無香料の日々
仕事を辞めた。理由なんてどうだっていい。宛はないし、貯金は3ヶ月で無くなる。失業手当の申請をぼんやりと考えながら、駅の構内で雨の外を眺める。
地方都市の駅でも人はそれなりに居て、すれ違う度に香る香水に鼻をつまむ。こういう人の多い場所の匂いは好きじゃない。
大都会に住んだら死んでしまう気がするし、今後住む予定も無い。でもそんな事を考えてしまうのは、あの頃の背伸びする君の匂いを思い出そうとするからだろうか。
まだ高校生で、確か制汗シートみたいなのが流行ってた。君もそれを持ってて、僕に1枚くれた。その匂いが苦手だった。
何回かデートをして、初めて君の部屋に入った時、その汚さにホッとした。部屋の隅に溜まる洗濯や、飾る場所を失ったフィギュア。飼っている猫の毛で鼻が痒いけれど、その部屋の匂いが好きだった。
雨ざらしで駅を出る。時間はあるけど真っ直ぐ家に向かう。小さなアパートの玄関で、濡れた服を洗濯機に放り込む。
部屋着に着替えて、ベランダに続く窓を開けて、煙草を1つ取り出して火をつけた。
相変わらず僕の部屋も汚くて、それを片付けずにいる。
街中のデートが嫌な僕に気を使って、よく公園や辺鄙な絶景スポットに行ってた。
高校を卒業したあと、君が買ってきた香水を部屋で出して、その匂いのキツさに2人で笑った。
煙草を吸いながら、顎から伸びる髭を1本抜く。匂いに敏感な僕と、煙草が嫌いな君。あの時は確かに利害が一致していたと思う。
真夏の暑い部屋で、持ち寄ったお菓子を広げて、汗が酷いからと、抱き合うことは無かった。そのままシャワーの湯気に消えていく君を見て、少しだけ寂しかった。
雨が止んだ。雨が止んだ後になって、雨の匂いを感じた。
五月雨も晩夏の汗も、あの頃の何物でもない無香料の君と僕はもう何処にもない。
君は上手くやっているだろうか。もうあの部屋は、綺麗に片付いてしまったのだろうか。君は今、どんな匂いで生きているんだろうか。
声も笑顔も、もうだいぶ忘れてしまっまたな。
煙草を吸殻に押し付ける。積もった灰皿から、今も嫌な匂いがする。




