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第十五話『テスト勉強、始めました2』

 一時間が経ち、今の俺の記憶中枢は、食べ放題で調子に乗りすぎたがごとく、少し動かせばポロリと出てしまいそうなくらいに詰まっている。明日の通学路は慎重に歩く必要がありそうだ。

 伊織はというと俺のベッドに横になりタオルケットにくるまって、ゲームをしている。かれこれ三十分くらい前からそうしている。

『三十分置きに一時間の休息が必要』

 と真顔で言い訳めいたことをのたまい、本当にダラケだした。どれだけ集中力がないんだ。オンラインゲームを寸暇を惜しんでまでプレイする集中力を勉強に回せないのか。

 ちなみに現在のエアコンの設定温度は少し肌寒さを感じるくらいにされている。

 節電を重視する風潮と赤道直下の国々の住人に喧嘩を売るような真似をしているのは、間違いなく伊織である。俺が証人だ。

 このままだと電気代がかさむし、健康にも悪いと注意すると、

『かなめは器が小さいな』

 悪びれることもなく返され、堂々たる態度に俺はそれ以上何も言うことが出来なかった。

 伊織の部屋は扇風機しかないし、これくらい贅沢は許してやるかと広い心で認めることにしたのもある。

「ゲームなんかしてて明日大丈夫なのか?」

 これ以上数式を見ると脳がショートしそうだし、時刻も休むのにちょうどいい頃合いになってたから、問題集を閉じて伊織に声をかけた。

 さすがに赤点ラインギリギリ仲間を黙って見過ごしたくはない。

「大丈夫」

 伊織は顔を上げて言う。

「なんか自信ありげだな……」

「記憶力と勘には自信あるから」

「勘かよ!」

 確かにテストはマークシート式だから、分からなくても勘で答えることもできるが、当たったとしても精々数問が限度だろう。勘で赤点回避できるなら俺も勘を鍛える方に力を注ぐ。

「……記憶力はどうなんだ?」

 呆れ気味に俺は聞いた。

「ゲームだったらストーリーから細かいデータまで覚えてる。CFのことならレアドロップするモンスターから、クエストのクリア条件まで完璧に記憶している。どう、羨ましい?」

 CFというのは俺と伊織がプレイしているオンラインゲーム“CROSS・FANTASIA”の略称だ。

 確かに本当に覚えてるのだとしたら、大した記憶力をお持ちでと褒めたくもなるが、羨ましくはない。

「それは勉強でも役立ってるのか?」

 俺が聞くと、伊織はゲームを操作しながらしばし無言を貫いてから、

「……役立てようと思えば。今までは覚えようとしてなかったし」

「つまり、今は役立ってないんだな」

「……まあ」

「だったら真面目に勉強に励んだ方がよくないか?」

 そう促すように言うと、伊織は体を起こして、水戸黄門が出す印籠のように(正確には格さんだが)ゲーム機の画面を俺へと突き出し、

「失礼だなかなめは。今やっている」

 心外そうに言う伊織。

 俺は怪訝に思いつつ画面を注視する。

「……真田幸村?」

 ゲーム画面には赤い鎧を身に纏い槍を構えた好青年が映っており、頭上には真田幸村と表示されている。周りは兵士らしき剣を構えた人々が真田幸村を囲んでいる。

 真田幸村とは戦国時代では有名な武将の一人だが、教科書の肖像画と画面に映る幸村は全く似ていない。というか、現代の若者がコスプレしてる風にしか見えない。

「戦国時代を舞台にしたアクションゲーム」

 本日三度目の『なんだコレは』を発する前に伊織が説明した。

「そうなのか」

「これで戦国時代の事は完璧」

「本当に完璧なのかは胡散臭いが、日本史の範囲内で戦国は少ししかないぞ」

 戦国時代の問題をパーフェクトに解答できても他が駄目なら赤点は確実だ。

「……それは分かってる。けど、範囲内にはあるんだし無駄ではない。残りの範囲を覚えれば満点は確実」

 妙な自信を覗かせる発言をしつつ伊織はゲーム機を閉じる。ゲームをする屁理屈めいた口実にしか聞こえないが。

 そして壁掛け時計を一瞥して、

「もう三時か」

 そんな独り言を漏らして、俺に対して何かを訴えるような視線を向ける。

 無視して勉強を続ける意地悪心を働かせたくもなったが、俺の脳も糖分を欲している。

「一旦休憩とするか。伊織の持ってきたケーキもあるわけだしな」

 一階に取りに行こうと俺は腰を浮かせたところで、ドンドンとドアを壊す音が聞こえた。……いや、加減の知らないノックの音か。

「かなめー、ちょっと開けてー」

 ドアの外側からそう言うのはひよりか。

 言われた通り開けてやると、両手でお盆を抱えたひよりが遠慮なく部屋に入ってくる。

「そろそろ、一息入れる時間かなと思って。あ、テーブル片した方がいいかな」

 ケーキの乗った皿と紅茶のカップが乗った盆で手が塞がったひよりの代わりに、伊織が素早くテーブルにあった筆記用具やノートなどを床へ置き、座布団に腰を下ろす。そういう時の動作は機敏だな。

「ありがとう、伊織さん」

 ひよりは人懐こい笑みを浮かべて礼を言い、ケーキを二つと紅茶を二つテーブルに置いていく。

 コロコロ変わる豊かな表情と明るい性格でひよりの友人は多い。一種の才能といってもいいかもしれない。俺とは正反対だ。

「じゃ、頑張ってくださいね」

 と、ひよりは柔らかく微笑んで伊織に言って、俺の方を向くと表情がクルリと変化し、

「かなめも頑張りなさいよね。こないだのテスト悪かったんだし」

 しっかり者の妹といった顔で言ってきた。

「そっちも人のことを言えない点数だったろうが」

 俺が負けじと返すと、ひよりの顔が羞恥に真っ赤に染まる。兄と妹の数少ない似てる点が頭の出来というのは嬉しいやら悲しいやら。

「今言うことないでしょ! バかなめ!」

 ひよりは叫んで俺の頭を足蹴にして、バタンと思いっ切り強くドアを閉めて出て行ったようだ。俺は蹴られた衝撃で横に倒れたから見てはないが。……ったく、今ので江戸幕府の歴代将軍が数人記憶から飛んだぞ。

 というか意外に気にしてたのか。

「理想的な妹だな。かなめには勿体ないくらい」

 家康、秀忠、と確認しながら起きあがると、既にケーキを食べていた伊織が淡々と言った。

「どこがだよ」

 今のやり取りのどこに理想的な兄妹の姿があったか理解できないのだが。『頑張ってねお兄ちゃん』と愛くるしい笑顔で言ってきたなら分かるが。

「容姿、兄への態度、性格、どれもラノベ的な要素は満たしていると思う。ラノベあんまり読んだことはないけど。原作がラノベのアニメを観た限りではそんな感じ」

 容姿に関しては兄の贔屓目に見ても良い方だとは思えるが。ラノベってのはあれか、ライトノベルってのだな。坂本から借りて読んだことはあるが、妹キャラは出てこなかったな。

「少ししか見てないからそう見えるだけだぞ。つか、あの態度のどこがいいんだよ。俺はマゾじゃないんだが」

「そうだったのか……」

 意外そうに呟いて、伊織はフォークを置いて鞄から取り出したノートになにやら書き込んでいる。表紙に見覚えがある気がする。

「何を書いてんだ?」

「別に。ただの生体観察」

「へえ。何て書いたんだ?」

「かなめはマゾじゃない、と」

「他にはどんなことが書かれているんだ?」

「かなめは変態とか、かなめの冗談はつまらないとか」

「やっぱりいつかのノートじゃねえか! 変態じゃないし! というか何で意外そうな反応だったんだよ、俺がマゾに見えてたのか!?」

 俺は声を張り上げてツッコんだ。

 そのノートに他に書かれてることが気に掛かるが、今知り得た情報だけで公開された日には恥辱に合うも同然だ。

 あと、嘘を書くのはやめろ。俺の冗談がつまらないとか、腹がよじれるの間違いだろ。

「仮にかなめがマゾじゃないにしても、さっきの態度は良いものだと思うけど」

 言いながら伊織はノートをしまう。

 仮に、を付けた意味が分からないが。

「伊織の理想は俺には理解できん」

 伊織は口元を少しだけ緩ませ、

「そういうものかもね」

 一人で納得したように言って、伊織はケーキを口に運ぶのを再開する。味わうように少しずつ食べ進めている

 俺は首を捻り、少し考えたが無駄な思考は明日以降に差し障る恐れがあるからやめてケーキに手をつける。

 あの店のケーキは俺も好物だ。中でもこのモンブランが一番いい。伊織は良い品を選ぶ眼があるかもな。

「確か、伊織には弟がいたんだっけか」

 伊織とだと黙々と食べることになりそうだし、まだ会話の流れが静まらないうちに俺は言った。向かい合って黙々と食べるだけというのは好きじゃない。

「それを聞いてどうする。かなめはそっちのケがあるのか?」

「ケの意味が分からんが、伊織の弟ってどんな感じなのかと少し気になっただけだ」

 会話を止めないために思わず口から出ただけだったが、少し想像してみた。

 無愛想な少年が脳裏に浮かんだ。授業中も頬杖を突いてるような、斜に構えた少年。いつも一人でいる風な。

「普通」

 伊織から返ってきたのはこの一言だった。

「普通?」

 オウム返しで俺は聞き返す。

「そう。私から見るとそれくらいしか言えない。漫画やアニメなら存在できないレベル」

「少しくらいは言えるだろ」

「じゃあ、特徴がないのが特徴」

 言い切って伊織は最後の一口のケーキを運び、紅茶を飲む。

「そうか」

 俺はなんとも言葉に迷ったあげくこう言うしかなかった。普通じゃ酷いとも良いとも言い難い。

「そう。全てテストの点数が各教科の平均点と同じとか、通信簿が五段階評価で三しかない。普通の弟だ」

「ある意味凄くないかそれは」

「友達も数人はいるみたいだし、性癖も普通。ゲームは大手のメジャーなものしかプレイしない。つまらない奴だ」

「部屋に来たりはしないのか?」

「何度か」

 伊織の普通の基準がいまいち判りかねるが、嫌ではなさそうだし、姉弟の仲は悪くはないようだ。

 俺はケーキの残りを食べると、

「んじゃ、続きといくか」

 俺は気持ちを切り替えるように言って、皿をテーブルから下げて代わりに勉強道具を載せた。伊織も息抜きになったようで、既にペンを持って真面目に取り組んでいた。

 ラストスパートだな。

 俺はシャーペンを持ち、特売のウインナーを袋に詰め込むように、明日のテスト範囲をギチギチに入れることに力を注いだ。


 それから俺は勉強に明け暮れ、伊織は途中からノートの角にパラパラ漫画(やけに上手い)を書き、たまに復習というのを繰り返しながら、二人きりの時間を過ごしていると、空は夕焼けに染まる時刻になり伊織は帰って行ったのだった。




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