20
「手に入らない?」
直の顔に暗い影が落ちた。
「あぁ。あれは神の木だからな」
面倒臭いとカロンは説明を簡潔にした。
むしろ、ほぼ説明していないのと同じだった。
よぼよぼとした犬が、船に手を掛けたが、つるつると滑りなかなか少しの段が登れないでいる。
櫂を持ったカロンは犬の尻をそれで押してやる。
「あっ」
直が叫んだ。
「大丈夫だ。燃えん」
カロンは自分以外が櫂を触るのではなく、漕ごうとしたから燃えたのだと言う。
「木くずは?」
「あれは願いの木がアイツの願いを叶えただけだろう。代価と引き換えに売ったから…」
櫂の元ならば、カロン以外が触れば「火が灯る」。
その願いを叶えるには木くずで十分だった。
櫂に押しやられて、犬が短い脚をバタつかせる。
しかし、それでも登れないでいると、直は後ろから手を貸してやった。
尻を押し上げられ、甲板に転がり落ちた犬はフンフンと鼻を鳴らした。
「乗れたやん」
眉を下げながら犬に声をかける直を、カロンは見て思う。
「素質は…有るのかもしれん…な」
「ん?なんか言った?」
「いや、別に…」
犬と並んでいた客人を乗せ、直の見送りを背に船を漕いだ。
カロンは何度も街を行ったり来たり、戻っては流れを繰り返す。
しかし回を重ねても客人達が頻りと動いてはいるが、やはり物資が無い為、街の修復は思う様には進んでいなかった。
次第に元店主は居なくなり、気が済んだ者が川を渡る。
あの緑のサルを持つ者と友人の2人、それに少数の客人達と直。
あの惨事からよくもまあ残っっていたモノだと感心した人数は、その一部を残して最期の地へ旅立ち去っていた。
そんな頃、街に「月夜」が訪れた。
カロンは漆黒の空が月に照らされ、かつての青と紫の空を浮かび上がらせている事に心底驚いた。
「崩れ去ったこの街に…月が上るとは…」
「カロン?」
あんぐりと口を開けて空を見上げたカロンに、直が不思議そうに尋ねた。
「月がどうしたん?」
視線の先に煌々と明るく照らす月が、堂々たる姿で浮かんでいる。
以前の月夜とは少し違い、目が眩む程眩しく近い。
「月夜が…来た…」
呆然と船の上で呟いたカロンが、櫂を支えに辛うじて立って居る様に直には見えた。
「大丈夫か…?」
直がカロンの元へ歩み寄る瞬間、月の前に誰かが居るのが見えた。
髪の長い女性と…男性の2人。
目を凝らすが、誰かは分からない。
カロンは震える膝を甲板に付け、跪き目を足元に落とした。
冷たい汗が首筋に流れる気持ちがしていた。
直はそんなカロンを見ていたが、震えも恐怖も何も感じていなかった。
ただ、光が周りを包むのが暖かく、心地よかった。




