動物園
圭太は大きな画板に、画用紙とクレヨンを持って立って居た。
灰色の壁に、黒い鉄格子の向こうに居る象を描こうと決めていた。
他の子も我先にと場所を取っている。
出遅れた気もしないではなかったが、象は動く。
端っこにいる自分の近くに象が動き、止まった。
大きな鼻が動くのが、面白かった。
水を持ち上げ、口に運ぶ。
リンゴを器用に持ち、口に運ぶ。
ずっと見ていたかった。
けれど、絵を描かなければ。
いそいそと、ブルーシートを引き、その上に画板を置いてクレヨンを握った。
先生は「好きな動物さんを好きなように描きましょうね」と朝に言っていた。
優しい林先生。
林先生はもうすぐ子供が生まれるから産休に入る。
この頃の圭太に産休が何かは分からなかったが、お腹の大きな先生が、この前弟を連れて病院から帰ってきた母親と同じだった事で、先生も「弟を連れて帰って来る」モノだと思っていた。
母親のお腹はもう大きくない。
「そしたら、また会える」とクレヨンを持つ手が力強く動いた。
秋の風が頬を撫でても、枯れ葉が舞っていても、気にも留めずひたすらクレヨンで描く。
隣の子がくしゃみをしたので、自分の上着を脱いで渡した。
それでも寒くなかった。
「上手く描けたら…先生に渡そう」
お昼ご飯に持たされたお弁当を食べている時、すごく良い事を思いついたと思った。
産休に入る前に間に合えば、間に合わなかったとしても帰って来た時に。先生にプレゼントしよう。
圭太は逸る気持ちで、一生懸命に象を描いた。
上手く描けたと思った。
象のキラキラとした目も、赤いリンゴも。
足元に広がる人工的な池さえも、灰色の壁も、黒い鉄格子も。
そして真ん中に…。
「圭太君ピンクで象描いてるー!!」
「あーほんとだー!」
「変なのー!」
「象はピンクじゃなくて灰色なんだよー?」
子供達が口々に言った。
「先生は好きな色でって言ったもん!」
圭太も負けまいと言い返した。
騒ぎを聞きつけた先生達と他の子供達が周りに集まってくる。
真ん中に一人立つ自分が孤立して、多数の子供達と向き合っている様に感じた。
握りしめた手が、冷たい風を感じ始める。
上着を渡した子と目が合った。
その子は直ぐに上着を脱ぎ…投げた。
汚れた水が溜まったタイルの上に、びちゃっとした音を立てて落ち、上着が泥水を吸い上げていく。
「あ…」
寒々しい風が自分に吹き付けている感じがした。
「もう、圭太君ダメでしょ」
怖い先生がどしどしと近寄り、泥水を吸った上着を圭太に渡した。
ぎゅっと、持ってしまったのが…悪かった。
上着から押し出された泥水が、ピンクの象の絵に降りかかってしまった。
更に運悪く、泥水で足を滑らせた怖い先生が絵を踏んでしまった。
「あ…絵が…」
「絵?絵の心配?先生より?」
怖い先生が詰め寄る。
「優しくない子ね」
怖い先生の足元で、ピンクの象の絵はビリビリに敗れ、黒ずんでいた。




