亡者と欲と徳
少女は病院での生活を語った。
語ると言っても、検査室とベッドの上の行ったり来たりのみで、驚く様な事は一切発生しなかった。
「ただ、毎日毎日、痛いのと苦しいのとが繰り返し」
病室に入っては消えていく、他の患者達。
先生と看護師以外の関りは、母親のみで父親の顔はもう覚えていない事。
自分の細さと、母親の細さが近付くにつれて、死を願った事。
「でも、世間も世界も許してはくれないわ」
苦しくて眠れない夜に、目を開けた時に見た…母の顔。
果物ナイフを握りしめて、思いつめた目で彼女を見下ろしていたあの…顔…。
振り降ろされはしなかった。
でも、母親はベッドの横で泣き蹲っていた。
「安楽死ってあるのを知ったの。でも私の国では認可されてなかった」
つま先で水を蹴る。
「あれって、健康に生きてる人への配慮だと思うの。死ぬ選択をする人の為じゃない、残る人への。寿命や事故で亡くせば『理不尽』だって怒れるじゃない?でも…同時に『あり得る事だ』って納得も出来るの」
カロンは黙って水面を見つめた。
「だから…認可しないのよ。…同じ病気でも…生きたい人も死にたい人も居るし、面倒を見る家族にだって…その人の死を望む人も…居るのに…ね」
少女の目に涙が浮かぶ。
「選択出来たら…良かったのに…そしたら…お母さんも早く解放された…」
カロンは「人間の尊厳として『最期の選択』はあるべきだ」と、昔来た客の言葉を思い出した。
それが出来ない理由は…そうなのかも知れないなとも思う。
が…周りに視線を向け、これ以上…客人も露店も増えなくていい。とも考えた。
船頭の仕事も…。
「もうそろそろ…足を川から上げた方が良い」
カロンは少女に言った。
素直に足を上げると、涙は止まり、胸の中の悲しみが鳴りを潜めた。
「この川は、亡者の悲しみや憎しみを流し…取り込み、出来た川だ」
青と紫の空を映し、ランプに輝く川を指さす。
少女は悲しみと共に医者や運命、自分の身体を憎む気持ちが、沸々と湧いていた事に気が付いた。
「客人達は露店で望むモノを代価で支払って、受け取る。その楽しみが喜びだ。客人達は満足したら船頭の船に乗り、流れる…。時には満足できずに代価を使い果たし…丁度アイツだ…アイツを見ろ…」
向かい側の露店に居る、1人の客人を指さした。
最後の代価を差し出した客人。
それを受け取る露天商の店主。
すると、川の水面が波打った。
川の水が立ち上がり、客人だった者を囲むとズルズルと川へ引き込んでいった。
トプンっ。
水の音がなり、水面が静まる。
少女は足を抱えていた。
「もう…二度と付けない…わ…」
「その方が良い」
もっと早く言ってくれれば良いのに。と、恨めしく視線をカロンに向けるが、カロンは気にも留めなかった。
「ねぇ。代価って何なの?」
彼女は座り直した。
「代価は…人間の持つモノ…自身の魂であり、生きて来た証…美徳…」
カロンの声が当てはまりそうな言葉を並べていく。
「…正しく美しい…モノ」




