第十話『はじめてのパーティ』
オンラインゲーム『CROSS・FANTASIA』
今から一年前に発売されたこのゲームは、突き抜けた個性的なシステムはないが、丁寧な作りと自由度の高さからネット上の評価をぐんぐんと伸ばしていき、比例してプレイヤーの数も増えて、今や十万人規模となり、今一番注目されているMMORPGとなっている。
ちなみに伊織は約十ヶ月前に始めたそうだ。
そんな話を教室で伊織と交わしたりして、次第に俺もオンラインゲームのマナーや用語を理解していった。一つ覚えるたびに伊織の辛らつな言葉が突き刺さりはしたが、おかげで俺もだいぶオンラインゲームを分かってきた。まだ知らないことの方が多いだろうが。
ここ数日は毎日、夜にはログインして伊織に言われた通りクエストを進めた。一人で。
初心者向きのクエストだから、伊織は別行動で育成をするとのことだ。
俺はチュートリアル要素を兼ねたクエストをクリアしていき、セントラルで受けられる他のクエストもクリアし、俺は結構慣れてきたのではないかと自負できるくらいにはなり、より面白いと思えるようになってきた。
まだレベルは低いから覚えた特技は少ないが、それぞれに特色があり上手く使えば戦闘がかなり楽になる。
これは一例だが、戦士の初期スキル『振り下ろし』だが、これに続けて戦士のジョブレベル3で覚える『振り上げ』を繰り出せば与えるダメージが増える。
単純だがタイミングはシビアで、振り下ろしで武器が完全に振り下ろされる前に振り上げを行わなければならない。少しでもタイミングがズレると通常のダメージになる。
猶予フレームは7だとか伊織が説明してくれたが、俺は首を捻るしかなかった。坂本は『余裕あるな』と分かったように頷いていた。
ちなみにスキルは各ボタンに登録できる。キーボードにも登録できるが、入力はし辛いため、コントローラーの利便性を認識できた。
これはあくまでも一例で、他のスキルにもスキル説明文以上の能力が含まれてるのが殆どだとは伊織談。スキルを使い込むことで熟練度が上がり、一定以上になることで覚えるスキルもあるとか。
奥深さに感心するとともに理不尽さも感じたが、今だと交流掲示板もあり、ゲーム内のプレイヤーの話題のタネにもなって自然と広まっていくものだとか。
これの他にも戦闘システムにアクション的な要素が含まれており、単純にレベルの差では強さを量れないのも人気に一役買っているとか。
まだまだ俺はモンスターに倒されないようにするのが精一杯だが。
俺がCROSS・FANTASIAを始めてから一週間が経った。
『何だそれは……』
セントラルの噴水前に立つネピアに対して俺は驚きを隠せなかった。
『それ、って何が? 具体的に言うこともできないのかカナメは』
わざわざ人を罵るような言葉を打つのは面倒くさくないのかと思いつつ、
『何だそのレベルは』
ネピアとはここ五日――つまりは一つ目のクエストをクリアした日以来――ゲーム内で会ったことはない。ずっと一人で淡々とクエストを消化していってたし。
久しぶりという言葉を用いる程の期間じゃないが、久しぶりに見るネピアは変わっていた。
外見が全身を覆う黒のローブに同色のとがったつば広の帽子をかぶった、闇と同化しそうなファッションになってるのは別にいい。
このゲームは装備がキャラのグラフィックに反映されるからな。カナメも今は鉄の胸当てに皮のズボンを身につけてるし。
カナメが身につけてるのはは今のレベルで最高の防御力になる装備だが、ネピアのはどうだろう。統一感はあるから趣味も含まれてるかもしれないが。
それよりも俺をびっくりさせたのはそのレベル。
『表示でもバグってる?』
ネピアはきょとんとした顔でハムスターのように小首を傾げる。画面の向こうで操作している本人より表現は豊かかもしれない。
『いや、そうじゃなくて、やけに高くないか?』
『普通。カナメの方が低すぎだと思う』
そりゃ、ここ最近はクエストしかやってなかったし、一日二時間程度だったからレベルは6ではあるが。
『でも、18って高くないか?』
伊織は休みなく登校してきていたし、そこまでプレイ時間はないはずだが。
『普通だと思うけど』
『一日何時間プレイしてるんだ?』
『多いときは10時間』
『多すぎるだろ!』
伊織の普通の基準が分からない。
寄り道せず帰宅してすぐに始めたとしても、日付が変わってる時間がなんだが。
『飯はちゃんと食べてるんだろうな』
『食べてる。狩り中は単調だし』
『……飯は行儀よく食べろよ。風呂は?』
『変態なのかカナメは。 ……あ、そういえばそうだったっけ』
『何でいきなり変態扱い!? そういえばって俺が過去になにかした風に言うな』
『私が入る時間を聞き出して、その時間にカナメも来るつもりだろうし。壁を挟んだ向こう側にいる同級生の裸を想像して興奮する計画かと先読みして返した』
来るつもりというのは近所の銭湯のことだろう。伊織の部屋には風呂はなかったから、そこを利用しているのと考えるのが自然だ。
俺も幼少の頃行ってた時があったな。誤解がないように言っておくが、親父といっしょだったし男湯しか入ったことはない。
……って、んなことはどうでもいい。誤りだらけの先読みをしないでくれ。
『したじゃないか。私の部屋に上がり込んで下着を見つけて、匂いを嗅いで、ハァハァした』
『いや、確かに下着を見つけたりはしたが、とんでもない尾ビレと背ビレを付けないでくれ。あと、わざわざ想像しに行くわけがないだろ』
『……部屋で想像するの?』
『しねえよ。風呂に入ってるのか聞いただけだ。それだけプレイしてるから気になったんだよ』
『二日に一回は行ってる。今日はもう行ってきた。残念だったな』
いや、何が残念だよ。伊織の脳内にある人物表の俺の項に変態だと書かれているなら今すぐ消してくれ。代わりに紳士とでも書いとけ。
『それで十時間って……いつ寝てんだよ』
『三時』
『睡眠時間少なすぎだろ』
『五時間あれば十分。けど、眠い時は早めに寝るようにしてる』
八時起きか。すぐに出たとして、伊織の部屋からだと始業チャイム五分前といった時間だろう。そういや伊織はいつもギリギリの時間にのっそりと登校してきてたな。
布団から出て制服に着替えて、と考えたらそうなるか。
『まあ、体には気をつけろよ』
『カナメに心配される筋合いはないけど、気をつける』
お、意外に素直。
『それにしても、十時間やって18だと俺が追いつくのは相当先になりそうだな』
単純計算だと五倍の日にちが必要ってことになる。
『メインの方を主に使ってたから、ネピアは一日三時間くらいしか育ててないし。効率の違い』
『効率って、そんないいやり方があるのか?』
『経験値のいいクエスト回したり、人の少ない狩り場で無駄なく狩り続けたり。他にもいいやり方はあるけど、私はそうしてた』
『他にもというと?』
『パーティがいいんじゃない。場所が悪いか、役立たずが多いと、ソロより稼ぎにくかったりするみたいだけど』
『役立たずか……』
ただ剣で攻撃するだけの俺はそちら側に分類されるんだろうか。
『自覚してるみたいだけど、カナメはそんなことないと思う。パーティで役立たずというのは、会話ばっかりだったり、回復アイテムを持ってなかったり、最低限のことが出来てない奴のこと。カナメは役立たずというより実力不足』
否定できないのが悔しい。クエスト中、他プレイヤーの様子を窺ったりしていたが、動きにキレがある戦い方をしてるプレイヤーもいたし。
『伊織もパーティ組んだりして上げたりしてたのか?』
見ず知らずの他人と組んだら伊織はどんな接し方をするか気になった。俺に対するようになじるのか、はたまた借りてきた猫のように黙っているのか。
校内だと後者だし、ゲーム内でも多分そうだろう。他人に対してまで『使えない』『お前はバカなのか?』とか言ってたら、パーティから追い出されるだろうし。
『野良パーティ入ったのは以前に何回かしかない。今は殆どソロ』
『ソロ? 三刀流の使い手のことか?』
俺が聞くと会話がしばし途絶えた。
『パーティに参加せずに一人で行動すること』
『一人か。誰かと組んだ方がいいもんなんじゃないのか?』
それが多人数参加型RPGの魅力と伊織からかりたPCゲーム雑誌にも書いてあった。
『利点もあるし欠点もある。利点は、他人に気を使う必要が少ない、アイテム分配しなくていい、カナメと会話しなくていい、とかだ。欠点は、効率の悪さになるけどこれはジョブと育て方によって変わる。……あとは他のプレイヤーと接する機会が極端に減るけど、これを欠点にするかは人による』
ハハハ……今も迷惑だったりするのかね?
『パーティはどうなんだ?』
『ソロの逆。カナメは少しは脳味噌を働かせないと腐ると思う』
日々の授業で無理矢理働かせてるから、腐ることはないと思うが。それに最近はゲーム知識まで入れられてるし、フル回転状態だ。
『ってことは、手っ取り早くレベルを上げるにはパーティがいいんだな』
『そう。カナメのレベルなら狩り場は“レシア洞窟B2F”がいいんじゃない』
レシア洞窟か。入ったことはないがクエストの途中に見かけたことはある。
『じゃ、今日はそこに行くか』
と、カナメはきびすを返し意気揚々と歩きだそうとすると、
『ま、早く私に追いつくことだな。頑張って』
振り返ると、ネピアは立ち尽くして暇そうに欠伸をしていた。
『いっしょに行かないのか?』
『PT内でレベル差があると獲得経験値が減るから私が加わると効率が悪くなる。それにPTはあまり好きじゃない』
だったら仕方ないのかもしれないが、後者の理由の方が本音に近いだろう。
『そっか。まあ、なるだけ早く追い付くように頑張るから、その時はいっしょに組んでくれるか?』
『考えなくもない』
『じゃあ行ってくる』
手を振ってみたが、ネピアは応えることなく光に包まれ消失した。ログアウトかメインキャラに変更したか。
素っ気ない反応だったが、ネピアのレベルに近づいたら組んでくれるかもしれないってことか。
伊織が俺に戦士を進めた時に言ったことはしっかりと覚えている。
早いところ追い付いて、ネピアの盾になってやらないとな。
俺は部屋にある時計を一瞥し、急いで狩り場へと向かった。
このゲームに限ったことではじゃないらしいが、MMORPGにおけるパーティの組み方というのはおおまかに分けると二種類ある。
知り合いを誘って組むか、同じ目的を持つ他人と組むか。
後者のことを野良パーティと呼ぶらしい。
俺はその野良パーティに加わるために現在レシア洞窟の1Fにいる。同じくレベルを上げる目的を持つ人達がいればいいがと思いながら。
初めて入ったレシア洞窟のモンスターは、レベルの割に手強かった。遭遇したらあちらから攻撃してきたため、応戦してみたが回復アイテムを二個消費してしまった。
その分、倒して得られた経験値は、草原にいた同レベルの敵より高くはあったが、一人で狩るのは危険だし、何よりは回復アイテムの消耗が激しく、金銭面でも効率がいいとは言えなかった。
モンスターをいなしつつB2Fへと下りる。ゲームだから当然なのかもしれないが、光が届かない場所であるはずなのに明るかった。
B1への階段から離れ洞窟の奥へと進んでいく。
ここまですれ違う人は見かけたが、誰もが単独行動でパーティを組んでる人はいなかったが、ここにパーティはあるんだろうか。
野良パーティは狩り場で結成されることが多いと聞く。街で募集していることもあるらしいが、それは希少でこちらのパターンが圧倒的とのことだ。
経験値の高い敵がいる狩り場は人も多く、自然とパーティが出来ていくものらしい。
「いた!」
集団のプレイヤーを見つけて俺は画面前でつい声を出してしまう。
隣室ではひよりがもう寝てるだろうから、なるべく静かにプレイするように心がけてたが、気分が高揚してしまっていた。
カナメは岩影に隠れるようにして、パーティらしき集団の人数を数えていく。
どうやら五人のようだ。一つのパーティの最大人数は七人だから空きはあるようだ。
カナメはその集団へと駆け寄った。
緊張した手付きで文字を入力する。
『あの、パーティに参加したいんですが』
そう言うと、複数のモンスターに魔法や剣で攻撃している中、一人のプレイヤーがこちらへと近寄ってきた。
『いいですよ』
と笑顔を浮かべる動作をして、パーティに誘ってくれた。
『よろしくお願いします』
以前、伊織に教わった通りに礼儀よく述べると、口々に『よろしく』と返ってきた。
多人数での狩りは効率がよく、気のいい人が多く談笑を交わしているうちに時間を忘れて、やめるころには明日に響く時刻になってしまっていたが、数時間で三レベルも上げることができたのだった。