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第二話『ネットゲームって、なんですか?』

 俺の両親は共働きで、朝から夕方まで家には居ない。そのため、小学生にあがると必然的に鍵っ子となり、学校から帰ったら家で留守番をしていることがほとんどだった。

 妹は保育園に通っていて、仕事を終えた母さんが迎えにいくから、妹が小学生になるまでは一人で過ごしていた。

 寂しくなかったといえば嘘になる。その寂しさを誤魔化すためか、或いはこのままだと家はゴミ屋敷と揶揄される未来を子供ながらに危惧したのか、俺は自然と帰宅したら家事をこなすようになった。

 一戸建ての我が家は外観は清潔感溢れる白を基調としているが、一歩玄関ドアを開けばゴミ袋が迎えてくれる不潔な空間だった。居間には脱ぎ散らかした衣服、キッチンには食べカスがこびり付いたまま放置された食器、掃除も休日にしかしないため棚を一撫ですれば小うるさい姑も言葉を失うであろうくらいに埃が溜まっている。

 つまりは両親共々、生活能力が著しく低かった。食事にしても俺が作らなかったら添加物まみれの不健康な食生活になっていたと思う。

 とまあ、そんなわけで俺は幼くして家事を担うようになった。嫌ではなかった。

 家の中が見違えるほど綺麗になるのは快感でもあったし、料理も上達していくのが楽しかった。何よりは両親に褒められたのが嬉しくて俺は帰宅後は主婦業をこなすのが当たり前になった。

 こういうことをしてたから同級生との話題も合わなくて、次第に距離感が生まれていったんだよな。おやつ時のワイドショーの話なんて小学生が食いつくわけがない。

 今となっては俺はそこいらの新米主婦は目じゃないくらいに家事は上手いと自負するまでになった。

 そんな生活をしてきたせいだろう。

 俺は酷く汚ない部屋を見ると綺麗にしたくなってしまうようになっていたらしい。いや、こんな惨状を目の当たりにしたら誰しもがそうなるか。




「早崎、ゴミ袋はどこだ?」

「多分、その辺だと思う」

 と、パソコンに向かったまま早崎は衣服が積まれた山を指さす。

 俺はその山を崩しに掛かる。スウェットにジャージと、恐らくは部屋ではほぼこれで過ごしているのだろうと思われる衣服をかき分けていくと、少し手触りが違うのが……

「…………」

 思わず摘んで目の前まで掲げて眺めてしまうそれは、まぎれもなく女性が年頃になると胸に身に着けるアレである。近年は男も着ける人もいるとテレビで観たことがあるが、男の胸には紛い物じゃない限りブカブカになるであろう大きさだ。

「……新堂かなめは変態だった」

 ビクンと背筋を張り、ゆっくりと振り向くとノートにペンを走らせる早崎が。

「何を書いてるんですか、早崎さん」

「変態が生まれた瞬間を。事細かに」

 冷静に早崎は言う。校内でもポーカーフェイスを貫いてるが、自分の下着を見られてもそれは変わりない。

「いや、違う! 誤解だ! それをよこせ!」

 俺は必死に否定して、膝で早崎ににじりよる。

「寄るな変態」

 冷たく言い放ちながら早崎は俺の顔面を足蹴にして突き放す。

 俺はとりあえず正座する。右手にブラをまだ握っているのに気付き、衣服の山に放った。

「まあ、ついまじまじと見てしまったのは謝る。だが、その辺に置いとくのもどうかと思うぞ」

「変態は見苦しい言い訳をした」

「すまん。俺が全面的に悪かった! だから書くのはやめてくれ!」

 俺は畳に頭を打ち付けて何度も土下座する。

「そう」

 パタンとノートを閉じる音が聞こえ、俺は顔を上げる。

「新堂かなめは、これを公開されると困るのか?」

 ノートを指して早崎は聞く。

 俺の半ば冤罪的な行為が記されたであろうノートがもし公開されたら――

「……いや、あまり困らないか」

「どうして?」

「自慢じゃないが俺はそこまで学校じゃ全く目立ってもないし好感があるとも思ってないしな。そのくらいの汚点は大したことはない。それにノートに書かれたのくらいじゃ噂話程度までしか広まらないだろうし」

「ツマんない」

 ガッカリした風でもなく早崎はノートを放り投げる。そしてパソコンに向き直り黙ってしまう。

 クラスじゃ少し変わった奴だと思っていたが、それ以上に変な奴かもしれない。

 だが不思議と、もう関わらないほうがいいとは考えなかった。それどころかまだ放したいという気持ちまである。人付き合いが希薄な者同士だからだろうか。

 俺はそんな考えにいたった自分に苦笑して首を傾げ、掃除の続きに取りかかった。




「ふう」

 俺は大して流れてもいない額の汗を拭う真似をし、満足げに部屋を眺める。

 一時間前の写真撮っておいてビフォーアフターを比べてみたいにくらいに部屋は見違えた。

 雑多な物に埋もれていた畳全体が姿を表し、食器が片付けられたシンクは輝きを取り戻した。トイレ掃除もしたし、これで誰に見せても恥ずかしくない部屋になったな。

 まあ、俺が勝手にしたことであるから感謝を要求することはないが、部屋の主には少しでもこの状態を維持するよう努めてもらいたい。

 部屋の主は俺が黙々と片付けてる間、黙々とパソコンに向かっていて、今も精巧な日本人形のように繊細な黒髪に覆われた後ろ姿に動きはない。

 というか、一つ疑問がある。それは俺が何の関わりがない早崎の家に来た理由の一つでもあり、先程からおかしいとは思っていた。

「ところで早崎、風邪の方は大丈夫なのか?」

 綺麗というより不健康という印象を与える白い肌色は元々だし、それ以外の様子は病欠するとは思えないほど問題なさげに見えた。今日で三日連続休んでるからだいぶ酷いとも想像していたが。

 布団も押し入れにしまわれていたし、俺な中に一つの仮説が生まれつつある。

「……風邪?」

 振り返ると早崎は何のことかというように怪訝そえに眉を寄せる。

「風邪で休んだと聞いたからプリントを持ってきたんだが」

「ああ」

 早崎はたった今思い出したかのような薄い反応を見せ、

「ケホケホ。頭が頭痛で痛いし、鼻水も止まらないし、もう死ぬかも。葬式は家族以外誰も来ないと思う。私の灰は海に流してほしい」

「いや、どう見ても仮病だろ。鼻水流してないし! 少しはそれっぽくしろよ! というかどんなネガティブ思考だよ」

「……バレたか」

 探偵物の的外れな答えしかださないへっぽこ刑事でも分かる嘘でバレるも何も。

「何で仮病なんか使ってんだよ」

 クラスじゃ孤立気味だとはいえ、授業は真面目に受けている早崎が仮病を使って休む不良少女だったとは意外な事実だ。今までの休みもそれだったのか?

 いや、もしかしたらそうせざるを得なかった並々ならぬ事情があるかもしれない。

「アシュラナイトを狩ってた」

 俺には早崎が何を言っているのか分からない。飼ってたにしても買ってたにしてもその前の言葉が意味不明だ。

「やっと装備可能レベルに達したから、鬼神の剛剣を手に入れたくて。アシュラナイトはベリオスの墓にしかいないし、沸きも一時間に一回でドロップ率も低いけど、今朝ようやくゲットできた。羨ましいか?」

 ますます意味が分からない。

 自慢げに豊満な胸を逸らされても、俺の頭は疑問符だらけでちんぷんかんぷんだ。頭痛がするのは俺の方だ。

「悪い。俺には早崎が何を言ってるのか分からない」

「分からない? 外国に軟禁でもされてたの?」

「日本語がじゃねーよ、外国にも行ったことがないし軟禁もされてない。分かり易く説明してほしい」

「面倒臭いけど……掃除してくれた礼に説明してあげる」

 気にしてない様子だったし、迷惑かとも思われてんじゃという不安もあったが感謝してくれてたのか。

「ああ、頼む」

「で、何が分からないの? アシュラナイトの沸き場所? 鬼神の剛剣のステータス?」

「全部だ」

「……全部」

 早崎は呟き、心底面倒臭そうに僅かに顔をしかめて髪の毛を手でクシャクシャとかき乱す。

「新堂かなめ。MMORPGは知っているか?」

「えむえむおーあーるぴーじぃ?」

 早崎は深いため息を吐く。

「知らないか」

 駄目な生徒認定された気分になった。

「バカにするな。RPGはロールプレイングゲームの略称だろ?」

「そんなことは常識。ゲームやったことある?」

「オセロなら得意だぞ」

「……テーブルゲームじゃなくて、家庭用ゲームとかのことに決まっている。まさかまた程度の低いボケだったのか?」

 冷たい瞳を向ける早崎の疑問は流して、

「家庭用ゲームというと、ファ○コンとかだろ? 一度もやったことないな」

「その伏せ方だと父親大好きな人みたい」

 早崎は訳分からないことを言ったが、ここも流しとくべきだろう。

「新堂かなめ……本当に高二なのか?」

 怪訝そうに早崎は半眼になる。

「紛れもなく高二だが? 何故んなことを聞くんだ?」

「ファ○コンを例に出したから。普通の高校生ならプレ○テ、せいぜいスー○ァミを思い浮かべるはず」

「俺のゲームの知識はそのくらいしかないんだが……おかしいのか?」

「別にいいんじゃない。とりあえずゲームは全くやったことない、でいいの?」

「まあ、そうなるな」

 早崎は会話のキャッチボールを一旦止める。俯き加減でどこから説明すべきかと思案しているような間を置いて、

「新堂かなめは、ネットゲームすら知らないってことか」

 どこか小馬鹿にされてるようなニュアンスが含まれている気がするが、早崎の表情からは読み取れない。

「ああ。あと、呼び捨てなのは構わないが一々フルネームで言うのはやめてくれ。名前か名字どちらかにしてくれ」

 俺が言うと、早崎はパッチリしてるとは言い難い目を見開いて、顔を逸らした。

「……人の名前を呼ぶのは慣れてないと言ったのに」

「だけど、呼びにくくないか?」

 早崎はチラリと俺に顔を向ける。

「別に。……けど、そうした方がいいならそうする」

「じゃあ、そうしてくれ」

「うん」

 と、早崎は姿勢を整え膝に手を突いて俺を真正面に見据える。まるでこれから重大なカミングアウトをするかのような緊張感が速見から伝わり、俺もつい固唾を飲んでしまう。一瞬、ここまでの会話の流れを忘れそうになっていた。早崎が口を開くまでの数秒間が数十秒にも感じたその雰囲気のせいだろう。


「……かなめ。……で、いいか?」


 小さな声だった。それから確認するように聞いて早崎はそっぽを向いた。

「ああ」

 俺は言いながらも軽く感動を覚えていた。実の所、異性から名字ですら呼び捨てされたことはなかったのに、(妹を除いて)それを通り越して名前で呼ばれるとは予想外だった。

「……で、早崎。話の続き――」

「伊織」

 続きを促そうとしたところ早崎は遮ってそう言った。

「そう呼んで」

 無機質とも思える黒い瞳を向け淡々と速見は言う。呼んでもいい、ではなく望むような言い方。

「いや……そんないきなり……」

 俺は戸惑った。呼び捨てにされるのは初めてであるし、当然異性を呼び捨てにした経験は皆無だ(妹を除く)。早崎はどう思ってるのかは解るはずもないが、この数時間でそこまで距離感は縮まってはないだろうし、下の名前を呼び捨てにされるのは普通は嫌なものじゃないのか?

「私だけ呼ぶのは不公平だし。かなめもそう呼んで」

「じゃあ。……伊織」

 なんか凄く気恥ずかしい。陳腐な青春ラブストーリードラマの主役になった気分だが、照れてるのはどうやら俺だけらしい。

「それでいい」

 伊織は満足げに頷いていた。

 伊織はやはりちょっと変わっているが、それでも俺は距離が縮まった気がして嬉しくもあった。




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