第二十二話『到着』
俺は、まるで隼のように素早く伊織とブラックサイクロプスに割り込んできた人を見て、コントローラーを操作するのも忘れ、立ち止まってその姿を眺めていた。
その男の容姿は一言で表すならば“派手”だった。
短めの金髪を針山のように逆立てたツンツンヘアー。服装は金のジャケットに金のズボン。ジャケットのボタンは留められておらず、はだけた前から覗くのは見事に割れた腹筋。
……お世辞にもセンスがあるとは思えなかった。
暗色しかない洞窟内には場違いすぎる金色の男の両手には、反り身の短刀が煌めき、それも金色で、逆手に持って低い姿勢で構えると、くるりと身体を回転させた。
「おぉ!」
俺は容姿を一目見たときとは別の意味で驚きの声を上げた。
あの動きは攻撃スキルだったようで、ダメージが表示され、ブラックサイクロプスの頭上に表示されている体力ゲージが一気に削られていく。何度も当たるスキルで一つ一つのダメージ量は数字が重なってよく見えなかったが、ゲージの大体十五分の一が黒くなっていることからも、威力の程は明らかだ。
高いダメージを受けてモンスターはフラリとよろける。と、金色の男の姿が半透明になって蜃気楼のように歪み、モンスターの背後に出現した。そして、高く跳び上がると隙だらけの背中に短刀を突き刺す。
ブラックサイクロプスの体力が更に減る。ターゲットを金色の男へと変え、握り拳を振り下ろすが、同じように蜃気楼のように姿が揺らぎ、当たらない。
俺が姿も見れずになすすべなく一撃の元に伏された相手を、完全にそいつは上回っていた。
三分も掛かってないだろう。
ブラックサイクロプスは体力ゲージが空になり、膝を着くとまもなく霧散して消えた。代わりにキラキラと煌めくコインが地面にまき散らされた。
『しけてんなあ』
金色の男はそう発言しつつ、金を回収していく。カーソルを合わせて確認すると、かなりの高額ではあるのだが。レベル差があると価値観も変わるのか。
『ブラックサイクロプスは“巨人の腕輪”を落とす。相場は二百万くらい』
戦闘の最中、隣に来ていた伊織が言った。
『二百万!?』
俺の現所持金の十倍だ。
『一応レアアイテムではあるけど、低い部類。レアはあまり出ないけど、湧くタイプのボスモンスターは大抵はアイテム落とすから、ゴールドだけはツいてないな』
『そうなのか』
あれで不運とは……次元の違う世界に感嘆の溜息が出る。伊織が詳しいのはメインキャラがその次元にいるからだ。まだ観たことはないが、今使用しているネピアより強いのは間違いない。
金色の男。先ほどの台詞を見ると“ゴウ”という名前か。ゴウは、金を拾い終えると、こちらに向かってくる。
『ありがとうございます』
俺は助けてくれた礼を述べるが、ゴウはネピアの目の前に立つと、おもむろに片膝を着いた。まるで忠誠を誓う騎士のようなモーションだ。
『怪我はないかな? 可愛い子ちゃん☆?』
つい画面から顔を遠ざけてしまうくらい寒い発言がゴウから飛び出した。見た目だけじゃなく、中身までアレな感じなのか。
『キモいな』
助けてもらった相手にも関わらず、オブラートにすら包まない率直な感想を伊織は言う。
助けた相手にキモい呼ばわりされ、ゴウは憤るかかショックを受けるかしたと思いきや、立ち上がると剣山のような金髪を手でかき上げるアクションをする。
『ハハハ! 照れ隠しかな? 正直になれない……実に可愛いらしい』
いや、正直に言ったのは間違いない。そして俺も伊織と同様の気持ちだ。さすがに言葉には出さないが。
『相変わらずキモ過ぎるなお前は……』
伊織は全く歯に衣着せることなく――え? 相変わらずって、
『知り合いなのか?』
俺が訊くと、
『オレを知っている? ハハハ、これはもはや運命ってヤツかな?』
ゴウが口を挟んできた。発言する度に段々と感謝の気持ちが薄れていく気がする。もっとこう……
『ありがとうございます。お名前は?』
『名乗るほどではない』
的な人に助けてもらいたかった。失礼な話ではあるが。まあ、名前はキャラにカーソルを合わせるか、発言をすればすぐに判明するのだが。
『一応。ゲーム内だとキモいが、リアルだとフリーターで彼女いない歴=年齢らしい。どちらにしてもキモいか』
『ゲッ……』
伊織の暴露に、ゴウは嫌な顔をしているような気がする。発言からして。これが本当だとしたら、迂闊だったと言わざるを得ない。毒舌の格好の材料にされるというのに。
『何故それを……?』
どうやら事実らしい。ハッタリかもしれないのに認めるとは。素直な人なんだな。
『私はレミアから聞いた』
伊織はさらりと答える。俺には聞き覚えのない名前だ。ゴウはというと、しばらく突っ立っていたが、唐突に頭を抱える。わざわざ動作を交える辺り余裕があるのかもしれない。
『レミア……二人だけの秘密って言ったのに!』
『恐らくはバハルムの全員知ってると思う。“ここだけの話”だったからな』
あ〜、効力が皆無の枕詞だな。ここだけが広まっていくっていう。残念ながら俺の元まで来たことはないが。坂本は人の望まない噂を広める性格じゃないしな。
『ところで何故、キミのような可愛い子が知っているのかな? もしかして俺のファンかな?』
『バカの相手は疲れるな。ただでさえここまで相手してきたというのに』
まるでもう一人バカがいるような言い方だな。伊織には俺のキャラ以外にも誰か見えてるのか。
『その棘のある口調……』
ゴウが感づいたように言う。
『伊織か?』
『ようやく気付いたか』
やはり知り合いだったらしい。リアルでの人付き合いは薄いが、ゲーム内だとあるんだな。
『最近あまりレベル上がってないと思ったらサブキャラ育ててたのか』
『成り行きだけど、そのうち別の育成しようとは考えてはいたが』
『成り行き? あ、ピコーンとキタ! お隣のヤツに関係があるな? どうよ?』
その閃きは恐らくは正解だ。ネピアは俺といっしょに組んでプレイできるように作成してくれたキャラだと思うし。
『ま、一応は』
淡々とした感じで伊織が言った。
『さては照れてるな? 彼氏か何かかな? いっしょにラブラブネトゲライフ?』
『バカか。違うに決まっている』
ニヤツきながらからかうようなニュアンスで言うゴウに、瞬時に伊織は否定した。俺もそうしようとしたのだが、反応速度が段違いだ。少し悲しくなったぜ。
『カナメはただの友達だ』
次いで伊織が関係性を説明した。ただのってのが少し微妙な気持ちになるが、迷う時間もなく友達と言ってくれ嬉しくもあった。
『なるほど〜』
と、ゴウは言うとわざわざ俺の目の前へと来て、
『キミは女の子かな?』
は? 唐突なゴウの問いに俺は目を点になる。何を言ってるんだろうこの人は。この男らしいキャラクターを見て女の子とは。
『男ですが』
『そうか……』
当然の答えをしただけなのに、何故かゴウはがっくりと肩を落とした。
『ネトゲで彼女ができるわけないだろ。バカが。所詮ゲームはゲームだ。現実を持ち込むな』
伊織が冷淡に言った。
『彼女?』
俺が聞くと、
『こいつはネトゲ恋愛をしたいとか日頃から言っているバカだからな』
ネトゲで恋愛か……よく分からん。
『オレはアリだと思っている。同じ趣味という共通点! 恋愛に置いてそれは重要だ! ネトゲ内なら既にそれを満たしているわけだ。きっと上手くいく!』
何やら熱く語りだしたゴウに伊織は、
『ネトゲ以外で異性とロクに話せないくせによく言うな』
事実であるらしく、ゴウは燃え上がった気持ちが鎮火したかのようにがくんと膝を着いてうなだれた。
『カナメ、先に行くぞ。これ以上バカの相手で時間を無駄にしたくない』
『いいのか?』
『いつものことだ。すぐに元のウザいヤツに戻る』
伊織はインビジブルを唱えると、うなだれた姿勢のままのゴウを無視して進む。俺は何か一声掛けるべきか迷ったが、何もいわずに後を追った。
『少し可哀相な気もするな。助けてもらったわけだし』
洞窟を抜け、お天道の下に出たところで俺は言った。
『別に。居なくても問題はなかった。アイツとの面倒くさい会話を差し引いたら、感謝は相殺でいいと思う』
ゴウの手助けは作戦にはなかった、いわば予定外の出来事ではあった。しかし、伊織をオトリに俺が先に進む作戦が成功していたかは分からない。
復活した時、ブラックサイクロプスとの距離は意外と近かった。確実に逃げ切れていたとは言えなかったかもしれない。
伊織は俺が逃げ切り助けを求めに行ってくれると信用してくれたからこそ、そう行ってくれたのかもしれないな。
『だが、失敗したらまた最初からだろ? リスクを考えたら、感謝の度合いはもっと高くてもいいと思うが』
『私が失敗するとでも? 私は確実に、十割逃げ切れていた』
そこまで俺は信頼を――いや、何かおかしい点があったような。俺はもう一度伊織の発言を確認する。む、
『何で伊織が逃げきるんだ?』
俺はおかしい点について訊ねた。
作戦上、伊織はオトリ役であり、役目を全うした伊織を後に助けに行く手筈だったはずだ。仮に逃げきれる算段があったなら、わざわざ作戦を立てる意味はないだろう。
『何か変な点でもあるのか? カナメをオトリにして逃げる作戦だったが?』
はて、俺の見間違いだろうか。俺の記憶と目が正しければ逆だったはずだが。
『いや、聞いてないぞそんなことは』
『言ってないからな』
事も無げに伊織は言う。
『は?』
『まず私がモンスターを出口側に引き付けてから倒され、復活したカナメの逃げる行き止まりの方に向かうスキに進む作戦だった。復活球は持っていたからな』
『そうなら先に言ってくれ』
『敵を騙すにはまず味方から、というだろ』
『俺を騙してなんの意味が!?』
『カナメが倒されて無様に泣き叫ぶ姿が見れる』
早崎伊織……なんという策士よ。泣き叫びはしないが、失敗したと思いこみ詫びる言葉を連ねていたはずだ……恐ろしい。
『見えてきた。アレがバハルムだな』
洞窟から出て五分程道なりに進んでいくと、霧の奥に薄ぼんやりと村らしき輪郭がくっきりと浮かんできた。
三つの山を越えた標高の高い場所のため霧深く、視界はそれほど広くない。視界外からモンスターに襲われたら一溜まりもないと不安だったが、レンガで舗装された道に沿って行けば安全とのこと。
そして、セントラルを囲んでいた威圧感の放つような堅牢な城壁とはほど遠い、木の柵が間近に見えてきたところで、ようやく俺は安堵の息を吐いたのだった。