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冴えない王子と、我儘姫の結婚

作者: 只野 唯
掲載日:2026/03/12


 帝国の姫である私が、隣国の王子と結婚することになった。

 外交。

 つまり、政略結婚だ。


「……冗談じゃないわ」


 私はため息をついた。

 噂によると、その王子はまったくパッとしないらしい。

 勇敢でもない。

 美貌でもない。

 武勇伝もない。


 ただ一言。

 地味。

 そんな男と結婚するなんて、帝国一の姫である私の人生が台無しだ。

 ――そう思っていた。

 

 初めて会った日のこと。

 王子は庭園で待っていた。


「はじめまして」


 柔らかく微笑んだ。

 ……普通だ。

 顔も普通。

 背も普通。

 王子らしい威厳もない。

 私は思わず言った。


「あなた、本当に王子?」

「よく言われます」


 王子は少し困ったように笑った。


「申し訳ありません」

「……謝るの?」

「期待外れだったでしょう?」


 私は腕を組んだ。


「ええ」


 正直に言った。

 王子は怒らなかった。


「そうですよね」


 むしろ、うなずいた。


「私もそう思います」

「……は?」

「私は王子らしくない王子ですから」


 あっさり言う。

 私は呆れた。


「自覚あるのね」

「あります」


 王子は言った。


「でも」


 少しだけ真面目な顔になった。


「あなたがこの国で困ることは、絶対にないようにします」

「……」

「それだけは約束します」


 風が吹いた。

 王子の髪が少し乱れた。

 私はなぜか、言葉を返せなかった。

 

 結婚後。

 王子は本当に、王子らしくなかった。

 豪華なパーティーは苦手。

 武術もそこそこ。

 政治の場では静か。


 だけど。

 侍女が体調を崩せば薬を持って行く。

 庭師の話をちゃんと聞く。

 私が怒れば、黙ってお茶を淹れる。


「……なんなのよ」


 ある日、私は言った。


「あなた、王子なのよ?」

「はい」

「もっと威張ったら?」

「姫が嫌がると思いまして」

「嫌がらないわよ」

「では威張ります」


 そう言って。


「……姫」

「なに?」

「今日のおやつ、二つ食べてません?」

「……」

「侍女が困っていました」


 私は思わず言った。


「それは威張るところじゃないでしょう!」


 王子は笑った。

 静かに。

 優しく。

 その笑顔を見たとき。

 私は、少しだけ思ってしまった。

 ――この人となら。

 悪くないかもしれない。

 

 それが。

 我儘な帝国の姫が、冴えない王子に少しずつ恋をしていく、最初の日だった。



 ◆◆◆



 結婚して三日目。

 私は早くも、この結婚が想像以上に退屈だと悟っていた。

 王宮は静かすぎる。

 舞踏会も少ない。

 噂話も刺激がない。

 帝国の宮廷はもっと騒がしかった。陰謀も、権力争いも、華やかな衣装も、全部が刺激的だった。

 ここはまるで、昼寝の国だ。


「……つまらない」


 私は窓辺で頬杖をついた。

 そこへノックの音。


「姫、よろしいでしょうか」


 例の王子だった。


「どうぞ」


 入ってきた王子は、相変わらず地味な服装だった。

 王子なのに、豪華さの欠片もない。


「散歩に行きませんか」

「散歩?」

「はい」


 私は眉をひそめた。


「王子が姫を散歩に誘うの?」

「いけませんか?」

「もっとこう……舞踏会とか」

「姫は舞踏会がお好きですか」

「ええ」

「……では今度開きましょう」


 王子は真顔で言った。

 私は思わず笑った。


「“今度”って。そんな簡単に開けるものじゃないでしょう」

「そうですね」


 王子はあっさりうなずいた。


「準備に二週間ほどかかります」

「……」


 私は言葉を失った。


「開けるの?」

「姫が望むなら」


 王子は当然のように言う。


「あなたのために王宮を使うのは、王子として当然です」


 私は少しだけ、胸がくすぐったくなった。

 でも、それを表に出すのは癪だった。


「……別にいいわ」

「そうですか」

「散歩でいい」


 王子は微笑んだ。

 

 城の裏庭は広かった。

 花壇が並び、庭師が剪定をしている。


「姫様」


 庭師が頭を下げた。

 王子は気軽に声をかける。


「腰は大丈夫ですか」

「おかげさまで」


 私は少し驚いた。


「知り合いなの?」

「ええ」


 王子は言った。


「この城で働く人の顔は、だいたい覚えています」

「全部?」

「全部は無理ですね」


 困ったように笑う。


「でも、覚えたいとは思っています」


 私は黙った。

 帝国の皇族は、使用人の名前なんて覚えない。

 覚える必要がないからだ。

 王子は花壇の前でしゃがんだ。


「この花、好きなんです」

「地味な花ね」

「はい」


 王子は嬉しそうに言った。


「でも、長く咲くんです」


 私はその横顔を見ていた。

 派手じゃない。

 英雄でもない。

 誰かに自慢できるような王子でもない。

 でも。

 不思議と、そばにいると落ち着く。

 そんな人だった。


「ねえ」


 私は言った。


「はい」

「あなたって」


 王子は顔を上げた。

 優しい目だった。


「なんでそんなに優しいの?」


 王子は少し考えてから答えた。


「優しくないと」

「?」

「姫が怒ると思いまして」


 私は思わず笑った。


「なによそれ」

「怒りますよね」

「怒るわ」

「だからです」


 王子は笑った。

 静かな笑顔だった。

 そのとき、私は気づいた。

 この人は。

 目立たないだけで。

 きっと、とても――


 いい人だ。

 そしてその気づきが、私の心を少しずつ変えていくことになるなんて。

 このときの私は、まだ知らなかった。



 ◆◆◆



 結婚して一か月。

 私は少しずつ、この国に慣れてきていた。

 そして同時に、ある疑問も生まれていた。


「……あなた、本当に何もしてないの?」


 夕食の席で、私は王子に聞いた。


「何も、とは?」

「政治よ」


 私は腕を組んだ。


「あなた、会議にもあまり出ないし、武勇伝もないし、目立つこともない」

「はい」

「それなのに」


 私は眉をひそめた。


「国はすごく安定してる」


 税は軽い。

 市場は活気がある。

 民衆の顔も明るい。

 偶然とは思えない。

 王子は少し考えてから言った。


「見えない仕事はしています」

「例えば?」

「そうですね」


 王子はお茶を一口飲んだ。


「先週、北の貴族が反乱を考えていました」


 私はフォークを止めた。


「……は?」

「でも思い直したそうです」

「どうして?」

「手紙を書きました」

「それだけ?」

「それだけです」


 私は呆れた。


「そんなわけないでしょう」

「ありますよ」


 王子は穏やかに言った。


「相手が何を望んでいるか分かれば、戦う必要はありません」


 私はじっと王子を見た。

 相変わらず、地味な顔。

 自慢げでもない。


「……あなた」

「はい」

「もしかして、すごい人?」


 王子は困った顔をした。


「姫にそう思われるのは、少し恥ずかしいですね」


 私は黙った。

 その夜。

 侍女に聞いてみた。


「ねえ」

「はい、姫様」

「この国って、誰が政治してるの?」


 侍女は不思議そうに答えた。


「王子様ですが」

「……やっぱり?」

「とても有能なお方ですよ」


 私は目を丸くした。


「有能?」

「はい」


 侍女は当然のように言う。


「戦争を三回止めましたし」

「三回!?」

「税も王子様の改革です」


 私は椅子に座り直した。


「……聞いてない」

「王子様はあまりお話にならないので」


 その瞬間、私は少しムカついた。

 

 翌日。

 私は王子の執務室に突撃した。


「あなた!」


 王子は書類から顔を上げた。


「姫、どうしました?」

「どうしましたじゃない!」


 机を叩いた。


「なんで言わないの!」

「何をでしょう」

「あなたがすごい王子だってこと!」


 王子はぽかんとした。


「姫にとって重要でしょうか」

「重要よ!」


 私は言った。


「だって……」


 言葉が詰まった。

 王子は少し首を傾げた。


「姫?」


 私は小さく言った。


「……自慢できるじゃない」


 王子は一瞬驚いたあと、静かに笑った。


「姫」

「なによ」

「あなたが隣にいることが」


 王子は言った。


「私の一番の自慢です」


 私は顔が熱くなった。


「……ずるい」

「何がです?」

「そういうこと、さらっと言うところ!」


 王子は少しだけ笑った。

 そして優しく言った。


「姫」

「なに」

「あなたがこの国に来てくれて、本当に良かった」


 その言葉は、まるで宝石みたいにまっすぐだった。

 私は顔をそむけた。

 でも心の中では、もうわかっていた。

 この地味で、優しくて、実はとても有能な王子のことを。

 私はもう――

 かなり好きになっている。


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― 新着の感想 ―
王子、それは姫じゃなくともズルいと思うわ。 姫、ちょっと帝国から吟遊詩人(まずは女の吟遊詩人を)呼んで、王子を誉め称える詩を歌わせること考えようか。 王子に顔真っ赤にさせられたのズルいと思ってるんだ…
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