第1話 魔界からの暗殺者
ゲームや映画なんかでよく吸血鬼やゾンビ、狼男は出てくる。
それは架空の化け物であって現実には存在することはないと言われている。
実際にそこら辺にいる人に
「吸血鬼やゾンビは存在しますか?」
と質問すると、殆どの人は、質問した人を変な目で見て、
「いない」
と答える。
誰も真実の“答え”は知らないというのに……。
だけど、俺は違う。
その“答え”は知っている。
答えは「いる」だ。
何故なら、俺自身が“吸血鬼”だから。
「おい、いつまでボーッとしているつもりだ。さっさと働け」
そして、俺に偉そうに命令しているこの黒髪、赤眼の男こそ、俺を吸血鬼にした張本人、【ルイン・フェレスト】だ。
そもそも、俺が吸血鬼になったのは1ヶ月前の事故だった。
その日の夜、俺は父と母と出かけていた。
人通りの少ない暗い夜道のせいか、運転手の不注意か、詳しいことは分からない。
俺たちはトラックに引かれた。
父と母は即死だった。
けれど、俺はまだ生きていた。
けれど、すぐに死ぬ。
自分の体のことだから、すぐに分かる。
その時だった。俺と彼が出会ったのは……。
彼は俺に言った。
「生きたいか?」
俺は生きたかった。まだ、死にたくなかった。だから、力を振り絞って頷いた。
「わかった。生かしてやる。ただし、人間としての“生”ではないがな……」
こうして俺は吸血鬼になった。
収入がなくなった俺は住んでいたアパートを出て、住み込みでレオン様の屋敷で働くこととなった。
ちなみに時給は700円である。
吸血鬼っていうのは日の光や十字架に弱いイメージがあるが、そんなものは人が勝手に決めつけただけにすぎない。
実際は十字架やニンニクは平気だし、太陽の光は……人間だったころに比べれば苦手になったが、死ぬことはない。
だから、昼間は学校に行っても何も問題はない。
「レオンさん。客間の掃除は終わりましたか?」
「終わりました」
この執事服を着た優しそうな茶髪の男性は【グレイ】。
ルイン様の使い魔らしい。
「ちょっと、グレイ!レオン!話す暇があったら、仕事してよ!」
この茶髪ストレートのメイド服を着ている女性は、ルイン様の第2の使い魔の【ルリ】。
俺を含めて、この屋敷の掃除などの雑用は3人でやっている。
「ただでさえ、働き手が少ないんだから。ご主人様ももう少し、使い魔か自分のブラッドを増やせばいいのに……」
「仕方ないですよ。ルイン様は自分が気に入った者しか、配下にしませんから」
自分の主人に文句を言うルリをグレイはなだめていた。
ちなみに“ブラッド”ってのは、真祖の吸血鬼に吸血鬼にされた吸血鬼……つまり俺ののことだ。
「ご主人様は変わってるからねぇ~。それを考えると、何であんたがブラッドにされたか不思議だわ」
ルリが俺を見て言う。
そんなことは俺にだって分からない。
ルイン様の気まぐれか。はたまた偶然に事故の現場に居合わせたための同情か。
理由はどうあれ、最終的に吸血鬼になることを決めたのは俺自身だ。
「知らないよ。ルイン様の気まぐれじゃないのか?それより、はやく掃除を終わらせよう。ルリは食事の準備もしないといけないだろ?」
「それもそうね。別の仕事もあるわけだし、早く終わらせましょ」
俺たちが再び自分の仕事に戻ろうとした時、玄関の扉からコンコンとノックする音が聞こえた。
グレイが客を出迎えようと、扉を開けた途端……。
「ハロー!ルイン、ご飯食べにきったよ~ん!」
明るい声が唐突に屋敷中に響いた。
橙色の長髪の男が来訪してきた。
グレイは笑っていたけど、ルリは溜め息をついた。
俺は初めて見る人だから事情を飲み込めない。呆然と客を見ながら、客が誰なのか傍にいたルリに聞くことにした。
「あの人、誰だ?」
「あの方はフレイル・ボルケイル公爵。真祖の吸血鬼で、ご主人様の友人よ。
いきなりご飯を食べに来るから、食料を仕入れないといけないのよ。
前もって言ってくれれば人数分を準備できるのに……」
ルリはやれやれといった感じで台所に向かっていった。
グレイはフレイルさんをルイン様の寝室に案内するみたいだ。ということは、俺が1人で掃除か。
やっぱり働き手はもっと増やして欲しい。
……フレイルさん、俺を見て笑顔で手を振ってる…。
とりあえず、お辞儀しとくか。
さーて、仕事仕事。
グレイは来訪者であるフレイルを連れ、自分の主の寝室の扉をノックした。
中から「入れ」という声が聞こえ、グレイが扉を開ける。
「失礼します。フレイル様がいらっしゃいました」
「なに?」
「ルインー!ひっさしぶりー!会いたかったよ!」
ルインは仕事机に座っていた。
満面の笑みのフレイルに対して、ルインは笑み一つこぼさず溜め息をついた。
フレイルは部屋にあるソファに腰を下ろした。
「……また食事を食べにきたのか?」
「それまあるけど、今回はそれだけじゃないんだ」
「話でもしに来たのか?……いいだろう。食事の準備が整うまで付き合ってやる」
ルインは扉の前に立っているグレイを見た。
「下がっていいぞ」
「失礼します」
グレイは一礼をして、ルインの寝室を出た。
ルインは自分の仕事机からフレイルと向かい合うようにソファに座った。
「話とはなんだ?」
「魔界で反乱が起きたよ」
「ほぅ……」
「あれ?あんまり驚かないんだ」
「魔界で何かが起こるたびに驚いていたら、キリがないだろう」
魔界では、闇の者たちが他者を殺したりしていることが少なくない。それは、魔王も例外ではなく、魔王は命を狙われているために反乱が起きたくらいでは驚く必要もない。
「反乱を起こしたのはどこのどいつだ?」
「デイルスター侯爵だよ」
「あのご老人か。魔王に従うふりをし、隙あらば殺そうとしていたわけか」
「デイルスター侯爵には何人か他の貴族たちも味方しているみたいだよ。
それに、魔王側に属してる僕たちも殺しに来るかもね」
「来るならば、返り討ちにするまでだ。俺の敷地に土足で侵入してただで済ませるつもりはない」
「さすが、ルインだね。話は変わるけど……」
ルインはめんどくさそうにしながらも、フレイルの話を聞くつもりだった。
「いつの間に、ブラッドをつくってたのさ?あの黒髪の少年はブラッドだろ?」
「ひと月前にレオンを偶然、拾っただけだ」
「珍しいよね。君が自分のブラッドをつくるなんて」
「ただの気まぐれだ」
2人が会話をしていると、コンコンと寝室の扉がノックされた。
ルインが「入れ」と言うと、扉が開き、ルリが「失礼します」と言って入ってきた。
「お食事の用意が出来ました」
「待ってたよ!早く移動しようよ!」
フレイルは嬉しそうにし、立ち上がると一目散に食事をするための部屋へ移動した。
ルインはため息をつくと、立ち上がり部屋を移動する。
0時。
フレイルは屋敷を出て行った。
出て行く時に「また来るよ~」って言ってた。
「レオン」
「何?」
レオンが食器を片付けていると、グレイが話かけてきた。
「今日はもう休んでいいですよ。明日も学校があるのでしょう?」
「じゃあ、この食器を片付けてからでいいか?」
「はい」
俺は食器を手に持とうとしたときだった。
突然、部屋の窓ガラスが激しく割れた。
「な、なんだ!?」
窓から4体の狼の姿をした奴が二足歩行をして入ってきた。
「(なんだ?狼男か?)」グレイの目つきが鋭くなる。
騒ぎを聞きつけ、ルリもやってきた。
ルリも最初は驚いていたけど、すぐにグレイ同様、目つきが鋭くなった。
「ここはルイン・フェレスト様の屋敷よ。立ち去りなさい」
「立ち去るわけにはいかぬ。我々はルイン・フェレスト公爵の命をいただきに参ったのだからな」
4体のうちのリーダーと思われる狼男が自分たちの目的を明かした。
レオンはこのことをルイン様に知らせるため、部屋を出ようとしたが、そんなレオンの考えを察知したのか、1人がレオンの前に立ちふさがった。
「レオン!」
グレイとルリが同時にレオンの名を叫び、レオンを助けようとしたが、2体の狼男にそれぞれ立ちふさがれて助けにいけなかった。
「逃がさねえぜ!」
狼男はレオンを掴み、窓から放り投げた。
「うわっ!」
レオンは地面に強く激突した。
吸血鬼になったおかげで、人間時より体は丈夫になったが、痛いものは痛い。
「てめー、よえぇなぁ」
レオンが立ち上がるまえに目の前にはレオンを投げ飛ばした狼男がいた。
「まあ、いい。お前を殺して他の奴らで遊んでやるか」
「俺の人生、これで終わりかよ…」
狼男は腕を振り上げ、そして下ろした。
「!?」
しかし、その腕はいとも簡単にレオンに掴まれ、今度は逆に狼男が投げられてしまった。
狼男は空中でひねり、見事に着地する。
「なんだよ。てめー、本当は戦えるんじゃねーかよ」
「俺は戦えるさ」
レオンは先ほどとは違う雰囲気を漂わせていた。
レオンが顔を上げると、さっきまでは穏やかな緑色だった瞳が妖しい紫色に変化していた。
護身用に持ち歩いていたのか、懐からナイフを取り出し、刃をむき出しにした。
最初に動き出したのは狼男だった。
人間では有り得ない速さだった。
レオンの首に噛みつこうとした。
「ガッ!」
しかし、血が吹きでたのはレオンではなく、狼男のほうだった。
狼男は口からナイフで貫かれていた。
「流石はウェアウルフだ。見事な動きの速さとパワーだ。下級悪魔が下手に手を出せば、返り討ちにあうな」
「テメェ……何者だ?ただのブラッドじゃ……ねぇな」
「何者か、か」
レオンはナイフを抜くと、今度は心臓を貫いた。心臓を貫き、ナイフを抜くと狼男は……いや、ウェアウルフは倒れた。
「魔族を殺したのは久しぶりだな。
だが、俺の今回の標的はお前らじゃあない」
レオンはナイフから血を払うと、屋敷の中へ戻っていった。
ルインの寝室には、ルインの他にリーダーと思われたウェアウルフがいた。
そのウェアウルフはルインを殺しに来たのだった。
「フェレスト郷、その命をいただく」
自分の命が狙われているというのに、ルインはあわてる様子もなく、ただソファに座り笑っていた。
「落ち着いていらっしゃるのですね……」
「魔界で反乱が起きたことはフレイルから聞いているからな」
ウェアウルフは「そうですか……」と言うと、それ以上は何も語らなかった。
「お前はデイルスター郷の誇り高き戦士、ガイル・ルーであろう。貴様がこんな暗殺まがいのことをしでかすとは思わなかったぞ」
ガイルと呼ばれたウェアウルフは、ルインにそう言われ、顔を引きつった。
「私もこのようなことはしたくはありませんでした。ですが、デイルスター様のご命令なのです…」
「貴様は少々、頭が固いところが難点だな。したくないならばその命令を拒否すればよかろう」
「……話は終わりです。そろそろ貴殿の命を頂戴する」
ガイルがルインを睨みつけた。
ルインも立ち上がり、どこからか剣を取り出し手にした。
「ガイル…誇り高きウェアウルフよ…くるがいい」
ガイルは一歩踏み出した。
しかし、それ以上は足を動かさなかった。
「どうした……!?」
ガイルが突然、倒れたのだ。
ガイルの背後にはレオンが立っている。
ナイフについている血とガイルの心臓部の背中から出ている血をみる限り、レオンがガイルを刺したことがすぐにわかった。
「ウェアウルフ、その吸血鬼を殺すのは俺の役目だ。
いや、もう聞こえていないか」
レオンは倒れたガイルに見下ろしながら言ったが、ガイルはピクリとも動くことはなかった。
レオンは目線をガイルからルインに向けた。
そして、一目散にルインの目の前に移動してルインの首もとにナイフを向けた。
自分の命の危機だというのに、ルインは焦る様子がなかった。
それどころか顔が笑っている。
「久しぶりだな。ルイン・フェレスト」
「そうだな。レオン……いや、今はシオンと呼んだ方がよさそうだ。今回の躯は緑木レオンか?」
「まぁな。俺が躯にできる奴は限られているからな」
「最後に会ったのは150年前だったか?」
「あぁ、そうだ。貴様を殺すまで、俺は眠るつもりはない」
さっきまで、シオンも笑っていたがその笑みが一瞬にして消えた。
「それよりも貴様、俺がこの躯に宿っていることを知っていてなお、レオンを吸血鬼にして生かしたな」
「お前に会いたくなってな。だが、お前がなかなか出てこないから間違えたのかと思ったぞ」
「隙あらば殺そうとしていたからな。だが、貴様に隙がなかった」
「今回は混乱に乗じて出てきたわけか…」
シオンは妖しく笑うと、ナイフを持つ手に力を入れた。
「1000年、俺は貴様を追った。そしてようやく殺せる。
長い追いかけっこもここまでだ…。死ね、ルイン・フェレスト」
「いいえ、死ぬのはあなたです」
グレイの声が突然シオンの背後から聞こえた。
シオンの後ろにはグレイとルリが立っていて、グレイの手には剣があった。
その剣の矛先は勿論、シオンだ。
「そういえば、お前らもいたな。
あのウェアウルフ共、時間稼ぎもできないのか…」
「残念だったな、シオン」
「まぁいい…。俺もそろそろ限界、だ…」
シオンは意識が薄れてゆき、ナイフから手を放すとルインに倒れていった。
倒れたシオンをルインは抱きとめた。