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十七話『ストーリー、進めました』

「……またか」

 ノートパソコンの画面を見ながら、俺は肩を落としげんなりした。

『請けた?』

 画面内には俺の使用するキャラクター“カナメ”と、その隣には早崎伊織が使用しているキャラクター“ネピア”が映っている。

 場所はセントラルにある冒険者協会本部。

 ドーム状の建物内は広くて明るく、床は大理石のような光沢のある素材でできている。まるでホテルのラウンジのような所で、入り口正面には木造のカウンターがあり、俺たちはそこに並んで立っている。

 チェックインするというわけではなく、ここでカウンターを挟んで立つお姉さんに話しかけることによって、ストーリークエストを受諾することができる。

 このストーリークエストの他にも冒険者に対して様々な窓口の役割を担っているのが冒険者協会。……という設定とのことだ。

 だが、三十分前にストーリークエストを一つ終えて“駆け出し冒険者”なる肩書きを得たばかりの俺にはまだここ以外は無縁だそうだ。

 それらを教えてくれたのは、言うまでもなく伊織である。聞いてもいないことを饒舌に語る姿は現実とギャップを感じられる。

『キリアの森でオークナイト討伐。でいいんだろ?』

 俺は請けたクエストの内容を伝えた。

『そう』

『しかし、これのどこがストーリーなんだ? 内容も普通のとさして変わらないが』

 ちなみに一つ前のストーリークエストも特定のキャラにアイテムを届けるという、一般のクエストと変わらない内容だった。

 ストーリーらしさといえば少しばかり台詞の量が多かったくらいだ。

『まだ序盤だから仕方ない話。中盤辺りからは内容のバリエーションも増えてくる』

『例えばどんなのがあるんだ?』

『ボスクラスの敵と戦うとか、ジョブレベルが一定以上ないと受諾できないのもある』

『ボスって強いのか?』

 ネピアは額に手を当てて首を振る。大仰に呆れを示しているのだろう。動作が豊富だなと感心するしかない。ゲーム自体にも伊織にも。

『かなめはドラ○エ辺りでもプレイしてみたほうがいいかもね』

『最近は観てないな。昔はよく観てたんだが』

 一昨年辺りまでは、リビングでひよりが観てたから食事の後片付けをしながら、ちらちらと眺め、感動する話もあったりして思わず引き込まれて見入ったりもしたが、最近は別のバラエティ番組ばかりだな。

『森に行くぞ、時間を無駄にしたくないし』

 と、ネピアは無視するように踵を返して入り口へと走る。まだ夕食時には余裕があるが、伊織にもネトゲ以外に気にする時間もあるかもしれないな。

 だから『ドラ○もんじゃない』という指摘をする余裕がなかったとしても仕方ない。

 あ、ドラ○エとは人気のRPGシリーズの一つだというくらいは、俺でも知っている。




 伊織が操るネピアの動きは無駄がなかった。キャラの移動速度は、速度が上がる効果が付与された装備をしてない限り一律同じらしく、カナメもネピア装備してないが、次第にカナメとの距離は開いていき、目的地に着く頃には数分の差ができていた。『カナメの動きは無駄が多い』

 目的地に着いてから、俺が何故早いのか訊ねるとネピアはこう答えた。

『止まったりはしてないが』

『コース取りがなってない。カナリア丘陵は、最短距離を走るだけで二分は差がでる』

 カナリア丘陵とはここに着く途中にあるなだらかな大地だ。細かい起伏に引っかかったりはしたが、そんなに変わるものなのか。

『縮める意味があるようには思えないが』

『二分あれば、その間にモンスターの湧きが二回ある。私はカナメが来る間にそれを狩っていた』

『つまり、経験値の差がつくってことか?』

『そう』

『たかが二分程度の経験値だろ……』

 1レベル上がるのに三時間は掛かるようになってきたし、二分ぶんの経験値を得たところで大して変わりはないと思うが。

『カナメは“塵も積もれば山となる”ということわざを知らないのか。スラ○ムの塵みたいな少ない経験値でも倒し続ければレベル99にできるという意味』

『それは知ってたが、そんな意味だったとは初耳だ』


 キリアの森。

 中央都市セントラルから、二つの丘陵を越えた先にある深い森だ。鬱蒼とした木々が並び、薄暗い不気味な雰囲気を漂わせている。

 ゲームとはいえ、一人では立ち入りたくない。それは他プレイヤーもいっしょらしく、パーティを組んで数人で固まって歩いているのを見かける。

 だが、それも多くはない。伊織が言うにはここは狩り場としては適してないとのことだ。

 湧き、強さ、経験値、場所、適すか適さないかはこういった要素があるらしいが、俺にはよく分からない。伊織にそれを言ったら辛辣な言葉が返ってくるだろうから言わないが。俺は浴びせられて悶えて嬉しがる性癖はない。わざわざ蛇をつついて毒を吐き出させることはしない。

 そして、この森はオークの住処となっている。

 オークとは、ゲームの舞台“エタナリア”に存在する種族の一つ“獣人”に属される。

 姿形は二足歩行で、体躯も人間と似ているが、全身を覆う焦げ茶色の体毛と豚のような鼻が特徴だ。

 言語能力は乏しいが、剣や槍を使うなど知能は発達している。非常に好戦的で住処に入ってきた者には容赦をしない。

『なんか……可哀想な気になってくるな』

 襲いかかってきたオークを一太刀で斬り伏せ、姿が薄れて徐々に消えていくオークの死体を見つつ俺は言う。

『カナメ自身のこと? そんな自分を卑下しなくていいと思う。カナメは頭が多少……それなりに残念なだけ』

『俺じゃない。何で自分を可哀想な奴だと思わなければならないんだ。あと、慰めになってないだろそれ』

 俺のどこが残念なのかも理解できん。

『じゃ、何?』

 ネピアは小首を傾げながら、杖を振って放った火球でオークを丸焼きにする。シュールな光景とでも表せばいいのか。

『オークのことだ。縄張りを守ろうとしてるだけなのに倒されて』

 入り口付近のオークは俺たちのレベルだと弱い相手だから、簡単に倒される姿は余計に哀愁を誘う。

『感情移入しすぎ。所詮はゲーム』

 ネピアは範囲魔法でオークを一掃する。

『冷たいな』

『普通はそう。それに今までもモンスターは倒してきたでしょ、それには何の感情も湧かなかった、違う?』

 俺は少し考えた。伊織の言うとおりかもしれない。経験値を得る喜びが勝って積極的に倒してたし。

『まあ、確かに……』

『ノンアクティブのモンスターを襲っておいて、オークに対してそう感じるのは単なるエゴ。偽善者』

 ノンアクティブとはこちらから攻撃を加えない限り、襲ってこないモンスターのことだ。

『そうかもしれない』

 反論する言葉が見つからなかった。

『もう一度言うけど、所詮はゲーム。一々気にしてても仕方ないと思う』

『そう割り切るしかないか。けど、なるべく倒さずにオークナイトが出現する地点に行きたくはあるな』

 倒しても経験値は微々たるものだし、無駄に虐殺めいたことをする意味はない。受けるダメージも大したことはないし。

『ううん、なるべく倒していく』

『何故だ?』

『オークの肉は買い取り価格が高いから。来たついでに稼いどく』

『酷いな……おい』

『弱肉強食』

 伊織は四字熟語で簡潔に伝えてきた。

 所詮ゲームとはいえ、やっぱりオークが哀れに思えてならなかった。

『それに金策は大事。強くなるほど店売りの装備だとキツくなるし、整えるのに金が掛かる。生産系キャラなら稼ぎやすいけど』

『そうなのか』




 森を突き進んでいき、ようやくオークナイトが出現する地点までたどり着いた。

 道中現れるオークを逃さず狩りながら進んだため、少し時間が掛かったが、オークの肉は俺も結構な数が集まった。

『私は周りに湧くオークを狩る。カナメはオークナイトを頼む』

 そう言うと、ネピアはオークナイトの周囲のオークを範囲魔法で焼き尽くす。

『協力して倒したほうがよくないか?』

『協力してるだろ。私は周りのオークを倒す、カナメはオークナイトを倒す。これで協力してないと思うカナメは傲慢な奴だな』

『攻撃を集中した方が早く倒せるだろ』

 ターゲットであるオークナイトは一匹しかいない。湧き場所は幾つかあるらしいが、それぞれが離れているため、二対同時に戦うことはないだろう。

『そんなことしたらオークの攻撃で死ぬ。目の前しか見えないのか』

『大したダメージじゃないだろ』

 俺がオークから受けるダメージは微々たるものだ。それこそアリに噛まれる程度の。

『私が危ない。これだけの数をターゲットには引きつけられないし、カナメのMPも持たない』

 ネピアは元々打たれ弱い《魔導士》で、極振りだからHPや防御力は最低に近い。極振りはまだよく分からんが。

 ターゲットを引きつけることができる《挑発》は一対ごとに数秒のインターバルが必要だし、パラディンは回復魔法が使えるが、使用するために必要なMPの数値は低い。

『私はオークが近づく前に一掃できるし、カナメはオークナイトなら一対一でも問題ない。回復薬も節約できるし合理的な判断だと思うけど。それとも、カナメは私よりもいい案を出してくれるの?』

『ないが、俺が倒したらオークナイトの討伐数は加算されないんじゃないのか?』

『中ボス扱いだからPT組んでれば加算される。一定の範囲内にいることが条件だけど』

 まあ、それなら伊織にオークを任せて俺は目の前のコイツを倒すのが効率的に思えるが……

『俺にはオークの肉が目当てのようにも思えるんだが』

 ドロップアイテムは基本的には倒した者に入る。

『何故そう思うの?』

『じゃあ何でこちらに気付いてないオークまでわざわざ倒しに行くんだ?』

 俺が疑念の言葉を掛けると伊織の反応に間があって、

『念のため』

 それだけ返ってきた。

 俺は深く追求はせずにオークナイトを倒すことに集中した。



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