8
「知っての通り、代価の無い者は船に乗れぬ」
カロンは船の周りに集まっている元店主達に告げた。
「それならばどうするのだ」と、言いたげに各々体を震わせた。
何かを訴える様に身振り手振りをする。
すっと、川下をカロンは指さした。
「各々、自力で行くしかない。この街は…終わりだ」
元露天商の店主達にしてみれば、楽しみも明るさも無い道。
地獄を、無情にも突き付けられたも同然の言葉だった。
一人…また一人と、嫌だと言う様に後ずさりを始めるが、瓦礫に足を取られ無様に転んでいく。
じりじりと、幾人かが船から離れた。
バンッ
船体から音がした。
バンバンッ
振り返ると元客人達が代価を差し出しながら、「代価は有るから船を出せ」とでも言うかの様に、船体を叩いていた。
「…まだ…出せん」
カロンの拒否に憤慨し、船体を叩く音が大きくなった。
それでも、カロンは首を横に振った。
それを見た一人の元客人が、船に乗り込んでしまった。
一人が乗れば、それに続いて幾人もの元客人が我先にと乗り込んでいく。
元店主達も、慌てふためきながら船頭の居ない船へと乗り込んだ。
新しい船一杯の亡者達。
船頭の船よりも大きいカロンの船だったが、今にも溢れ落ちんばかりだった。
「まだこんなにも居たのだな…」
カロンは呟いた。
炎に包まれるのを恐れて、櫂には触れないが、ドンドンと音を鳴らし、カロンに船を漕げと命令する。
それでも、カロンは動かなかった。
融通の利かなさに元店主の1人が怒り、足を思い切り上げ、船底を蹴ろうとした瞬間、元店主の足が空を舞った。
足どころではなく、体全体が持ち上がり浮いている。
次第に他の者達も浮かび上がった。
空中で藻掻く元店主と元客人達は、自分の意図に反して浮かび上がるのを止められなかった。
そして、そのまま川へ落ちて行った。
船は船頭にしか漕げない。
今の船に船頭は乗っていない。
道しるべが灯っていない船は、乗っている者をどこへ運べば良いのか分からない。
船は暗闇の中、代価を持つ者と持たざる者、見分ける事もせず全てを拒絶したのだった。
次々に落ちては、声無く闇夜を写した水に吸い込まれていく哀れな亡者達を、カロンは静かに見送った。




