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第十二話『伊織と休日』

 六月のとある日曜日の午後。

 からっと晴れた暖かい日射しの下、俺は大通りを歩いている。

 大型デパートを始めとして、大小様々な店が建ち並んでおり、人通りも多い。以前、伊織と訪れた喫茶店もこの通りにある。

 何故、俺が来ているかというと理由は特にない。しいて挙げるならば単なる息抜きだ。ここの所オンラインゲームに没頭しすぎてたからな。あんなに長時間、長期間机に向かっていたことはないくらいに。

 現実のかなめより、ゲーム内のカナメの方が活動しているといっても間違いじゃない。

 今日も午前中の家事を終えてからは、カナメは画面内で元気に動き回っていた。

 そして昼食後、天気もいいしとここに来たわけだ。坂本を誘おうとしたのだが、今日は予定があるとのことで、今は一人である。

 他に誘えるような相手がいないのは悲しくはあるが、心から気を許せる友人がいるだけでも俺は幸せなのだと思う。

 世の中には一人もいない人だって多いのだから。

――伊織は休日は何をしているんだろうか。

 ふとそんなことが気になった。

 ゲームが友達とか平然と言ってのけてたが、本当に今までいたことがなかったのかは俺には分からない。

 いないと外に出ることが少なくなるのは自身の経験から知ってるが、昔の伊織は何をしていたのか――俺は家事だったが――テレビゲームか?

 ゲームが楽しめる物だとは思えるようになったが、それはそれでうら寂しいものだ。友達と顔を合わせて他愛もない会話をするだけでも、趣味とはまた違う楽しさがある。

 俺は伊織にその楽しさを分からせてあげたい。無用なお節介かもしれないが、そうしてあげたかった。単に俺が伊織と話したいというのもあるのだが。

 思い立ったら吉日とジーンズのポケットから携帯を取り出して、伊織に電話を掛けようとして、

「あ」

 近くの本屋の自動ドアが開く音に、何となくそちらに顔を向けると、噂をすればなんとやら(少し違うか)。

「…………」

 本屋から出てきた人物は俺と視線が合ったにも関わらず、無視するように横を通り過ぎようとする。

「伊織」

 肩を掴んで呼び止めると、伊織は立ち止まり肩に乗せられた手を煩わしそうに退けてから、体を向ける。

「何か用?」

「ああ……」

 願ってもない鉢合わせだったため、俺は咄嗟に言葉が選べずにそう漏らしながら、言葉を探る。

 それにしても伊織の私服姿は初めて見る。いや、部屋着であろうジャージ姿は見たことはあるが、外出時の格好は見たことはなかった。

 黒を基調としたファッション。下は膝上丈のスカートで、目映いくらいに白い脚がスラリと伸びている。

「似合ってるな」

 思わずそんな言葉が漏れた。

 伊織は自分の服装を確認するように視線を下げてから、俺を細めた目で見て、

「……ナンパ?」

「何でそうなるんだ……」

「そう思ったから」

 答えになってない。

「まあ、頑張って。冗談さえ言わなければ上手くいく可能性はあると思う」

 そんなアドバイスを残して伊織はきびすを返そうとする。

「いや、だからナンパじゃないから。お前に会いたかったんだ」

 驚いたように振り向いた伊織は、ほんの少し顔を赤く染めていた。

「かなめ……恥ずかしくないのか? それとも冗談?」

「あ……」

 否定するために慌てて発した言葉だったが、今にして思うととても恥ずかしい気がしてきた。恋愛ドラマのワンシーンかよ。

 俺は周囲に首を回し、特にこちらを見ている人がいないのを確認してから、

「あ、いや、違う。少し言葉の選択を間違えただけだ」

「もっとクサいことを言うつもりだったのか?」

「んなわけあるか!」

「じゃあ冗談か。悪いけど、笑えない、ごめん。すいません」

 淡々と謝られた。しかも三回も。

「いや、冗談でもなくて、伊織に用があって、大した用ってほどでもなくて……」

 意味のない手振りを交えながら言葉を探るが、上手いのが見つからない。

「ハッキリして。リアルであやしいひかりでも浴びて混乱でもしてるのか?」

 僅かに顔をしかめて伊織は言う。

 電話して俺は何て言おうとしたんだっけか……ばったりと会ったからか脳から言葉がこぼれ落ちてしまっていたみたいだ。

「あのさ、今暇か?」

 伊織は少し反応に困ったように黙っていたが、

「そう見える?」

 用事を済ました後でそう見えなくもないといった感じだ。

「よかったら、今から遊ばないか?」




 意外にも伊織は俺の誘いを受けてくれた。ただし、一つの条件を提示されたが。

 場所は喫茶店。以前に伊織と来たことがあると言えばおのずと一つに絞られるから、これ以上の説明は不用だろう。

 俺と向かい合って座る伊織はというと、チョコレートパフェを、美味しいのか不味いのか表情からは窺い知ることはできないが、黙々とスプーンで口に運んでいる。

『じゃ、パフェでも奢って』

 というのが伊織が出した条件だ。

 いつ満たせばいいのかは決められてなかったが、梅雨の中休みで久方ぶりの出番に張り切っているらしき太陽の下で話すよりは、涼みながらのがいいと、まずそうすることにした。

 小遣いが入ったから、またドデカパフェを頼まれても任せろとばかりに支払うつもりだったが、普通サイズのパフェに少し拍子抜けした。さすがにあのサイズを一ヶ月も経たないうちにもう一度平らげることはしないか。

 俺は角砂糖を三つ溶かしたコーヒーをすすってから、

「パフェ、好きなのか?」

 沈黙に耐えかねてようやく出た言葉がこれだ。この前はジョブを選ぶという話題があったが、今回は具体的な話題はない。

「……まあ」

 とだけ返して伊織はまたパフェを味わうことに集中する。

 うん。話題が続かない。ひよりや坂本はあちらから話題を振ってくれるタイプだから、俺はそれを返すだけで困ることはなかったが、伊織みたいなタイプとはどう付き合っていけばいいのか分からん。

 ああ、見栄張りました。

 そもそも人付き合いがそれ以外にほとんどありませんでした。

「あ、本屋で何を買ったんだ?」

 俺は視線をさまよわせ話題を探した結果、伊織の隣に置かれた本屋の袋を見て聞いた。

「ゲーム雑誌」

 淡々と伊織は答えた。

「オンラインゲームのことでも載ってるのか?」

「多少は。家庭用ゲームの情報が中心だけど」

「家庭用? オンラインとは違うのか?」

「多少は。パソコンじゃなく、専用のゲーム機用に販売しているソフトのこと」

「セガ○ターンとかか?」

「かなめはズレてるな」

 伊織はどこか冷めたような瞳を俺に向ける。カウンター席の中年男性が頭に手をやっているのが目に入ったが、俺の何がズレてるのかは見当が付かない。

「そういうのって、テレビがないとできないんじゃないのか?」

 伊織の部屋には地デジ化も関係なくテレビはなかった。

「パソコンの液晶モニターに繋げばできるけど、今は携帯ゲーム機しかない」

「そうなのか。オンラインゲーム以外もやったりしてるのか?」

 そういえば、ノートパソコンをかなりコンパクトにしたような機器があった気がする。

「少しは」

 答えて伊織は液体になりかかってるパフェの残りを、ジュースを飲むように口へと流し込んで、空になったグラスを置き、

「で、どこに行くの?」

 糖分多めのコーヒーで脳を活発に働かせてそのことを考えていた。どこに行けば伊織が楽しめそうかと思考を重ねた結果、

「ゲーセンとかはどうだ?」

 俺が伊織の趣味で知ってるのは、ゲームが好きしかなく、ここしか思い浮かばなかった。

「ゲーセン……」

 俯き加減で伊織はつぶやく。

「駄目、だったか?」

 伊織は顔を上げて小さく首を振り、

「ううん。それで構わない」




 店を出て、俺たちは大通りにあるゲームセンターで遊んだ。

 俺は過去に二回程しか来たことはないと伊織に言ったら、伊織は初めてだと答えた。

 相変わらず感情を表情に出してはいなかったが、行動はデパートの屋上コーナーではしゃぐ子供のように、次々とゲームをプレイして、両替した百円を湯水のように消費していた。

 伊織のゲームの腕前は凄いらしく、様々なゲームでハイスコアを更新していた。

 坂本が言うには、ここは腕に覚えがあるゲーマーも訪れていて、スコアを塗り替えるのは難しいとか言っていた。

 ワンコインで二人プレイ可能なゲームでは、伊織と並んでプレイしたが俺は散々たる結果で、その度に伊織に鼻で笑われたが、俺にはさしたる自尊心もないし、伊織が満足できたならよしとしよう。

 中でも格闘ゲームはギャラリーができるくらいに注目を集めていた。

 俺には何がどう凄いのか分からなかったが、ギャラリーがヒソヒソと話してたのを聞く限りじゃ、ゲーセンのナンバー2を倒したとかなんとか。まあ、とにかく上手いらしい。

 そして、ゲームを終えた伊織は注目されてたことに気付かなかったらしく、顔を伏せながら俺へと早足で寄ってきた。頬は少し赤く染まっていて、俺は可愛い一面を見てしまったと思ったが口には出さなかった。


「そろそろ帰るか?」

 ゲームショップから出て俺は携帯で時刻を確認しながらそう口にする。

 ゲーセンの後、適当にブラブラとして時刻は五時前となっていた。

「そう」

 伊織が言ったのを聞いて歩きだすが、伊織が来る気配がないのを感じて後ろを振り返る。

「伊織?」

 俺とは反対方向に歩いている伊織へと駆け寄る。帰るなら途中まで道はいっしょのはずだ。

「他にどこか寄りたい場所でもあったのか?」

「まあ」

 伊織は足を止めることなく、短く言った。

「じゃ、俺も付き合うよ」

「別にいい」

 淡々と伊織は断る。

「俺が行くとマズい場所なのか?」

 下着売り場とかくらいしか俺の貧困な発想力では思い浮かばないが。

「そうじゃないけど、時間掛かると思う。多分」

「それなら気にしなくてもいい」夕飯の仕度ならひよりに任せられるし「どこに行くんだ?」

 俺が聞くと伊織は立ち止まる。信号が赤だからだが。伊織は上目遣いを俺へと向け、躊躇うように口を小さく開いては閉じるのを繰り返してから、

「……笑わない?」

 睨むような細めた目つきをしながら伊織は聞いてくる。伊織には珍しく不安がかいま見える表情だ。

「笑わない」

 俺は顔を引き締めて強く言った。

 伊織は息を整えてから、ボソリと、

「……携帯ショップ」

 驚きの声が出そうになったのを抑え、

「携帯買うのか?」

「私が持つのは変だといいたいのか?」

 そう言う伊織の声にいつもの調子はなく、どこか弱々しかった。

「いや、全然。それより、どこの機種にするつもりなんだ?」

「まだ決めてない」

 信号が青になり、俺は再び歩き出すと、少し遅れて伊織も並ぶ。周辺には三大携帯会社のショップが揃っていて、顧客を獲得しようとしのぎを削っている。

「だったら、あそこはどうだ?」

 と、広い道路を挟んで向こう側にある携帯ショップを指さす。伊織は指した方向を見る。

「……友達紹介キャンペーン」

 店先に立てられたのぼりに書かれているカラフルな文を伊織は独り言のように読んだ。

「そうだ。同じ携帯会社の機種を使っている友達を連れて新規契約を申し込むと、一万円のキャッシュバック。学生の場合は五千円の機種代金割り引き。更に指定した五人までなら通話・メール料金が50パーセントオフ! 今ならお得。らしい」

「かなめは業者の営業マンでもやってるのか?」

 疑うような瞳を向ける伊織。

「いや、あの店のガラスドアの張り紙をよく見てたから覚えてただけだ。暇だったから」

「寂しいと思わない?」

「……まあ、な」

 俺は顔を逸らす、否定をできないのが悲しい。スーパーのチラシ以外にも割り引きという単語にはつい目が止まってしまうしな。



「つまり、一万五千円得なのか。……指定五人もいないけど。必要ないオプションだ」

 伊織の言葉に俺は同意する。

「そんなに頻繁にメールや電話をする相手もいないしな。一応、家族と坂本で四人登録してるが」

「私は……誰もいないか」

「家族とかいるだろ」

「じゃあ、とりあえずそうしとく」

「あと、誰かいないか?」

 俺は期待を込めて聞く。伊織の家族は良心に弟だと言ってたから、あと二人分はある。ほら、ゲームのことで連絡取れたらいいなという相手がいるだろ。

 伊織は少し考えるように俯いてから、

「いない」

「いや、俺は!?」

 思わず抗議するように声を上げてしまった。図々しかったか。

「友達紹介キャンペーンじゃなかったの? 紹介した……友達……は、自動でそうなるものなんじゃないのか」

「あ、そうか」

 うっかり失念していた。あらぬ心配を抱いてしまっていたな。

「……安く済むから。仕方なくだけど」

 早口で言い、伊織は歩道橋の足早に階段を上がっていく。引っかかるような言い方だが、これが伊織だからそれほど気にはならない。

「そうか」

 俺は緩んだ口元を引き締めてから伊織を追った。



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