大根と玉子と金色に輝く水面
カロンは鍋と包丁を敏江に渡した。
敏江は鍋を持って、目の前に流れる川に水を汲みに行く。
「あら…ふふふ…」
何かに気が付いた敏江の笑い声に、源蔵が近寄る。
「何がおか…し…なんじゃ、これは。俺か?これは二十歳か?」
「お互い…老けましたね」
「ふんっ…」
源蔵がさっさと露店の前に戻ってきた。
カロンは言われる前にと、コンロを台の上に用意する。
このまま、露店の前で大根を煮込むらしい。
カロンは台の上に肘を付きながら、2人を眺めた。
慣れた手つきで大根の皮を剥き、ぶ厚めの輪切りをしていく。
葉もザクザクと切り、鍋に放り込んだ。
カロンは無言で敏江の望む調味料を並べる。
鍋から湯気が立ち始め、出汁の良い匂いが周りを包み始める。
「あぁ…ここにゆで卵もあれば…」
敏江の声に源蔵がピクリと動く。
「…おい…ゆで卵は…有るかね」
「ありますよ」
「じゃ。それを…」
「じゃあ、ゆで卵も下さいな」
源蔵が言い終わる前に、敏江が割って入り代価を差し出した。
自分が代価を持たない事に気が付いた源蔵は、割り込んだ敏江に何かを言おうとしたのを止め、ゆで卵を受け取る妻を見る。
農家の跡取りである自分の所へ、嫁に来た日を思い出す。
あの頃は恋愛結婚の方が珍しく、親戚を仲介人にし、紹介され結婚した。
初めて会った時、不作の年で金の無い自分には勿体ないと思った。
顔はそこそこながら、農業を手伝い、子も息子と娘、2人を儲け、その2人も立派に育て上げた。
農家の嫁として、義務を果たしてくれた。
時には苦労もさせたが、やりくりをし、ここまで一緒に生きて来た。
視線の先に居る、白髪と深い皺を刻んだ顔の敏江を見て、金の無い時も自身の好きな大根と茹でた玉子を煮たのを、2人で食べ温まった事を思い出す。
「良い人生だったなぁ…」
大根と茹で卵の浮く、黄金に輝く水面を湛えた鍋を目にして呟く。
出汁を飲み、薄茶色に周りがなった味の染み込んだ大根を、箸で割る。
中は薄く白い。瑞々しい。
「良い大根だ」
口に含む大根は、優しい香りと味で体が満たされる様に、源蔵は感じた。




