制約
露天商の店主、カロンは店の台の上で項垂れていた。
目の前にあるガラス管には光はもう無い。
空っぽだった。
「はぁ…」
ため息が止めどなく出てくる。
「おい、カロン」
船頭が声をかけて来た。
行ったり来たりがひと段落したらしい。
顔はフードで見えないが、何となく疲れているんだなと思う。
「どうした…?」
船頭が声をかけて来るので、邪魔臭いなとカロンは思い、無言で空になったガラス管を指差した。
無垢の魂に付き合って「預かりモノ」探しの時に、消えてしまった代価。
「…なら…」
船頭が代価を二つ放り投げて来た。
「配達料と珈琲代だ。…珈琲をくれ」
目の前に転がる代価を手に取り、ガラス管へ入れた。
「分かった」
カロンは店の中で珈琲の豆をひき、2人分淹れた。
立ち込める香りが、店の外にまで流れ出す。
船頭はタイルの道に船体の横を着け、櫂を置いた。
カロンが珈琲を二杯持ち、店を出ると代価が一つ消えた。
すぅっと船頭の側へ行き、一杯を差し出す。
「俺もお前も制約が邪魔くせえな」
「仕方ない」
船頭は受け取りながら愚痴るが、カロンは受け流す。
そして、船頭は船の上に、カロンはタイルの道に横並びに座った。
珈琲の良い香りに、船頭は安堵した様な吐息を漏らした。
船頭は船から降りられない。
カロンは代価が無ければ店から出られない。
お互いの制約は神からの制約であり、破る事は出来なかった。
とは言ってもカロンの場合、預かりモノの依頼者から必要に駆られれば、受け取る事も出来る。
船頭への渡し賃の様に「他者の手に渡るのならば一時的に」だが。
しかし、自分のガラス管に入れられる代価は、やり取りをした『代価』だけだった。
そして、店から出るにはガラス管にある『代価』から支払わなければならない。
邪魔くさいがそれが、カロンに科せられた制約と言うモノだった。
その制約の中で、船頭が時折放り投げてくる「土産」だけが、唯一代価が絡まないモノだった。
この街の中でも唯一。
何故なら、他の露天商の店主は「代価」を受け取らずに、モノを渡す事は絶対にしない。
かと言って、たまに揶揄いはするが、やり取りの範疇に入らない「預かりモノ」を預かり、渡すカロンの事も「橋渡し役」くらいの認識で、下げずんだりはしない。
受け取る者の事も。
ただ…モノを預ける側の事は、時に哀愁の念と慈しみを持って見ていた。
自分達には無い「無償で」のモノの渡し。
自分達が持たない「他者への思い」を持つ存在。
しかし、皆…他の周りの事など、正直どうでも良いのだ。
代価さえ手に入れば…それで…他はどうでも。
だから、哀愁の念と慈しみも、目の前からいなくなれば消える。
そうして、また「代価」を求める日常に戻って行く。
それを気が済むまで…去る日まで、続けていく。




