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第二十話『レベル上げ』

 夏休みに突入し三日目の朝。

欠伸をしながら、階段下りてリビングに入ると、既に起床してソファに座り、テレビを観ていたひよりがこちらを見てため息を吐き、

「また遅くまでゲームしてたでしょ」

 呆れたように言ってきた。

「……ああ。よく分かったな」

 別に悪いことをしているわけではないのだが、そういう風に言われると決まりが悪く感じる。

「カタカタうるさかったし」

「そうか?」

 ひよりの言うとおりキーボードを叩く音は意外に響くが、ノートパソコンの置いた机はひよりの部屋とは反対側なんだが。よく聞こえたな。

「程々にしなさいよ」

 ひよりは忠告するように言うと、立ち上がって、

「それより、何か作ろっか?」

 既に制服に着替えていたひよりが聞いてくる。ここ最近、夏休み突入セールでもやっているかのような強い日射しで、肌はすっかりと小麦色に焼けている。

 俺はテレビを一瞥し、時刻を確認してから、

「練習は行かなくていいのか?」

「今日は少し開始遅れるって。さっき連絡来た」

「別に、自分で用意するからいいが」

「アタシもまだだから。かなめは顔でも洗ってきたら? 寝癖もスゴいし」

「ああ。じゃ、頼む」

 そう返して、ぼさぼさの髪を触りながら俺は洗面所へと向かった。




 ひよりの料理の味は俺よりも上だ。

 家事はほとんどやらないのに、上手いというのは少々納得しかねるが、これが天賦の才というやつだろうか。悔しいが、この味噌汁と玉子焼きを一口食べると認めざるを得ない。

 レパートリーでは俺が上回っていると荒みそうになる心を慰めながら、味を噛みしめていると、

「かなめ」

 ひよりに呼ばれ顔を上げる。もう、少し兄らしい呼び方はないものかと思うが、ずっとそうであるため今更のことだ。

「今度さ、練習試合があるんだけど見に来ない?」

 ひよりは野球部に所属し、男子に混じり女さながらに活躍し、エースを任せられている逸材だ。当然ながら試合というのは野球のことだろう。

「夏の真っ直中で試合か……」

 俺は渋るように呟く。炎天下で野球観戦というのは中々に辛いものがある。ひよりの活躍も観たくはあるが、正直言うと迷う。

「最近だらしなくない?」

 半眼でひよりは言う。

「そうか?」

「毎日のようにネットゲームしてるみたいだし。夏休みに入ってからは夜中まで。最近、外にも出てないでしょ」

「三日前に買い物に出掛けたが」

「それだけでしょ?」

「まだ冷蔵庫に材料も余ってるしな。でる理由がないし」

 ひよりは大きく息を吸い込み、盛大なため息を吐いた。

「かなめは最近ネットゲームに没頭しすぎ」

 言われてみれば、夏休みに入ってからというもの、家事以外の時間はネトゲをしている気がするが。

「まあ、そうかもな」

「最悪、ネトゲ廃人になるのだけはやめてよね。友達呼べなくなるし」

「ネトゲはいじん?」

 初めて聞く言葉に俺は首を傾げて考える。ネトゲ俳人……か。ネトゲで一句詠む人のことか。

 レベル上げ ああレベル上げ レベル上げ

「分からないなら別にいいけど、とにかくたまに外出しなさいよね」

「それで野球観戦か」

 俺が言うと、ひよりはニッコリと笑みを浮かべ、

「そう! だから絶対来なさいよね! かなめのことを思って言ってるんだから!」

 体を乗り出しかねない勢いで言うひより。

「分かったよ」

 渋々と俺は承諾すると、ひよりは「あっ!」と声を上げる。朝から声が大きいな。さすが運動部。

「伊織さんも誘ってみたらどうかな? こう言ったらアレだけど、外とか出なさそうだし」

「まあ、そうだな」

 その憶測は花丸をあげたいくらいに当たっている。脳内で伊織がスポーツ観戦してる姿を浮かべながら、味噌汁を啜る。

 全く似合わないし、全く俺よりワンランク上手い味噌汁の秘密が掴めない。隠し味かっ!? 隠し味なのか!?

「ま、デートのついでで見に来てくれるくらいでアタシは構わないけどさ」

 意外な言葉に含んでいた味噌汁が気管の変なところに入り、せき込む。

「……ゴホッ、ゲホ……何を変なことを言ってんだ」

「変なことって?」

 二ヤーとイタズラっぽい笑みを浮かべてひよりはとぼける。なにか誤解してるようだな。

「伊織とはただの友達だ」

「ま、そういうことでいいんじゃないの。今はさ。とにかく誘ってみたら?」

……駄目だなコレは。俺は解くのを諦めて嘆息し、

「一応、誘っては見るが……伊織のことだからきっと――」




 所変わり場所は『リブラル墓地』

 無論、そんな地名は日本中のどこを探そうが恐らくはなく、CROSS・FANTASIAの世界のダンジョンの一つである。

 つまり、俺自身はただリビングから自室に移動しただけだ。ひよりは部活へと向かっていった。

 ひよりに言われた通り、俺はネトゲ内で伊織を誘ってみたところ、

『いいけど』

 とまあ、予想通りの返答が――いや、待て、違わなかったか今の。

 俺は自分の目を疑い、擦ってからもう一度チャットウィンドウを見る。確かに『いいけど』とある。

『私が行くわけないだろ。バカかかなめは。炎天下に外に出るならゲームするに決まっている』

 というのを予想していたのだが。自信もあったんだが……不思議でたまらない。もしかしたらネピアを通した画面の向こう側には伊織じゃない人がいるかもしれないと疑うくらいに。

『それって、行くってことでいいんだよな?』

 確認するように俺は聞いた。『いいけど』だと、僅かながら否定とも受け取ることもできるし。

『かなめは目が腐ってるのか? 行ってもいいと言ったけど』

 どうやら承諾で間違いないらしい。

 伊織は空調完備のドーム球場で行われると勘違いでもしてるのだろうか。しがない市民球場で芝生に座りながらだと知らないのだろうか。

『念のため言っておくが、市民球場で、空調もないんだぞ? それと今は真夏だからな?』

『分かってる。何故そんなことを聞く?』

『興味ないと思ったから』

 俺は正直に理由を告げた。

『正直言うとそう』

 やっぱりかよ。

『じゃあ、何故行くなんて』

 普段は三秒も掛からない即答がなく、画面上のネピアの動きも心なしぎこちなくなる。返答に困っているのか?

 伊織の言葉を待つ間、俺は近くに湧いた『ゾンビ兵士』を狩るのを続ける。

 ここ『リブラル墓地』はその名の通り? 死者……つまりはアンデッド系のモンスターしか湧かず、かつ俺たちのレベルと同程度のため、経験値の減算はない。

 アンデッド系というのは大抵の場合火が弱点らしく、ここのモンスターも例外でない。火魔法をメインに扱うネピアと相性がいい。

 そして、俺が操るカナメも幾つかのストーリークエストで得た経験値により、パラディンのジョブレベルが上がり、スキル『アンデッドキラー』を覚え、ゾンビなどに与えるダメージが倍以上になった。

 そんな理由で、カナメとネピア共々適した狩り場なのである。もっとも一番の理由はここが人気のない狩り場だということだが。……どれだけ人と関わるのが嫌なんだ。

『きまぐれ。ただの』

 たっぷり三分くらい掛けて返ってきた伊織の答えは短く、十人が十人納得しろというには少々難しい返答だったが、

『そうか』と俺は納得した。

 伊織らしいとも感じたし、そもそも俺は伊織の思考を完璧に読めるわけがない。まあ、聞いといてなんだが、これ以上の追求はしない。


『お、またレベル上がった』

 鎧を観に纏った骸骨のモンスターを倒した瞬間、ファンファーレが鳴り響きカナメのレベルが35になった。

 早速ステータス画面を開いて確認すると、各能力が微増している。特に防御力とHPの伸びが高い。毎回ではあるが。

 今ここで戦っている限りだと、与えるダメージなど大して変化は感じられないが、着実に強くはなっているのは分かる。以前に苦戦した狩り場に行くと、普通に戦えたりするし。

 まあ、レベルには単純な能力アップ以外にも、今まで装備可能レベルの問題でできなかった武器が装備できたり、他ジョブのスキルを身に付けれる量が増えたりするから、そっちも踏まえた結果だろうが。

『祝いの一言くらい欲しいんだが』

 レベルアップに対して一切の反応がない伊織に不満げに俺は言った。

 パーティを組んでると、レベルが上がる度に祝いの言葉が飛び交って気分がいいものなんだが。

『あれは社交辞令的なモノ。内心はどうでもいいと思ってる、確実に』

『それでも言われたら嬉しくはなるけどな』

『かなめは単純で羨ましいな』

 幾ら単純でもそれが皮肉なのは理解できるぞ。まあ、伊織らしいが。

『それにしても、意外と早く上がるもんだな』

 狩り始めて二時間半くらいだが、さっきのを含めて2レベルも上がっている。30前後になってから1レベルに二時間掛かるのもザラだったし、早いペースだろう。

『適切な狩り場を選べば普通の早さだと思う。私が能力を踏まえて、もっとも効率がいい狩り場を選んだからのもあるけど』

 その言葉からは少し得意げなニュアンスが窺えた。当然、ゲームを通してだからただのデジタルな文字列でしかないが。

『しかし、効率がいいわりに全く人がこないな』

 薄暗く不気味さ漂う墓地には、ここまで俺たち以外のプレイヤーは見ていない。周りはアンデッドだらけで、生者は俺たちしかいない。

『アンデッドに強いスキルか特技があるジョブじゃないと効率は悪い。そう言ったつもりだったけど、私の言葉不足だった。かなめの読解力を甘く見ていた』

 俺は苦笑を浮かべながら皮肉をスルーし、

『だが、俺のようにパラディンとかが来てもいいんじゃないか?』

『多分来ないでしょ。街からさほど離れてない所にも似た狩り場がある。わざわざ時間を掛けてここには来ない』

『……確かに』

 ここに来るまでの道のりは、それこそフルマラソンかと思えるくらいに長かった。山越え谷越えまっさらな雪道を走りだ。近くには小さな村があるらしいが、周辺に来る大抵のプレイヤーは適正レベルをオーバーしており、わざわざ経験値の下がるここに来ることはないらしい。


『今更だが、なんでこんな場所にしたんだ?』

『人が来ないなら狩り場を独占できるから。湧き待ちをする必要がない』

『確かにいいかもしれないが……ここに来るまでの時間を考えたら、利点が薄い気もするが』

 俺の指摘に伊織はなにも返さない。俺は続けて、

『伊織にとっての最大の利点は人が来ないってことじゃないのか?』

 伊織は無言。肯定と俺は受け取り、

『そんなに人と関わりたくないのか』

 呆れ気味に俺は言った。もちろん文字だけで伝わってるかは分からない。

『まあ、その通りだ。面倒くさい人のが多いし』

『じゃあ、何でネトゲやるんだ?』

 オンラインゲームは実際にいる世界中の誰かとプレイできるから楽しいんだとも思うが。

 伊織は考えていたのか数十秒の間があり、

『かなめといっしょにできるから』

 俺はこれを見て、初めてデジタルな文章にドキッとした。予想だにしてなかった理由。俺とプレイするのが楽しいと言われたようで、喜ばしく気恥ずかしくもある。

 俺は返答を練るが、上手く纏まらずにいると、

『というのは当然冗談だけど』

 俺はキーボードに頭を打ち付けた。俺のドキッを返せ。

『えdmう』

 意味を成してない発言をカナメがした。頭を打った時にエンターキーを押してしまったらしい。

『なんだそれは? かなめ語か? 悪いけど私には理解不能だ』

『ただの打ち間違いだ』


 そして、本当の理由を聞きそびれたまま狩り続けてると、居場所を検索して来たと言う白雪を加え、俺たちは数時間レベル上げに勤しんだのだった。

 伊織は極端に無口になったが、加えた辺り、白雪と関わるのは言うほど嫌というわけではないのだと俺は思った。




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