残した物と残された者
源蔵は流れた家屋の屋根の上で発見された。
公民館に向かう住民の1人が、源蔵を追って走る敏江を見かけ追いかけた先に倒れていた。
「…敏江は…俺を追ったのか…」
病室で布団を握りしめた。
源蔵の横に英明とお腹の大きな裕子が、椅子に座っている。
公民館に避難した住民と共に、救助隊に拾われ被害の少ない街に移動していた。
意識を取り戻したのは次の日だった。
「敏江は…母さんは…どこだ…」
英明は首を横に振り、裕子の目には涙が流れた。
それだけで、分かる。
「…」
源蔵は体から全ての力が向けた様な気がした。
握りしめていた布団の感触も無くなって、何も感じない。
「お父さん…」
裕子が声をかけた。
しかし、源蔵の顔は虚ろで、目はどこを見ているか分からない。
父親に何を言っていいかも分からない。
2人は無言になった父親を置いて、病室を出た。
「…家も畑も流されたらしい」
英明が言う。
父親と家をどうするか。
母親は…、そこで口を閉ざす。
遺体は無い。
こみ上げてくる涙と嗚咽が、我慢できなくなり兄妹は抱き合って泣いた。
人間の力ではどうしようもない災害で、家を失くし家族を亡くすのはいつも他人事だった。
目の前に突き付けられた、どうしようもない状況と悲しみで狂いそうになる。
そして…公民館へ行かず引き返した父親を恨みそうになった。
いや、英明は両親の記憶を泥水の様に黒く汚れた感情が覆いつくすのを感じた。
「親父が…」
不用意に引き返したりしなければ…そう言いたかった。
「そんな事言わないで」
涙を流し、目を赤くした身重の妹と顔を合わせる。
「…すまん…電話してくる…」
英明はそっと離れ、会社と家に電話した。
今後の事を身重の妹に負担をかける訳にはいかない。
会社は有休も休みもくれた。
出来れば、母親の遺体を探したかったが、家の現状と父の事を思うと…国の動きに期待するしかなかった。
水が引くまで立ち入り禁止になっている地区もある。
そこかしこで、早く見つけて欲しいと訴える声がする。
その人達を押し退けて「俺の母を」と願いたい。
しかし、英明は出来ない。
「人様の迷惑になったらあかんよ」
母の声が胸に染み付いて、離れてはくれなかったから。




