十八話『ストーリー、進めました(2)』
【最近キリアの森に生息するオークの活動が活発になってきている。住民も不安がっているため、オークを指揮するオークナイトを倒し気勢を削いでくれ。】
これが今回受諾したクエストの概要だ。
そして俺は現在そのオークナイトと戦っているわけだが……
「ふぁぁぁ」
俺はコントローラーのαボタンを適当に連打しながら、大きく欠伸をした。
眠気を誘発するのも致し方ない。先ほどからパソコンの画面では、まるでリプレイ映像を繰り返し流しているかのように、単調かつ同じ動きしかないのだ。
オークナイトが剣を振る。カナメは盾でガード。
カナメが剣を振る。オークナイトにダメージ。
派手さの欠片もない、百人中百人が思うであろう地味な戦闘。
オークナイトの攻撃は今のように盾で防ぐこともあるが、当たったところでHPゲージをミリ単位で減らすくらいしかない。
だが、カナメの攻撃も似たようなものだ。オークナイトも手に持った盾で防ぐこともあるうえ、体力は今もネピアが焼き払い続けてるオークの百倍はゆうにある。
まるでカメのカメの競争を見ているかのような状態だ。一向に終わりの見えない戦闘では欠伸も出るというものだ。
三回目の欠伸をかみ殺しているとようやく三体目のオークナイトを倒し終えた。
『あと七体か』
俺は確認するようにタイピングして発言した。
『あと七体だな』
ネピアはオウム返しに言い、HPが僅かに残るオークに火弾を放ってトドメをさした。
『固すぎないか? 一匹倒すのに十分は掛かってるぞ』
部屋にある時計をチラッと見たら、そのくらいだった。湧くまでの間隔もオークより長いから更に時間は掛かってることになるか。
『4〜5人でパーティ組んで倒すくらいが丁度いい相手だし、当たり前』
『そうなのか』
『パラディンは防御力は高いけど、火力は戦士より劣るのもある。成長していけば補えるスキルあるけど、カナメの今の頭では理解できないと思うし言わない。覚えていたとしても獣人系相手には無意味だけど』
それは今は聞きたくもないし、そうしてくれるのは有り難い。意味不明な専門用語を聞くと余計にまぶたが重みを増しそうだし。
『だったらパーティ募集してみた方がよかったんじゃないか?』
街には様々なプレイヤーが数多く集まっているし、目的の一致する人がいたかもしれない。
『必要ない』
ネピアは即答した。
『何故だ? クエストを達成する時間が延びるでもないだろ』
中ボスはトドメをささなくても、近くに居れば倒したことになると、さっき伊織が言っていた。
『倒せないわけでもないのに、パーティ増やす必要はないと思う』
『短い時間で倒せるならそうした方がよくないか?』
『私は他人と組むのが好きじゃない』
『どうしてだ?』
『ロクなことがないから』
無機質なメッセージウィンドウの文字なのに、ネピアの発言は感情がこもってるように見えた。
『ロクなこと?』
『パーティ組んでると会話するでしょ』
『まあ、そうだな』
俺も狩り場に行って組んだことはあるが、メンバーが多いと戦いが単調になりがちになったりするので、結構会話が盛り上がることが多い。
『私はそれが煩わしい』
人付き合いが苦手な伊織らしい答えだな。俺も伊織のことは言えないが。
『別に会話に参加しなければいいだろ』
組んでてもただ黙々と戦ってる奴も見かけるし。俺も大抵そちら側だったな。
『それくらいは経験値のためなら許せる。問題は会話の内容』
『問題?』
適当に打ち返し、近くに湧いたオークナイトに俺は攻撃を仕掛ける。
『リアルの話をしてくる奴がいると最悪だ』
『リアルってどういう意味だ?』
『現実の話のこと』
『それのどこが嫌なんだ』
『例えば、カナメが寒い話をしてる時に勉強の話を振られたら嫌でしょ』
『寒い話をしたことはないが、それは確かに嫌だな』
『それと同じ。ゲームで仮想空間に浸っている時に、現実の話をするのはマナーがなってないと私は思う。特にリア充な会話をする奴は爆発してほしい』
『リア充な会話ってなんだよ』
俺が訊くと、やや間があって、
『リアル友達の話とか、リアルでの自慢めいたことを言ったりとかだな。つまらない上に、反応に困るし』
なんという了見の狭さをしているんだ伊織は。
『だったら、俺の話でもしたらいいんじゃないか?』
『そんな恥ずかしいことはできるか』
即答ですか。
『そんなこと気にしてたらパーティ組めないだろ』
『だから、私はずっとソロ専でプレイしてる』
語感からして一人でプレイしているということだろう。
『それで面白いのか?』
『楽しみ方は人それぞれ。私は楽しんでる。それにソロ専はプレイスタイルの一種として確立はしている。メリットもあるし。他人と関わらなくていいのは何よりのメリットだけど』
『じゃ、パーティで狩ったりとかは殆どしたことないってことか』
もう俺以外と組んだことがなかったりしそうだな。それはそれで嬉しいような気持ちがあるが。
『気の合う人とならたまに誘われて行ったりはしてるけど、野良は行かなくなった』
伊織と気の合う人がいたとは意外な事実だ。どんな変人なのか興味がある。
『それ以外の人に誘われたらどうするんだ?』
『適当に断る』
『あの、パーティに入れてもらえませんか?』
……俺はしばしキーボードを打つ指が止まり、パーティ専用会話のまま、カタカタと再び打つ。ネピアの位置的に画面にはオークしか映ってないだろう。
『もし、パーティに入れてくださいと言われたらどうすんだ?』
『TPOによるけど、大抵は断ると思う』
『貿易自由化がどう理由に絡むんだ?』
『…………何の話?』
……うむ。伝わらなかったようだ。
さて、どうしたものか。
『駄目ですか?』
と、俺の傍に寄ってきた第三者は更に訊いてきた。煌びやかな長い銀髪を背中に一つ束ねた可愛らしい外見をしたキャラだけに入れてやりたいのは山々だが、残念ながら俺に決定権はない。パーティに誘えるのはリーダーだけであり、そのリーダーは伊織だ。俺が意見しても通ることはないだろうしな。
俺が丁重に断ろうかと文面を悩んでいると、
『何だコイツは』
近くに戻ってきた伊織が言った。むろんパーティ会話でだ。一般会話だったら失礼極まりない。
『パーティに入れてほしいって』
俺が簡潔に説明すると、ネピアは銀髪美少女に近寄り、黙ったまま半眼で見つめてると、
『あの、パーティいいですか?』
もう一度少女は訊ねる。
『もしかしてストーリークエストですか?』
俺は画面に、口に含んでいたミネラルウォーターを吹き出しそうになった。
「伊織がちゃんとした話し方をしただと!?」
以前、MMORPGは礼儀が大事だと言われたが、いざ伊織がそれを守ってるのを見ると違和感があるな。
校内でも目上の人と会話自体してるのを見たことがないし、前に携帯ショップにいった時も店員に対して機械的に頷くか『はい』だけだったし。
『そうです。オークナイトを狩りたかったんですけど、結構強くて……』
動作はないが、小指を頬を掻きながら苦笑いでもしていそうなイメージを言葉から受けた。
『いいですよ。私たちも助かりますし』
……駄目だ。普段の伊織とギャップがありすぎて鳥肌が。
『ありがとうございます』
そう言ってからパーティ希望者は頭を下げる動作をした。
《白雪》さんがパーティに参加しました
と、そんな表示がメッセージウィンドウに流れたのを見て、俺は慣れた所作でキーボードを打ち込み、簡潔に挨拶を交わす。
『よろしく』
『よろしくお願いします』
白雪はオーク狩りを再開したネピアを一瞬追っかけようとしたが、すぐに立ち止まり、
『私はオークナイトを攻撃でいいんですよね?』
そう訊ねてきた。パーティ会話だからメンバー全員に聞こえてるが、ここは俺が答えていいか。
『あっちは一人で十分みたいだから』
『分かりました』
返答すると、白雪は銀色の弓を構え、銀色の矢をつがえて弦を引き絞り、矢を放った。
放たれた矢はトスッとオークナイトに命中しダメージが表示され、俺はその威力に感嘆した。
カナメの一撃の威力の約三倍のダメージを叩き出し、素早い動作で矢をつがえてはオークナイトに命中させていく。
放つ度に一つに束ねた銀色の髪が揺れ、整った顔立ちに凛とした表情を浮かべる姿は魅力的だ。
『カナメ、ボーッとしてないでタゲ取れ』
そうネピアが言われて、白雪に注視していた視線をオークナイトに向けると、俺への攻撃を止めて、のっそりとした動きで白雪へと歩き出していた。慌ててスキル“挑発”を発動し、オークナイトはきびすを返して再び俺を攻撃対象に据えた。
『助かります』
白雪からは礼を受け、
『スナイパーは火力はあるけど打たれ弱い。オークナイトは一番ダメージを与えてるキャラを狙う“一般型”だ。それくらい分かれ』
ネピアからはお叱りを受けた。モンスターが攻撃するターゲットの優先順には幾つかタイプがある。
せめて『よくやった』と褒めても欲しかったが、伊織が言うと違和感があるし、反抗はするつもりはない。したところで言い負かされるのは容易に想像できるし。
俺が攻撃を引き付け。
伊織が雑魚を片付け。
白雪が攻撃を加える。
三人ながらも各自が役割を果たした戦い方により、なんということだろう。時間だけが掛かっていたオークナイトは約四分で消滅した。
しかし、この中で一番得しているのは伊織だろうな。インベントリ(アイテム欄)の中にはオークの肉がたんまりと詰まっていそうだ。
『お二人は知り合いなんですか?』
次の湧きを待っている時間に白雪が訊ねてきた。
俺は返答に迷った。恐らくはこのネトゲ内ではなく、現実世界でっていうことだろう。友達同士でプレイしてる人達はパーティ組んだときに見たことがあるが、伊織がどう思うか分からんし言っていいのか……。
『えっと、会話を聞いてると仲が良いみたいなので、もしかしたら……と』
返答がないからか、そう付け加える白雪。先ほどの会話を見て仲が良いと捉えられてたのか。上司と部下、先輩と後輩なら分からんでもないが。
パーティ会話だし、伊織も見えてるはずだが、無返答なのを好きに答えとけという意味と俺は受け取り、
『同級生で、友達です』
正直にこう返答した。
『あ、学生なんですね』と白雪。
『そうです』
『学年を聞いたりしてもいいです?』
『高二です』
『あ、ワタシもです』
そうなのか。ゲーム内でとはいえ同学年の人と合うと何となく嬉しくなるな。距離が一気に縮まった気分になる。可愛いというのもあるか。
『ワタシ、ゲーム内で同学年の人と話したことなくて……嬉しいな〜』
『俺もあんまりないですよ』
全く自慢にはならないが伊織くらいしかない。狩りパーティに入っても無口だし。
『ワタシもゲーム内だと、どんな会話をすればいいか分からなくて……同学年でよかった』
『よかった?』
『友達感覚で話せますから。リアルな会話でも盛り上がりそうだし』
あ〜。画面の前での伊織のしかめっ面が想像できる。というか俺も現実での話題を振られたら困るんだが。疎いし。
『あ〜、そうですね』
とりあえず適当に相槌を返しとく。
『あ、馴れ馴れしかったですか? ごめんなさい! ついテンションが上がっちゃって』
『いや、構わないよ』
『ありがとう』
伊織はどんな気分でこの会話を見ているのだろうか。こんな会話を続けられたらパーティから蹴る(リーダー権限で強制的に脱退させる)なんてことをやりかねない。
そう思っていると、
《かなめ、私は大丈夫だ》
耳打ち(個人同士の会話)で伊織が言ってきた。
《蹴りはしない》
《そうか、よかった》と俺は安堵して返す。
《話はともかく、戦力としてはかなめより役に立つし》
《そうですか》と俺は無表情で返した。