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赤い月夜の館  作者: 琶苑
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屋敷の静かな夜



屋敷につくころにはキキョウの痺れは取れていた。


センリが飲ませた薬のおかげだろう。



キキョウを横抱きにしていたシオンに、「痺れがとれたからおろせ」と言ったのでシオンはキキョウをおろした。



「お前軽すぎ。ちゃんと食べてるのか?」


「不死者には食事は必要ない。何もしなくても死ぬことはないのだから……」


「ふぅん」



キキョウは屋敷の入口の扉を開ける。


屋敷内に入るとたまたま玄関付近にいたグレイがキキョウの姿を見て驚いていた。


驚くのも当たり前である。

キキョウの着ている白い生地のワンピースには血が付着しているし、傷もまだ塞がっていないから傷口から血は流れ出ていたのだから。



「キキョウ、その血は?帰りが遅くなったことに関係しているんですか?」


「途中で悪魔払いに遭遇した」


「悪魔払いに!?大丈夫でしたか?」


「レオンなら大丈夫だ。シオンが守ったからな」



キキョウは自分の後ろに立っているシオンを指差して言った。

しかし、グレイはそんなシオンには見向きもせず、キキョウの両肩を強く掴んでキキョウに言った。



「あなたの心配をしてるんですよ!どう見てもあなたの方が重傷です」


「私の心配は無用だ。私は不死者だから死ぬことはない。治癒能力はお前たちに比べれば弱いが、直に塞がる」


キキョウはそう冷たく言い返すと、まだ塞がっていない傷口を抑えて血が出ないようにした。


そのまま自分の部屋に戻ろうと足を前に進ませようとしたが、いつまでたっても前に進むことはできなかった。

なぜなら、シオンがキキョウの腕を掴んでいたからである。



キキョウがシオンの手を振り払おうとしてもシオンはしっかりと掴んでいて振り払うことはできなかった。



「なにか用か?」


「せめて、傷口が塞がるまで包帯でも巻いてろ。血がでっぱなしだと床が汚れるだろ」



シオンがキキョウの下を指差しながら言う。

実際に床はキキョウの血で汚れていた。


「……分かった。傷口が塞がるまで包帯でも巻いておこう」



キキョウが包帯を巻くことを承諾すると、シオンはキキョウの手を放した。

自分の部屋に戻ろうとするキキョウにシオンは「それから」と付け足した。



「ルリにやって貰えよ」


「自分で出来る」


「お前がやると仕上がりが適当になりそうだから、ルリにやって貰え。

それとも、俺かグレイにやってもらうか?ルインの奴にその血を舐めてもらうってのも有りだな」



傷口がある場所は胸。普通に考えれば男にやって貰うわけにはいかない。



「……分かったよ」



キキョウはいやいやながらも了承したようだ。

グレイの話しによるとルリは台所で夕食を作ってるようだ。



「血の匂いがするかと思えば、お前の血か」



キキョウが台所に向かおうとした時、この屋敷の主人ルインの声が聞こえた。

いつの間にか階段を降りてきて玄関ホールにいたのだ。


グレイは主人であるルインに対して頭を下げ、その場を立ち去り自分の仕事に戻る。


ルインはキキョウに近づくと、キキョウが傷口を抑えている方の手を取る。

そして、キキョウの手をそのまま自分の唇に近づけた。


キキョウの手についた血を舐めたのだ。



「ん……」



手を舐められているキキョウはくすぐったいようで、ピクッと指が動いた。

キキョウの血を舐めるルインの舌を止まることはなかった。


ルインに血を舐められるのが嫌なキキョウは手を引っ込めようと力を入れるが、キキョウの手はビクともしない。



「(なんて力だ…。この男、それほど力を入れているようには見えないのに……!)」



キキョウは自分の手を舐めているルインを睨みつけた。

彼女が今できる抵抗だろう。



「……人前でセクハラすんなよ」



その様子を横からずーっと見ていたシオンはあきれ顔で言った。


シオンにそう言われると、ルインは血を舐める舌を止めてその赤い目でシオンを見る。



「お前もどうだ?」


「いらねぇよ」

「キキョウの血は嫌いか?」



「ただ喉が渇いてないだけだ。それに必要なとき以外は吸血なんてしたくないしな」




ルインは「そうか」と言うと、再びキキョウの手に残っている血を舐め始めた。



手にあった血を全て舐めとると、ルインはキキョウの手を放した。

キキョウはバッと強く手を引くと、その場を立ち去る前にまたルインを睨みつけてルリの元へと歩いていく。

キキョウがいなくなるとシオンは背伸びをする。



「さてと、そろそろレオンに躯を返すか」


「シオン」


「ん?」



シオンがレオンに躯を返そうとしたとき、ルインがシオンを呼び止めた。

ルインはシオンと真っ直ぐ向き合う。



「いつまでレオンにお前のことを隠しているつもりだ?」



レオンだけがシオンの存在に気付いていない。

他のみんなもレオンにはシオンのことは言っていない。



「俺は隠してるつもりはないぞ。レオンに言おうにも伝えれないからな」



シオンが言うには、レオンの時の記憶はシオンにはあるが、シオンの時の記憶はレオンにはないらしい。

いずれレオンにもシオンの時の記憶を持つようになるようだがそれがいつになるかは分からないようだ。



「ならば俺から伝えてもいいのか?」



「好きにしろよ。話はそれだけか?なら俺は寝る」


シオンは大きく欠伸をすると、レオンの部屋へと戻り制服姿のままベッドの上で眠りについた。



レオンが目を覚ましたのはそれから5時間後のことだった。

時計を見ると現在の時刻は午前0時。



あれ?俺は確か悪魔払いに襲われてたはずじゃ…?

その割には怪我がないけど…?



!?



「キキョウは!?」



キキョウは大怪我を負っていたはず!

キキョウは大丈夫なのか?



ガバッとベットから起き上がると自分の部屋を出てキキョウを捜す。


「どうしたんですか?何か慌てて捜しているようですが…?」



たまたま俺の部屋の近くにいたグレイが驚いた顔をして俺に話しかけてきた。


俺はグレイの肩をガッと掴んだ。



「キキョウは!?キキョウはどこにいるんだ!?」


「キキョウさんならご自分のお部屋にいますけど、今は…ってレオンさん!」



キキョウ、無事でいてくれ!


俺は勢いよくキキョウの部屋の扉を開けた。


「え?」




レオンは部屋の中を見て唖然。


キキョウの部屋にはキキョウは勿論いて、他にルリと知らない女がいる。


それだけなら問題ないのだが、キキョウとルリが服を脱いで着替えをしているのだ。


ルリとキキョウは最初のうちはレオン同様に唖然としていたが、すぐにキキョウとルリは手にしていた服で自分の体を隠す。


ルリにいたっては表情がだんだんと怒り、部屋内にある本や時計などをレオンに投げてきた。



「ヘンタイ!のぞき!」


「うわっ!ちがっ!」


「あっち行きなさいよっ!」




レオンは慌てて物が当たらない所まで移動し、部屋から離れた。



「最後まで人の話を聞かないからそうなるんですよ」



いつの間にかグレイがレオンの横に立っていた。



「そういえばさっき知らない人がいたけど…。それにあいつら何やってたんだ?なんか服がいっぱい散らばってたし」


「あの女性はルイン様専属のデザイナーです。今回はキキョウさんとついでにルリの服を見繕いに魔界から呼んだんですよ」


「キキョウの服を?」


「キキョウさん、まともに服を持っていないらしいので…」


「ああ…」



キキョウと初めて出会ったときに着ていたあの汚れてボロボロの男物の着物。

おそらくは他に着るものがなくて、何度も着ていたのだろう。



「レオンさん、今は暇ですか?」


「え?まぁ…」


「でしたら、ルイン様の部屋まで運んで欲しいものがあるんです」


「?」




グレイに頼まれ、運んで欲しい物を取りに、居間まで取りに行く。

運ぶ物は体と同じくらいの大きさの白い箱だった。

見た目通りにその箱は重く、運ぶのは大変だったけどなんとかルイン様の部屋まで運ぶことができた。



グレイは箱をルイン様の部屋のソファの前にあるテーブルの上に置いたから俺も同じようにテーブルの上に置いた。



「……なんだこれは?」


「魔界にいるルイン様の兄君、シェイド様から送られたお見合い写真です」



ルイン様って兄がいるんだ…って、見合い!?


ルイン様、千年以上生きてるのに未だに未婚者だったのか…。

いや、屋敷に奥さんがいないから分かってたけど…。



「兄上から?」


「シェイド様から『いい加減にお前も婚活したらどうだ?』とのことです」


「兄上だって未婚者だろ」


「シェイド様曰わく、『一人の女性に縛られるのは俺の主義じゃあない』だそうです」


「兄上らしいな」



ルイン様はため息をつきながらも笑っていた。


ルイン様は仕事机から立ち上がると、箱を開けてお見合い写真を見始めた。



魔界の女の人ってどんなんだろう?



「興味があるならレオンも見ていいぞ」



俺が見合い写真をジーっと見ていたのに気がついてたようでルイン様が見ていいと許可をくれた。


さっそく手にとって見合い写真をみる。



……なんてゆーか魔界の奴らなだけあって体が動物っぽかったり、目が3つ以上あったり人型じゃないのが多いな。


あ、この女は人型だ。

けっこう可愛い顔してるし。



「グレイ、こいつは誰なんだ?」


「この方はスノー族のセルシウス伯爵の1人娘の“フェリス=セルシウス”様です」


「スノー族?」


「氷や雪を自在に操ることのできる種族です。

日本風に言い換えますと雪男や雪女といった類ですね」



なるほど……。



「フェリス様といえば、先ほど魔界からお手紙が届いたのですが…セルシウス伯爵の屋敷で明後日、パーティがあるそうです」


「セルシウス伯爵の屋敷で…。やはりフェリもいるのか?」


「当然です。フェリス様もセルシウス家の者ですから」



ルイン様の顔が真っ青だ!

あんな顔のルイン様、見たことない…。



「出席しない、というのは出来ないのか?」


「ダメです。パーティ内容は、セルシウス伯爵のご子息の婚約パーティですから」


「ハァ……」


ルイン様がため息をついて下を向いた。

そんなにパーティに出たくないんだろうか?

それともフェリスさんに会いたくないんだろうか?



「ルイン様、そんなにパーティに出たくないんですか?」



俺が質問すると、ルイン様は真っ青な顔を俺に向けて答える。



「社交が面倒だし、なによりフェリがいる。フェリは思い込みが激しい性格なんだが…」


「思い込みが激しい?」

「あれは三百年前だったか?

俺が魔界でたまたま親しくなった女と話していたら偶然それをフェリが目撃してな、フェリは俺とその女が付き合ってると思い込んだらしくその女を氷づけにしたんだよ」


確かに少し思い込みがあるけど…。

親しげに話してればそう思い込むのも無理ないよなぁ。



「四百年前なんか、魔界の屋敷にいた時、すれ違ったメイドに探していた物の在処を聞いただけで、そのメイドを氷づけにしたこともあった」



それはちょっと思い込みすぎかも…。



「ルリも標的にされたこともあったな」



ルリも?



「フェリス様はルイン様を愛していますからね」



ルイン様はフェリス様に愛されてるのかぁ…。



「迷惑この上ないな」


またルイン様がため息ついた。

今のため息は今までで一番大きいかも…。


「とにかく、婚約のことを少しは考えてくださいね」



グレイはルイン様一礼すると背を向けてルイン様の寝室を出ようとする。

俺もグレイのあとを追うように部屋を出ようとしたけど…。



「レオンは待て」



とルイン様に呼び止められた。

グレイが部屋を出て行くと、ルイン様が俺を真っ直ぐに見た。


何の用なんだろう?



「お前、最近一部の記憶がないだろう?」


「え!?どうしてそれを…」



俺、誰かに言ったっけ?

でもルイン様、鋭そうだし俺の言動から分かったんだろうなぁ。



「お前が最近記憶がない理由を俺は知っている」


「え?」










服の新調が終わったキキョウとルリはメイド服に着替えて部屋を出た。

ご機嫌なルリとは反対にキキョウは疲れている様子だった。


疲れているキキョウに気がついたルリは話しかける。



「どうしたのよ?元気ないわね」


「お前は元気だな」


「当たり前よ。新しい服が着れるのよ。オシャレの幅が広がるじゃない」


「服など一着あればいいだろ」


「あんたねぇ、女なんだから少しは身なりに気を使いなさ--」




バンッ




突然、ルリの言葉を遮って強く扉を開ける音が響いた。


扉の音はルインの寝室からだった。

ルインの寝室を勢いよく出たのはレオンだ。



レオンは目を赤くして屋敷を勢いよく飛び出した。



「なに?一体どうしたのよ?」


「…シオンがいるから大丈夫だとは思うが、一応行ってくる」



キキョウはルリにそう告げるとレオンのあとを追い、屋敷を出て行った。



キキョウが屋敷を出たあとでルインが寝室から出てきた。


騒ぎを聞きつけたグレイとレオンの状態を見ていたルリがルインに話を聞くため、ルインに近寄った。



「ご主人様、一体どうしたんですか?レオンの様子からただ事じゃないですよね?」


「レオンにシオンのことを話した。それとシオンがキキョウの血を吸ったこともな」


「レオンさんに…。突然言われて気持ちの整理が出来ないのでしょうね…」


「レオンはどうした?」


「屋敷を出て行きました。キキョウがあとを追ったから万が一襲われて大丈夫だとは思います。シオンもいるわけですし」










屋敷を飛び出したレオンを捜しているキキョウ。

キキョウは屋敷からはそれ程離れていない場所を捜していた。



「確かこっちの方に……」



キキョウがキョロキョロと首を動かしていると、人影が目に留まった。


その人影は勿論、レオンだった。


キキョウはレオンに歩いて近づき、声をかけた。



「ここにいたのか」


「キキョウ…」



声をかけられて初めてレオンはキキョウの存在に気がついた。



「屋敷が近いとはいえ、夜に外に出るのは危険だ。

魔族に襲わるぞ」


「ごめん…」




レオンの声からは張りがない。

キキョウがレオンの顔を覗くと、レオンの表情は暗く、更に目が赤かった。



「(泣いていたのか?)」


「ごめん」



突然、レオンがキキョウに対し謝罪をした。

なぜ、自分が謝られているのかまったくキキョウは理解が出来ない。



「その謝罪はなんだ?」


「俺、キキョウの血を吸っただろ。その謝罪だよ」



レオンはシオンの時のことを話している。



「それはお前ではなくシオンだ。それに私は不死者だから死ぬこともない。お前が謝る必要はないはずだ」


「でも、シオンも俺だから…」


「そんなに自分の中に別の奴がいたのが嫌なのか?」


「俺は嫌だな。知らない奴が俺の中にいて、意識がない間に俺の体で好き勝手やってるんだから」



レオンはキキョウに「嫌か?」と聞かれ、自分の素直な答えを言った。



「お前がシオンを拒むのは勝手だが、シオンには礼を言うべきだと思うがな」



キキョウの言ったことを不思議に思ったレオンは今まで下を向けていた顔を上げ、キキョウを見た。



「礼を言う?どうして?」


「シオンはお前の命を助けたからだ」


「え?」


「考えてみろ。お前が意識を失う時はお前の身に危険が生じたときが殆どではないか?」


「……」



レオンは意識を失うまえの記憶を掘り起こした。




……キキョウの言う通り、考えてみれば俺が意識を失う時は決まって俺が危険なときだ。

狼男に襲われたときも、キキョウに襲われたときも、悪魔払いに襲われたときも意識は失ったけど、こうして生きてる。



「でも、どうして俺の中に……?」


「シオンはルインを殺すために躯が必要だったと言っていた」

「だからって何で俺なんだ?」


「詳しくは知らないが多分、躯にするには何か条件があるのだろう」


「条件ってどんな条件なんだ?」


「私は知らないが、シオンかもしかしたらルインが知っているんじゃないか?」


キキョウがそう言った直後、座り込んでいるレオンに手を差し伸べる。



「いつまでもここにいても事実は変わらない。とりあえず屋敷に戻るぞ」



キキョウの手を取り、レオンは立ち上がる。

レオンが立ち上がったのを確認するとキキョウは背を向け、屋敷の方へ足を進めた。



「キキョウ、ありがとうな」



レオンに突然、礼を言われたキキョウは足を止めて顔だけレオンの方を向いた。



「なぜ礼を言う?」


「キキョウと話してたらスッキリしたから…。話を聞いてくれたお礼だよ」


「そう…」



二人は月明かりの下、屋敷へと戻っていった。

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