大切
船頭の操る船は、滑らかに流れた。
明るい街を出て、岩山の間を抜け、石の河原が見えた時、そっと石橋に着いた。
「着いたぞ」
船頭が、乗っていた3人に声をかける。
カロンは着く前から降りる準備をしていたので、1番目に降りた。
それに続き和麻も降りる。
片手に大事そうに抱えた人形が濡れぬ様、慎重に船から足を出し、石橋に着けた。
杖を持とうと手を伸ばすと、杖が無くなっており慌てたが「大丈夫です」と言うカロンの言葉を信じ、恐る恐る足を進めた。
「おぉ…なんと…」
不自由な足がしっかりと地に着き、動く。
「さぁ、行きましょう」
カロンが和麻を手招きする。
それを見た男は慌てて降りた。
船頭が船に座り、持っていたランタンに火を灯すと、川の中で何かが蠢いた。
辺りは砂利だらけで、歩く度に石が打ち合う音がする。
カチカチカチ。
和麻の足音。
ガリッガリッ。
男の足音。
足場が悪くなっても、和麻は人形を大事に抱え、離さなかった。
「アイツ…人形なんか抱いて…」
男はそれをチラチラと見ながら、和麻の持つ代価がどこにあるかを探す。
「他人のは駄目だって?同じじゃ無いか」
一つくらい…貰えば俺のモノだ。
そしたら自分の「想い」と代価を彼女に渡そう。
そう、考えた。
しかし、男の「想い」は露天商の台の上に置いたままだった。
「ほら、見えて来ましたよ」
カロンが指し示す方角は、眩い光に包まれていた。
「あぁ…!」
和麻は駆け出していた。
「お母さん!お母さん!!」
蓮の花が浮かぶ池の、葉の上に和麻の求める人が座って居る。
「お母さん!僕です!和麻です!送る時に入れられなかったあなたの、大切なモノを持って来ました!」
和麻は己の代価を光の橋に変え、蓮の葉目掛けて一目散に走る。
「…和麻…?」
泣きながら、蓮の池を渡る和麻の姿は、母親から見れば老人の姿では無く、子の姿で見えた。
「あなたにこの子を…この人形を…」
差し出す人形は街の姿のまま、汚れ、今にも千切れそうな体をしていたが、母親はそれを受け取り抱きしめた。
止めどなく流れ出す涙が、思い出を映し出す。
子供の頃、なけなしの小遣いを貯めて買った初めての人形。
買ってからずっと抱きしめて眠った。
引っ越しても、成人になっても、就職や結婚をしても片時も放しはしなかった。
辛い記憶も、嬉しい記憶も、全て分かち合って過ごした人形。
「ぼろぼろになって、壊れてしまうのが怖くて…抱かなくなってからも…大事だったのよ…ありがとう…和麻」
「渡せて…良かったです…お母さん…」




