も伊織もそんな真似はしないが。
「……あの、何か話があるんじゃ?」
沈黙に耐えかねて俺は促した。自ら言わないのは、逆に白羽小雪=白雪じゃないケースもあるからだ。別に『ネトゲのことですよね?』と言って知られても、俺は気にしないが、もし違って『え? なんのこと?』とか反応されたら凄く恥ずかしいし。
白羽さんはビクッと背筋を張り、落ち着きのなかった視線を俺に向け、
「あ、うん。えっと……」
と、言葉に詰まったのち、ふと思い出したように、
「じ、自己紹介がまだでしたね。私は白羽小雪。生徒会長を務めてます」
少し落ち着きを取り戻したのか白羽さんは名乗るとやんわりと笑みを浮かべた。
「……新堂、かなめです」
緊張からか少し小さな声になったが俺も名乗る。美人といって間違いない白羽さん、それも生徒会長という生徒の代表の前なのもあるが、元々そういうのは得意ではない。
「……かなめ」
白羽さんはボソリと俺の名前を呟いた。一目惚れでもしたんだろうか……んなわけない。
次は伊織が名乗る番だぞと、隣を見る。
「早崎伊織」
素っ気なさ全開といった声音で伊織は言った。やや俯き加減だし緊張もあるのかもしれない。
「早崎さんに、新堂くんね。あ、同じ二年生だよね? 普通に話してくれていいから。私もそうしたいから」
「あ、ああ。分かり――分かった」
気さくで誰とでも打ち解けられそうな雰囲気だと思った。まあ、そうでなければ生徒会長になれないんだろうが。
「で、話っていうのは……」
白羽さんは一旦区切り、俯きがちになりこちらを上目遣い気味に見て、
「もしかして、MMORPGやってたりー……する?」
声の大きさを一段階ほど下げて聞いてきた。
「ああ、して――」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
俺が返答し終える前に伊織が聞き返す。はっきりした声音だ。
「あ……えっと……」
白羽さんは困ったような様子で、辿々しく返す。
「ちょっと流行ってる……って聞いて、その……どんなのかなーって、気になって」
「それを何故私たちに聞く?」
「この前、終業式の時そんなこと話してたみたいだったから。知ってるのかなって」
「生徒会長はゲームするのか?」
伊織は質問を重ねる。表情は淡々としているが、内心じゃニヤリとしていそうだ。分かってて聞いてるな。
「え、あ、まあ……少しは」
白羽さんの目が泳いでいる。分かり易い。
「そう。具体的にはなにを?」
「……ぷ、ぷにぷに……とか」
そのタイトルは聞いたことがある。CMで見たことがあるが、グミのようなのを繋げるゲームじゃなかったか。
「伊織はやったことあるのか?」
何となく聞いてみた。
「昔な。今はやろうとも思わない」
吐き捨てるように伊織は言う。
「何故だ?」
「……察しろ」
不快そうに黒いオーラを発して言うので追求はしないことにした。
「そもそも何故、あの時の私たちの会話がMMORPGだと分かったのだ?」
更に伊織は問いただす。つい三分前くらいまではお湯を入れたばかりのカップ麺のように固くなっていたとは思えない饒舌っぷりだ。
「……そ、それは……ログインとか言ってたから……」
「その単語だけでMMORPGだと連想するのは無理があると思うけど。チャットかもしれないし」
「あ……」
ドラマの探偵のように伊織は白羽さんを追いつめていく。何故、そうしているのかは知らないが、俺は成り行きに任すことにして見守ることにした。
「ほら、クエスト……がどうとかって言っていたから」
「確かに言っていたな」
よく覚えているな。俺にはネトゲの話をしていたという漠然とした記憶しか残ってないのに。
「もしチャットだったら、クエストって出てこないでしょ」
的を射たとばかりに言い、白羽さんの表情から僅かに固さが取れる。
「そうだな」
伊織は納得するように言うと、
「では、何故クエストという単語がMMORPGに関係があると知っている?」
「うっ……」白羽さんはたじろぐ。
「まあ、ゲームに詳しければ知っててもおかしくはないと思うけど。或いは、MMORPGをやっているか。生徒会長はあまりゲームはやらないらしいし……何故分かったか実に興味があるな」
実に白々しく伊織は言った。もはや白羽さんは網に掛かった魚も同然で、下手はな言い訳は余計に首を絞めるだけだろう。
「…………」
白羽さんは思考を巡らしているのか押し黙っていたが、やがて嘆息すると、
「……嫌な性格してるわね……」
「だそうだぞ。かなめ」
「いや、俺のことじゃないだろ……」
ここまでの流れからして伊織以外にいないだろ。黙ってただけの俺に対してだったならば言い掛かりも甚だしい。
「誤魔化そうとする方もどうかと思うけど」
伊織は嫌味を意に介さずに言った。
「……それは確証が持てなかったから……」
白羽さんは困り顔で言うと、急に嬉しそうな眩い笑みを作り、
「けど、そんなに詳しいってことはネットゲームをやってるってことだよね!?」
机に寄りかかるように体を乗り出して聞いてきた。
「ああ」
急に顔が近づき戸惑いながらも、俺は頷く。伊織を見ると煩わしそうに顔をしかめている。
俺の返答を見て、白羽さんは椅子に座り直し胸に手をあてて安堵の息を漏らした。
「よかった」
と言って、廊下へ繋がるドアの方を一瞥してから、心なし抑え気味の声のボリュームで、
「実はワタシもやってるのMMORPG」
そう告白した。
……ふう。この確認だけでだいぶ遠回りした気がするな。