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第二十一話『拠点へ』

 七月末日。

 夏休みに入ってからというもの、俺のしてることといえば専らネットゲームだった。

 もちろん、家事はこなしているし、それを終えてからの自由な時間を充てているだけだ。妹の呆れたようなため息が日々コンマ何秒ずつ長くなっているような気がするが問題はない。

 去年の夏休みにしても、テレビドラマの再放送を観たり、甲子園を観たりと昼下がりの主婦的生活を送っていたし。

 ちなみに終業式に出された宿題については……鞄から出したかすら曖昧だが、これだけは言える。やってないと。

 いつもながら頻繁に誘われるような友人関係もないため、時間なら幾らでも有り余っているのだが、机に向かい問題集を開くと途端に『まだいいか』と思ってしまい、毎年のように二学期開始間近に慌てるのを繰り返している。

 学習能力がないというお言葉は甘んじて受けるが、今日のところは約束がある。

 たとえゲームといえど約束は破れないからな。




『かなめ、準備はしてきたか?』

 MMORPG“CROSS・FANTASIA”内、中央都市セントラル北門前に、待ち合わせ時刻丁度に着き、既に着ていた伊織が挨拶もなく聞いてきた。

『ああ、バッチリだ。ジュースとお菓子は手の届く範囲に置いてある』

 ちなみに、万が一こぼしても大丈夫なようにタオルを用意している。すぐ拭かないとベタツくからな。

『そう。で、アイテム欄の方は?』

 俺のボケはあっさりと流されたな。罵声よりこっちの方が悲しくなるんだが。まあ、いいか。

『高級回復薬が2ダース。硬化球に、解毒薬。枠一杯に用意したぞ』

 結構値は張ったがな。現時点のレベルでバハルムに向かうには必須らしいが。

『本当にいいのか? システム上、拠点をバハルムにするメリットはないけど』

 今一度確認するように伊織は言った。

 ストーリークエストをクリアし、拠点の選択が可能になった時、簡潔に受付から、詳細を伊織から色々と説明を聞いた。

 拠点となる都市を決めると、その国の合戦に出られたり、店の品を安く買えたりするとのこと。ステータスにもボーナスが付き、それらは国力に応じて上下する。

 国内にある施設も無償で利用できるらしく、パラディンは神聖国ミリアニアがいいと伊織は言っていた。パラディン解放クエストを受けた街だからよく覚えている。

『俺はメリットとか言われても、どのくらい変化があるか分からないしな。伊織と同じ国の方がいいだろ。今までいっしょにやってきた訳だし』

 恐らくは俺よりプレイ時間が多いであろう伊織だが、サブキャラというネピアは俺の使用キャラのカナメと同レベルだ。

 レベル差があると習得経験値が激減するから、わざわざ足並みを揃えてくれていたのだろうと俺は思っている。そうまでしてくれた伊織と別の国には行けないし、何よりは、伊織とプレイする機会が減ったら俺がネトゲをする理由の八割はなくなるしな。

『そう。決めてから後悔しても私は責任は持たない。ちなみに一度決定したらリアルタイムで一ヶ月は変更不可だ』

『ああ。問題ない』

 俺はそう言い、力強く頷く動作をするとネピアは開け放たれた城門に歩き出した。



 俺たちが出発した中央都市セントラルから、バハルムまでは結構な距離がある。

 その位置は、CROSS・FANTASIAのワールドマップでいうと一番上の左端だ。

 名の通り地図の中心に位置するセントラルからでも遠く感じる道のりだが、その道のりも険しい。

 それこそ、山越え谷越え砂漠越えを言葉通りに進み、その先に山越えが三つあり、その先に目的地のバハルムという町がぽつんと存在するらしい。まだ一回も言ったことがないから見たことはないが。

 そこには、苦労して足を運んだことに報いるような価値のあるクエストもなければ、NPCが売る品物にここでしか手に入らないという珍しい物もない。

 たどり着くまでのダンジョンも特別経験値効率が優れているとも言えず、なにかのクエストで立ち寄ることもない。

 まるで観光名所もない田舎町のような場所を、何故制作者が用意したのかは分からない。

 伊織のように『人の少ない所がいい』という偏屈な思考を持つプレイヤーがいることを見越していたのなら関心せざるをえない。

 そんな事を考えつつ、一心に目的地に向け走り続け、三つある山の最初の入り口に着いた。ネピアが止まるのを視認し、並んで止まる。

『ここから先は敵の強さが跳ね上がる』

 伊織は言った。操っているキャラクターのネピアが山を仰ぎ見る。

 草の緑一つないむき出しの岩壁がほぼ垂直に立ちはだかっている。所々に穴が見え、そこから木で出来た桟道が続き、また穴がある。視線下ろすと目の前にも入り口となる大きな穴が口を開け、洞窟と桟道を通って進んでいくようだ。

『平均レベル50だったっけか』

 俺は言う。ちなみにカナメのレベルは40でネピアも同じだ。

『そう。攻撃力が高いのが多いから気を付けた方がいい』

『伊織の方が心配なんだが。数回で倒されるだろ』

 俺のキャラは頑丈さが取り得のパラディンだからそう簡単には倒されないだろうが、伊織のキャラは魔導士だ。魔法による攻撃力は高いが、反面体力と防御力が低く打たれ弱い。

『一撃だろうな。魔力極だし。防御面は紙だから』

『大丈夫か? あ、俺が守ればいいのか。上手くやれるか不安だが』

 か弱い魔導士を身を挺して守る騎士か。垂涎のシチュエーションだな。パラディンに就いてよかったと思える役割だ。

『別に必要ない』

『どういうことだ?』

『インビジブルがある。ここの敵は視認探知ばかりだし、気づかれずに進める』

『インビジブル?』

『透明化できる魔法』

 俺の理想は儚くも崩れ去った。そんな便利な魔法があったとは。

『それを唱えれば無傷で進めるのか』

『残念だけど、この魔法は自分用だ。かなめは的にされて無様に走り抜けるしかないな』

 今すぐに家に帰って、青い便利ロボットに泣きつきたい気分になりかけたが、そのつもりで回復薬を買い込んできたんだ。これだけあれば戦場でも駆け抜けるられるぜ。

『かなめ』

 と、呼ばれ唐突にアイテムトレードを持ちかけられた。俺は怪訝に思いつつも承諾する。

 どうやら、巻物のグラフィックをしたアイテムを渡してくれるようだが、アイテムを入れられる枠に空きがない。

『回復薬でいいからさっさとこっちに渡せ』

 命令され、その通りにして交換は終了する。アイテム欄で渡された巻物を確認すると『リバース』とあった。

『何だコレは?』

『スクロール。使うと魔法を唱えられるアイテム、使ってみて』

 言うとおりに巻物をクリックすると、カナメの周りが白い光に包まれ、一瞬天使の羽のような白い羽が生えた後、光が止み羽も消えた。変わりに頭上に淡い光を放つ小さな輪が浮いている。

『リバース。一度HPが0になっても全快する魔法』

 俺の思った疑問に伊織が先んじて答えた。

『それは便利だな。よかったのか? 貰っても?』

『倉庫に余ってたし。念のため』

『ああ、ありがとう』

『行くぞ』




 山越えは思いの外楽だった。

 一見険しいように見えた山道も、意外と大して複雑じゃなかったし、何よりは半透明状態で先導する伊織を追っていくだけでいいのだから。

 インビジブルでモンスターからは姿が見えないという伊織は、全くモンスターから攻撃を受けることなく、間を縫うように疾走していたが俺はそうはいかなかった。

 後を追っていた俺に気付いたモンスターが、ワラワラと近寄ってきて攻撃を仕掛けてきた。ダメージに関しては、まだ十分に耐えられる範囲ではあったが、攻撃が当たる度に仰け反るモーションになり、思うように前進ができず、伊織から徐々に距離が出来ていき、終いには全く見えなくなっていたが、何とか一つ目の山を突破した。

 背後からは大量のモンスターが追いかけて来ていたが出口に着くと消滅し、俺は安堵の息を吐く。警察に追われる指名手配犯か……或いはファンに追っかけられるアイドル……ともかく、切迫した心理状態から解放され、しばし手を休めていると、

『人がいなくてよかったな。もしいたらMPKになっていたぞ』

『MPK?』

『モンスタープレイヤーキラーの略。かなめのようにモンスターを引き連れて他プレイヤーの傍を通って押し付けて行為。PKと比べて嗜虐的な意味しかない最悪の行動だ。掲示板に晒されても仕方ないな』

『別にそんなつもりはなかったんだが』

 もし、誰かいた場合そんな非道いことになっていたかもしれないのか。

『今は、出現範囲からかなり離れてからターゲットが外れたら元の位置に戻るけど、アップデート前は横行していた』

『……何のメリットがあるんだよ』

『さっき言った。自己満足。大量のモンスターになぶられる姿を見て嗜虐心を満たしたい奴がやるんだろ』

『随分とアレな奴だな……』

『中にはそういうのもいる。ネトゲ内だからこそ悪行を重ねるとか。ロールプレイの一種だからいいとは思うけど』

『だからってモンスターを押し付けるのはやりすぎだろ』

『だから、アップデートで対策された。これもさっき言ったけど? 暑さで脳が溶け出してるのかかなめは』

 さて、アップデートというのはゲームの追加要素などの更新のことだ。ネットゲームでは定期的にあるらしく、バランスの調整やバグなどの修正も行われているとのことだ。

『次のダンジョンはどんなところなんだ?』

 俺は一つ目の山の出口と目と鼻の先にある洞窟を見つつ、伊織に訊ねた。

『最初より少しモンスターの強さと長さが増すくらい。じゃ、行くぞ』

 伊織は返してインビジブルを唱えてから先に進んでいった。当然俺も後を追った。


 二つ目の山越えも順調に進み終わった。

 伊織はすいすいと軽やかな動きで先導し、俺は攻撃を受けつつもそれを追う。

 ダメージはあるがそのために回復薬は多く持ってきたし、一定時間防御力を上げる“硬化球”も使用し、わりかし余裕を持って突破できた。

 三つ目、最後の関門の前で休憩中に俺は聞いた。

『ここはどんな感じなんだ?』

『大して変わらない』

 俺は無事にたどり着きそうだと安堵の息を画面に吐くと、

『あ』

 そんな一文字をネピアが発した。

『どうかしたか?』

『別に。大丈夫だろう、多分』

 少々不安になるような発言をした。俺はその言葉を信じて深くは追求せずに先に進むことにした。

 鍾乳洞のような薄暗い洞窟を進んでいき、時間の間隔からそろそろ出口だろうなと憶測していた時、前方を走る伊織の動きが止まった。

 俺は怪訝に思いつつ、

『どうした?』

 伊織はすぐに答えず、立ち止まり、前の方を向いたまま、

『かなめ、先に行け』

 先は一人分ほどの狭い通路になっている。前方にモンスターの姿は見あたらないようだが。

『何故だ?』

『念のため。早くしろ』

 俺は訝ったまま言われるがままに従う。短い狭い道を通り抜けて、拓けた場所に出た瞬間、

「あ」

 唐突に起こった出来事に俺は呆然となる。……ええと、通路を抜けたと思ったら満タンだったカナメの体力ゼロになってた。ダレカ説明モトム。


『ふむ。やっぱり狩られてなかったか』

 そんな伊織の分析を終えたような発言を見つつ、倒れたままでいると、近くを炭のように真っ黒な大きな足が通るのが見えた。

『……何なんだ一体』

『ブラックサイクロプス』

 特に名前を知りたかったわけではなく、俺に起きた状況についての説明を求めたんだが。

『ここのダンジョンボスだな。その辺りの雑魚とは別格の強さのモンスター』

『ということは、俺はそのモンスターの攻撃を受けたのか?』

『そう、一撃で。大体レベル50の前衛系ジョブで装備を整えてギリギリ耐えれる攻撃力だからな。当然の結果』

『そんな危険なのがいるなんて聞いてないが?』

『言ってないから当たり前だ。かなめは記憶力に不安でもあるのか?』

『……何で言わないんだよ』

『いないと思った。ダンジョンボスは一度狩るとリアルタイムで四日経たないと湧かない。いつもは大抵誰かがすぐに狩っていたから。いるのは意外だった』

 あんな強力な攻撃を持つモンスターを狩れるようなプレイヤーがいるのか。レベル50でギリギリなら、倒すとなるといったい何レベル必要なんだろうか。

『で、どうすればいいんだ?』

 俺は伊織に尋ねる。

 倒れた状況のため周囲の様子は分からないが、恐らくはまだ近くにいそうだ。ここはこのゲームに関する知識では遙か上を行く伊織に助言を求めるのが得策だ。

『今はまだそのままでいろ。復活しても同じ目にあうだけ』

 通常の戦闘不能画面にはない“復活する”というコマンドが追加されている。伊織から受け取ったアイテムで付与した“リバース”の効果だ。

『了解。だが、どうするつもりだ? 伊織が先に進んで助けを呼ぶのか?』

 我ながら合理的な判断かと自賛したくなった。こんな凶悪なモンスターが現れるダンジョンの先にある町ならば、倒せるプレイヤーが恐らくいるだろう。

『少しは頭を使え。腐るぞ。進めるならそうしている。ボスモンスターは基本的には看破持ち。こいつも例外じゃない』

『看破?』

『透明化スキルの効力がないモンスター』

 つまり、伊織も進めないってことか。

『じゃ、どうすればいいんだ?』

『かなめ、モンスターは近くに見えるか?』

 倒れた状態だとうつ伏せのキャラクターをほぼ真上から映す視点になるため、位置は把握できない。

『画面には映ってないが』

 見たままを伝えると、十秒ほどの間を置いて伊織から、

『かなめ、よく聞け』

 こんな短い文を打つのに手間取るわけがないから、何か作戦を考えていた間だろう。

『ああ』

『今から私がアイツを引き付ける。かなめはその隙に復活して先に進め』

 その案を見て俺は目を見開いた。引き付けるってことは……

『伊織はどうするんだ?』

『安心しろ。ちゃんと考えはある、かなめは自分のことだけ考えろ』

 考えはあるって言ってもな。上手く逃げきれるとは思えない。もし倒されたら……いや、俺が無事に進めれば助けを求めることができるのだが、失敗したらここまでの道のりは水泡に帰す。

 俺は心なし汗ばんだ指を動かし、

『分かった』

 そう伝える。必ず戻ってくる――その気持ちを込めて。

『行くぞ』

 伊織は短く言う。少しして固められた土を踏むコツコツという足音が聞こえてくる。そして伊織のキャラ――ネピアの姿が俺の側を通り過ぎる映り、消えていく。

 ギュオオ……という地鳴りのような雄叫びが聞こえ、重い足音が遠ざかっていく。

 微かに聞こえるくらいになったところで、俺は復活して立ち上がる。出口の方向を確認しようと視点を動かすと、黒い巨大な背が猛進し、今にもネピアへと攻撃を仕掛けようとしているところだった。

「危な――」

 思わず叫ぼうとした瞬間だった。


 ネピアとブラックサイクロプスの間に割って入った人影が見えたのは。



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