手
あの病院の日から、源蔵は生きる気力と言うモノが目に見えてなくなった。
少食になり、日に日に痩せ細っていく。
怪我が治り退院する日、迎えに来た英明は弱り切った父の背中を見た。
コンバインを操縦していた手にはハンドルの代わりに杖が握られ、年の割にはスタスタ歩いていた歩みも、引き摺るようにしか進まない。
きつく聞こえる口調も、声も、あれから聞く事が無い。
英明の言葉に頷くだけで、家についてもぼうっと窓を見て座っているだけになった。
「お義父さん大丈夫かしら…」
妻が心配そうに見る。
「…落ち着いたら、何か残ってないか見てくる」
「うん…お義母さんの…何か残ってたら…いいね」
お互いテレビで映る惨状を知っている。
それでも、希望を持ちたかった。
流れた家屋や車、木々や瓦礫で危険だと封鎖された場所はまだいくつもあり、自然災害の脅威を目の当たりにしながら、何とか英明は実家があった場所に辿り着いた。
災害後、初めて訪れた時、崩れた家とこびりついた土が乾いた壁をみて、壊すしかないと思った。
自分の幼い時の思い出が、詰まった家だった。
父に怒られ立たされた廊下も、こっそり裏から回っておにぎりを持ってきてくれた母も、もう無い。
「あぁ。家も土地も全て処分してくれ」
取り壊しを伝えた時の父の顔と声を思い出す。
周りの家も大体が同じ決断をした様で、重機が入っている家がある。
畑もそもそも継がなかったから、源蔵の代で終わりだった。
それが「早まっただけだ」と無気力な顔で父が言う。
英明はしゃがみ、土を触った。
子供の頃はよく触れた土の感触が、汚れが手に付く。
「今年は災害が多かったね」
「あぁ、地震で…」
遠くの重機を扱う職人達と町内会長の会話が聞こえた。
「物が高こうなるわ…」
「ここら辺、畑やったんに」
「野菜値上がりしますか…」
「野菜だけで収まるかいな」
耳が痛い。
会長達が跡取り問題を口にし始めた時、英明は居たたまれずその場を後にした。
本当は残したかった。
自分の子供に、妹の子に「ふるさと」を。
もうすぐ生まれる妹の子供。
自分の子が生まれた時に見たあの小さな手を…思い出した。
「あの手に、残したかったな…」




