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不思議な露天商  作者: 樋口 涼
人の形

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36/91

大切

船頭の操る船は、滑らかに流れた。

明るい街を出て、岩山の間を抜け、石の河原が見えた時、そっと石橋に着いた。


「着いたぞ」


船頭が、乗っていた3人に声をかける。

カロンは着く前から降りる準備をしていたので、1番目に降りた。

それに続き和麻も降りる。

片手に大事そうに抱えた人形が濡れぬ様、慎重に船から足を出し、石橋に着けた。


杖を持とうと手を伸ばすと、杖が無くなっており慌てたが「大丈夫です」と言うカロンの言葉を信じ、恐る恐る足を進めた。


「おぉ…なんと…」


不自由な足がしっかりと地に着き、動く。


「さぁ、行きましょう」


カロンが和麻を手招きする。

それを見た男は慌てて降りた。


船頭が船に座り、持っていたランタンに火を灯すと、川の中で何かが蠢いた。


辺りは砂利だらけで、歩く度に石が打ち合う音がする。


カチカチカチ。

和麻の足音。

ガリッガリッ。

男の足音。


足場が悪くなっても、和麻は人形を大事に抱え、離さなかった。


「アイツ…人形なんか抱いて…」


男はそれをチラチラと見ながら、和麻の持つ代価がどこにあるかを探す。


「他人のは駄目だって?同じじゃ無いか」


一つくらい…貰えば俺のモノだ。

そしたら自分の「想い」と代価を彼女に渡そう。


そう、考えた。

しかし、男の「想い」は露天商の台の上に置いたままだった。


「ほら、見えて来ましたよ」


カロンが指し示す方角は、眩い光に包まれていた。


「あぁ…!」


和麻は駆け出していた。


「お母さん!お母さん!!」


蓮の花が浮かぶ池の、葉の上に和麻の求める人が座って居る。


「お母さん!僕です!和麻です!送る時に入れられなかったあなたの、大切なモノを持って来ました!」


和麻は己の代価を光の橋に変え、蓮の葉目掛けて一目散に走る。


「…和麻…?」


泣きながら、蓮の池を渡る和麻の姿は、母親から見れば老人の姿では無く、子の姿で見えた。


「あなたにこの子を…この人形を…」


差し出す人形は街の姿のまま、汚れ、今にも千切れそうな体をしていたが、母親はそれを受け取り抱きしめた。


止めどなく流れ出す涙が、思い出を映し出す。

子供の頃、なけなしの小遣いを貯めて買った初めての人形。


買ってからずっと抱きしめて眠った。

引っ越しても、成人になっても、就職や結婚をしても片時も放しはしなかった。

辛い記憶も、嬉しい記憶も、全て分かち合って過ごした人形。


「ぼろぼろになって、壊れてしまうのが怖くて…抱かなくなってからも…大事だったのよ…ありがとう…和麻」

「渡せて…良かったです…お母さん…」

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