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「さぁ。触れずに。覗き込め」
カロンは立ち上がった水を指さす。
じり、じりっと足元の崩れたタイルが鳴る。
直はゆっくりと近付く。
本当は怖かった。
また、見たくないモノを見る事になる。
恐怖で足が進まない。
周りが沈黙をもって、直に集中しているのが分かる。
誰もが直を見ている。
どうするのか。
直の行動でどう事態が動くのか。
「とまれ」
声を掛けられて、直の体がびくっとする。
いつの間にか目を瞑っていた。
後一歩、進めば水面に触れられる。
「見る、だけだ」
カロンのかすれた声が、直に強く言い聞かせた。
目の前の水は漆黒で、焚火の揺らめきが反射して居なければ暗闇と見分けが付かない。
しかし、薄っすらと自分の顔が見えた。
その顔は見ている内に姉の顔へと変わる。
「お姉ちゃん」
直は手を伸ばそうとしたが、カロンが櫂で制止させた。
水面に映る美香は、悲しげな顔はしているが、どことなく安らかだった。
解放された顔。
そんな感じだった。
「今は夜がここには居ない。だからより真実を聞く事が出来るだろう」
カロンが櫂を下ろした。
目の前の、水に映る姉を見る。
幼い頃の姉のまま。
背も自分の半分にも満たない子供。
「こんな…こんな子供が…」
自分の経験と姉の経験を重ねて思う。
『ごめんね、直』
「ごめん、お姉ちゃん」
『私、直を置いて逝っちゃう』
「僕こそ…」
会話は出来ていない。姉の思いは映し出されているだけで、残留思念の様なモノ。
正しく思いではあるが、そこに会話性は無い。
が、直は姉と会話する様に答える。
『直…幸せになれんのかな』
「…幸せじゃなかったよ…」
『幸せになって欲しい。幸せって何かは知らんけど…』
悲し気に笑う少女。
「ごめん…」
『直じゃなくて、良かった』
「…」
直の目に涙が浮かんだ。
袖で涙を拭き、前を向くと姉の姿と共に水が引いていた。
「お姉ちゃん!!おねえぇちゃぁん!!」
直が叫ぶが、川はもう水面を静かにしていた。
ちりん
鈴の音がどこからか聞こえた。
ちりん
聞き間違えでは無い。
元客人も、音の出所を探している。
ちりん
可愛らしい首輪をした猫が歩いて来た。
壊れたはずのアーチの下から。
ちりん
歩くたびになる鈴が、どんどん近付いて来る。
ちりん
グレーのフワフワした毛が、時折鈴を隠しながら。
それでも鈴の澄んだ音が辺りに響く。
ちりん
猫がカロンの前まで来て、座った。
「にゃーん」




