ようこそ、新しいおかあさん。
夫人の葬式は滞りなく行われた。不自然なほどに手際が良く。
墓地へと納められていく夫人の棺。土が少しずつかけられていく。
妻を失い、これでもかとばかりに泣き叫ぶ夫、横で無言で見守る娘。
葬儀に参加した親族や知人達は、遺族となった二人を見ながら、
突然の出来事に娘が理解を拒んでいるのだろうと憐れんでいた。
しかし、泣き叫ぶ夫を見る目はそのどれもが冷ややかである。
この男の浮気は、親族のみならず町の住人なら誰もが知っていた。
後ろ暗い行為のはずが、この男は隠そうともしなかったのだ。
相手は見た目こそ美しく若い、没落した元貴族令嬢の女。
見栄えが良く財力もあるこの男に取り入り、愛人となっていた。
実体は先祖の遺産をすり潰しながら生き延びているだけであるが、
その資産は膨大で、この男の代で使い切る事もなさそうである。
証拠こそないものの、夫人はこの男に亡き者にされたのではないか、
十歳は若いこの愛人を正式に迎えるために、とささやかれていた。
おそらく証拠は残ってはいない。もはや確かめる事も出来ない。
かなり分厚かった曇から、ぽつりぽつりと雨が降り注いてきた。
◆
実にわかりやすい事である。
葬儀の翌日には、美しい愛人は書類上でも後妻へと収まっていた。
現在一人娘に「新しいおかあさんだよ」と紹介されている。
娘は後妻を見上げると、美しいカーテシーを披露する。
だが、そこに笑顔はない。言葉すらない。歓迎はしていない。
父親は、招かれざる異物に対応するかのような娘のそれを咎めるが、
後妻は「おいおい慣れるでしょう」と笑顔で許容した。
たかだか十歳にも満たない子供の態度など気にする必要はない。
これからは自分が資産家の女主人なのだ。些細な仕草など問題ない。
早速、かつて夫人が使っていた部屋を使用人に命じて開けさせる。
中はかなり質素であり、衣装棚にもそう豪華なものは入っていない。
宝飾品の類も、豪華なものは見当たらなかった。欲のない事だ。
亡くなった夫人は結婚当初、親族を全員失っていたのだが、
それでも一生生活出来る程度の財産を所有していたはずである。
しかし、値打ちものとおぼしき代物はこの部屋に存在しない。
後妻は疑問に思ったものの、夫の財産だけでも十分ではあるのだ。
深く考える必要はないだろう、と意識から遠ざけた。
◆
その日の夕食は、父親と娘、後妻の三人で囲んでいる。
どうでも良さそうな会話をしながら、後妻は娘の胸元に気づく。
明らかに子供には不釣り合いと言える、美しく豪華な首飾り。
気になって夫へと問いかけると、それは亡き夫人のものらしい。
かつて身に着けていたのを娘が持ち出していたのであろうと。
夫人が所有していたはずの財産はこれに化けていたのだろうか。
間違いなく高額、土台は純金で粒の揃った宝石が散りばめられ。
どの角度から見ても、素晴らしい出来の首飾りである。
その中心部には大粒の紅玉が収まっている。欲しい。
「わたしが新しいおかあさんになるのだから、くれないかしら?」
そう告げて、半ば強引に娘の首から外し、自らの首へと移し替えた。
抵抗するかと思われた娘は、後妻を一瞥しただけで目をそらす。
抗おうとも無意味であると理解しているのだろう。
後妻は娘への征服感から笑みが隠せなかった。
◆
夕食を終え、皆が自室に戻り、後妻は姿見の前に立つ。
首飾りは無論つけたままである。
実に美しい。自分を存分に引き立ててくれている。
姿見の前で身を翻して一回転。鏡と再び目を合わせる。
鏡に映る、後妻の後ろに女がいた。あの娘ではない。
後妻は思わず背後を確認する。そこには誰もいない。
鏡を再び見れば、そこにはさっきの女が映り込んでいる。
後妻は思わず鏡から後ずさったが、女は後妻に腕を回してきた。
触れられている感触はないが、女は後ろから抱きついている。
悲鳴を上げたいが声が出せない。
鏡に映る女は、少しずつ後妻の体へとめりこんでいく。
◆
娘は夫人の生前、この首飾りを渡されていた。
「この首飾りがある限り、いつも貴女のそばにいるからね」
と言われて。
首飾りの紅玉を透かしてみれば。
そこには唸るほどの財宝と、それを護る無数の人影が見えただろう。
夫人の一族は命を落とした全員の魂がこの紅玉内に棲みついている。
夫人も然り。娘も生涯を終えればここへたどり着く。
夫人は彼女の夫から命を狙われている事に感づいていた。
若い愛人を後釜へ据えようという企みにも。
一族以外の者が首飾りをつけ鏡を見れば、相手の身体は奪い取れる。
娘が身に付ければ、間違いなく首飾りを強奪し鏡を見る事だろう。
それが己の見る最後の景色とも知らずに。
「後妻」は、娘の部屋を訪れる。
かつて別の身体でしていたように、にこりと微笑んで娘を見る。
娘はその微笑みに気づき「後妻」へと微笑み返す。
「ようこそ、新しいおかあさん。ずっと一緒にいてね」
父親は夫人の一族について、今まで何も知らされていない。
これからである。絶望と共にそれを知るのは。
お笑い書いた後には別のもの書きたくなるんですよ




