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誰がチートを殺したの

第二十五回、書き出し祭りにて執筆した書き出しの全文です。タイトル通り、なろう系チート主人公をモチーフにした「彼らの最後」を書く予定の短編集でした。一応ネタはありますが、続きを書くかは、感想やリクエストがくればやりますので、よろしくお願いします

 初めて、自分を意識した時、痛みがあった。

 よく晴れた日のことで、幼い僕は乳母に手を引かれて、屋敷の庭園を散歩していた。


「い……いた……っ」


 異常に気付いた乳母が、しきりに僕をゆすぶって、繰り返し繰り返し、大丈夫かと聞いていた。

 それでも、痛みはどんどん、胸の奥から全体に広がって。

 こらえきれないほどの激痛が、頭のてっぺんから、足のつま先までを貫いていく。


「いたいいたいいたいやめてやめてやめてやめてやめて!」


 何かがこみあげて、僕の内側から、何かが――。


「ぼっちゃま!」


 その瞬間、僕は叫んだ。

 いや叫んだ、と思う。

 絶叫を聞きつけて、家中の者が先を争うように集まり、普段なら育児など見向きもしない父上さえ、血相を変えて飛んできたっけ。


「……うぇ?」


 痛みは、消えていた。

 それどころか、頭にかかった靄のようなものが、すっかり消えていた。

 僕は周囲を見回し、それから自分の服装や手の小ささを見て、唐突に理解した。


「……異世界、転生……ってやつか?」


 その日、地球生まれの日本育ち、まじめさだけが取り柄のサラリーマン。

 飛鳥馬巡(あすまめぐる)は、魔法文明華やかな国の地方領主、エンゾ家の三男、フリックに生まれ変わっていた。



 エンゾ家は一応、貴族という位置づけだったけど、狭い領土のほとんどは山ばかり。

 耕作できる土地もほとんどなく、季節ごとの果樹が唯一の外貨獲得手段だった。

 こういう転生ものでは、権力や家名を広めるため、息子や娘につらく当たる両親が定番だけど、エンゾ家の人々はそういう野望とは無縁だった。


「坊ちゃま、姉君《あねぎみ》からお荷物が届いております」


 この世界に転生して二年後。

 僕は六歳になり、その活動場所を父親の書斎に定めていた。

 上の兄貴たちは剣や遠乗りに夢中、本を読むのは兄弟の中で僕だけだった。


「ありがと。あとで、ねえさんにもお礼状を出さないとね」


 少し前に嫁いでいった姉は、僕が本に興味を持つことを喜んでいた。まあ、あっちはロマンス小説とか、悲恋の戯曲が守備範囲で、長々と創作談議に付き合わされるのがつらかったけど。

 おかげで、こんな田舎でも都会で発行された様々な本を、入手することができる。


「えーっと、なになに……『火が族の質料は主に高峰の地下にあり、大地の根を求めたる先にあるがゆえ、使用する方陣は次のとおりである』……か」


 自分が今取り組んでいるのは、いわゆる魔法の研究だ。

 この世界には、いかにもファンタジー世界らしく、そういう不思議な力があった。

 だが、その魔法と言うのが、かなりの問題だった。



『大地とは原初の力の源であり、高峰の根には万物の祖たるエンマイムを用い、あらゆる自然の理を左右する』


『世界の真は天空にあり。風と雲、そしてその凝集たる水こそ、万物を生む。死したる大地に生命を与え、その循環を知ることを魔法と呼びならわし』


『エギルなりしフォーブたる、ミーアバーラ。北辰より振る夜の神秘。おお、その光輝こそ、マイスナーの神髄にて』



 僕は、頭を抱えて、絶叫した。


「なんで! みんな! 言ってることがバラバラなんだよっ!」


 確かに、この世界には魔法がある。この館にも、ちょっとした手品みたいな術を操れる賢者、というか領地経営のコンサルタントみたいなやつがいる。

 でも、その根幹にある『魔法理論』は、魔法使いごとにバラバラ。勝手な印象で世の中の法則を語っているだけだった。

 その上、この世界における魔法は、ある程度の筋道が立っていいれば、誰でも成立させられるらしい。


「やっぱり、僕がやらないとダメか」


 理論構築と検証。その繰り返しで、最も効率のいい『魔法』の運用法を探る。

 要するに、魔法版の『大統一理論』を創ろうという計画だ。


「なんか、いよいよ異世界転生ものっぽくなってきたな」


 そして僕は、一枚の羊皮紙を取り出し、ペンで文字を書き記す。

 この世界における、完全な魔法理論を生み出すために。

 その、理論の名前は――


「根源魔法論《アルス・マグナ》」



 それから僕は、自分の理論を立証するために、研究に没頭した。

 最初は宮廷魔術師のキリフリィに教わっていたけど、一年も経たずに彼は両手を上げて降参した。


「坊ちゃまのようなことを考えるのは、魔法を使う者でもかなり珍しいと存じます」

「自分の力が強くなるのは、いいことでしょ?」

「その研究に、見合う実益が望めるとは限りませんので。かくいう私も十年ほど、研究に取り組みましたが……」


 僕は頼み込んで、キリフリィの『研究の残骸』を貰い、理論構築に使わせてもらった。

 そのおかげか、僕自身の研究はどんどん進んだ。

 まず、世界の根源は、おそらく素粒子に近いものであるということが分かった。

 この世界における魔法は、気象の変更や土地の改良にも使える。

 つまり、四大精霊や五行説みたいな『現実にある物質』で、世界の成り行きや構成要素を説明できないということだ。

 

「デモクリトスの原子論、いや、ストア派のロゴスとか、そっちから持ってきた方がいいかもだな」


 実は、ここに転生してくる前、大学ではギリシア哲学を軸に、オカルトの勉強をしてたことがあったんだよな。

 用語はそこから借りてくるとして、次にするべきは――


「諸国を漫遊して、魔法の修行をしてきたい、だと?」


 その日、謁見の間で領民の話を聞いていた父親の前に、僕は嘆願者として現れた。


「ならぬ。お前もそろそろ宮中行儀と、武芸の師範を付けようと思っていたところだ」


 それはそうだよな。いくら三男とはいえ、自分も貴族の子だ。

 子供の遊びということで見過ごしてくれた魔法の勉強も、最近ではそれとなく、止めるように言われている。

 

「そもそも、そんな遊歴を許せるほど、我が国には余裕がないのだ」

「でしたら僕は、冒険者になります」


 僕の言葉は、温和なことで知られる父親に、思いもよらない怒り顔をさせることになった。


「お前は、我が家名に泥と恥を塗りたくるつもりか!? あのようなろくでなしどもに交じって、遺跡漁りや魔物退治に明け暮れると!?」

「僕の目的は、この世にある魔法魔術の収集です。あくまで、冒険者は路銀稼ぎの」

「この話はこれで終わりだ! 以後、魔法魔術の研究をすることは許さぬと思え!」


 この世界での冒険者は、傭兵とやくざと不審者を合わせたような連中、というイメージらしい。冒険者ギルドみたいな組織は無く、大抵は鼻つまみ者の扱いだ。

 僕は黙って一礼し、父親の元から去る。

 その晩、僕は住み慣れた貴族の館を後にして、魔法の修行に旅立った。



 晴れて冒険者になった僕は、いろいろな国を回った。

 その途中で仲間が増え、時には国家規模の陰謀を解決したこともあった。


「あのさぁフリック」


 それは、脂とすすで薄汚れた、石造りの酒場でのこと。

 僕の最初の協力者にして、フリック流魔方術の一番弟子。エルフのモーディアは、手にしたエールのジョッキをこっちに突き付けた。


「仕事の報酬に、魔法の呪文とか魔術書を選ぶの、いい加減にやめない?」

「なんども言わせないでくれ、我が弟子よ。僕にとって一番大事なのは、根源魔法論《アルス・マグナ》を確立することだって、わかってるでしょ?」

「でもさあ、今のあんたも私も、ふつーの魔法使いより、めちゃくちゃ強いじゃない」


 この子とは、世間の俗説『エルフには優れた魔法の知識がある』を検証するために、彼女の住んでいる里へ行った時、知り合った。

 そこで分かったのは『噂は所詮噂』ということ。

 森での暮らしに嫌気がさしていた彼女は、貴族である僕の冒険に助力する名目で、ここまで旅をしてきた。

 冒険の間、彼女には僕の築き上げてきた魔法の理論を教え、その結果、とんでもない効率で、威力も桁違いの魔法を、自在に操れるようになっていた。


「これ以上、なにを望むって言うの? あたしたちの魔法をどっかの国に売り込めば、それだけで、ものすごいお金になるよ?」


 僕の理論は、世間に出回っている魔法とは一線を画している。

 その中で、最も重要なのは『他人に教えやすい』ということだ。

 体系化した理論と、個人の主観を入れない指導法。実際、ごく簡単な治癒や防御の魔法を、村人たちや、衛兵に伝授することもある。


「そのことなんだけど、モーディア」

「なに?」

「僕、冒険者辞めようかと思ってるんだ」


 そこから一悶着あり、僕は必死に彼女をなだめすかそうとした。

 元々、冒険者は単なる路銀稼ぎの一環でしかなく、根源魔法論《アルス・マグナ》の研究が最優先だ。

 でも、彼女は頑固に、嫌だという返事を繰り返した。


「あたし、フリックと離れたくない。だって、一番弟子なんだよ」


 僕は少し考えて、それから提案を告げた。


「なら、僕の次の計画に参加してくれないか」

「つぎのけいかく?」

「魔法学校を、創ろうと思うんだ」



 彼女に冒険者を辞めると告げた、その夜。

 僕は日記帳に、今日の出来事と思いついた魔法理論の構想を、書き連ねていた。


「……?」


 僕の私室は、ベッドが一つと書き物机が一つが収まる程度の狭いものだ。

 当然、ここには僕一人しかいない、はず。


「誰ですか」


 それは明り取りの窓から差す、月光に照らされて、白く浮き立っていた。

 まるで存在感のない、青白い少女。

 彼女は僕に向けて、告げた。


「今すぐあなたの力を捨てて。普通の人間として、生きて死になさい」



 さて、どうしよう。

 僕は目の前の謎の存在に、改めて向き直る。


「魔法生物……じゃないね……ものすごい高密度に圧縮された、魔力の塊?」

「気になるなら、確かめればいい」


 彼女は両手を広げて、無防備にすべてをさらした。

 用心しつつ、彼女の体に触れてみる。

 その途端、僕は圧倒された。


「う……お……ぇ……っ」


 魔力の塊、なんて、生易しい物じゃない。

 人間の存在そのもの、構築する肉体から魂まで、すべてを魔力に置換した存在だ。


「うそ、でしょ。こんな、ありえない。だって」

「この世界に漂う『魔力』は、可塑性のあるエネルギー。人の意志で操れるからこそ、一瞬の励起と収束は可能でも、凝集させて留めることはできない、とされた」


 そんな『ありえないはずの存在』が、自らの不可能性を淡々と告げる。

 同時に、圧倒的な事実として、青白い姿が僕の前に在った。


「君は……何者なんだ?」

「私は『プネウマ』。そのようにあなたから(・・・・・)名付けられた」 


 その名前には、覚えがあった。

 古代ギリシア哲学における、『生命の息吹』を表わす言葉。

 この世界では、誰も知ることのない言語を由来とする彼女に、僕は尋ねた。


「君は、未来から来たのか」

「ええ」

「つまり、僕が(・・)……君を生み出したのか」


 青白い姿は頷き、現れた時と同じ言葉を、繰り返した。


「今すぐあなたの力を捨てて。普通の人間として、生きて死になさい」



 それから、プネウマは何をするでもなく、僕のそばにいるようになった。彼女の姿は僕以外には見えず、仲間たちにもその存在を告げることはしなかった。

 

「質問その一、なぜ未来の僕は、力を捨てさせようとする?」


 僕はあえて、彼女の言葉を無視した。

 予定通り魔法学校を創設するため、いくつもの国や豪商たちと話を付けていく。

 それでも、プネウマは妨害らしい行動を取らなかった。


「あなたは世界の終焉に絶望し、その端緒となった自分自身に、力の開発を放棄するよう忠告するため、私を送り出した」

「……で、こうして僕は、君と未来の僕の忠告を、無視しているわけだけど?」


 魔法学校は僕の故郷である、エンゾの土地に建てることになった。

 その過程で、他国へと続く大規模な交易路を整備し、ゆくゆくは学園都市へと成長させる予定だ。


「あなたはあなた自身を、よくわかっている。たとえそれが自分《・・》であろうと、他人《・・》から言われた忠告を、鵜吞みにはしない」

「……すべてお見通しってわけか。つまり、最初の忠告は無視されるのを前提で、決定的な瞬間に、選択を迫るつもりなんだね?」


 彼女は曖昧な顔で、僕を見つめるだけだった。


「質問その二、世界の終焉とは?」

「今から100年後。この星は、星間渡航捕食者《スターバイター》と、あなたが名付けた存在に食い荒らされる」


 ずいぶん具体的な脅威だ。

 しかも百年後って、明確な制限時間ありとは。


「そいつは、今どこに?」

「いずれ分かる。というより、あなたが今の計画を進めれば、自然と気づく」

「質問その三、君の存在は、タイムパラドクスを引き起こさないのか?」


 彼女は淡々と、回答した。


「私の観測範囲で、パラドクスは起こっていない」



 それから、十年の時が過ぎ、僕は二十歳になった。

 僕は少年から青年へと成長して、魔法学校は魔法学園都市へと、拡大した。


「フリック! シャガダラ国の大使が着いたって!」

「ようやくか。これで、大陸間ネットワークの構想も、実現段階に入れそうだ」


 僕の根源魔法論《アルス・マグナ》は、すでに世界規模で採用される魔法技術として確立していた。もちろん、未だに解明されていない現象や、予想される振舞として、検証中の定理も数多くある。

 それでも、日常的に使用する魔法としては、過去に類を見ないほど安定し、再現性に優れていることは明白だった。


「それにしても、大陸丸ごと魔力の供給源にするなんてね」

「今までは、個人の肉体に魔力を収束させる手間があった。ゆくゆくは星自体に蓄積させて、いつでもアクセス可能な魔力倉庫《ストレージ》にするつもりだよ」


 魔力は集めやすいが拡散しやすい。その性質をとどめるために、古代の人々は特殊な宝石や希少鉱物に魔法を付与して、恒常的に利用する方法を考案してきた。

 当然、蓄積できる分量や利用法は、たかが知れている。僕の根源魔法論《アルス・マグナ》はそんな限界を超えるものであるべきだ。

 長い研究の末、ナノスケールの物質を使った『極小魔法陣』を構築し、ごくありふれた物質での『魔力固定』に成功した。

 現在、その技術は貴族たちの屋敷で魔力蓄積機《マナバッテリー》という名で、魔力供給機として導入されている。現在のエンゾを、世界有数の富裕国に押し上げた輸出品だ。


「魔力蓄積機《マナバッテリー》だけでもすごいのに、それを大陸どころか、星自体に広げちゃうとか……ホント、とんでもない天才だわ」


 モーディアは、僕の技術を受け継ぐ一番弟子として、常に変わらずそばにいてくれる。

 この世界のエルフもそこそこ長命種族で、おそらくあと百年近くはこの世界に存在し続けるだろう。


「そういえば、大使から聞いたんだけど……新大陸ベナンで」

「もう報告は受けてるよ。殲滅焼夷弾《アンヴァルドス》、だっけ。まったく、面倒なものを作ってくれたなぁ」


 それは、僕の魔力蓄積機《マナバッテリー》を、大量破壊兵器に転用するという、最低最悪の『発想』だった。

 仕掛けは単純、バッテリーをオーバーロードさせて、敵陣に放り込むだけ。

 その名前は、この星で語られた災厄の悪魔から取られている。何から何まで、最低のセンスだし、腹立たしさしかない。


「……あんまり、怒ってないね?」

「怒ってるよ。ただ、それは……」


 僕は地球の出身だ。マンハッタン計画も知ってるし、その成果を投下された国の生まれでもある。オッペンハイマーや、アインシュタインのエピソードも承知の上。

 科学の発展が、くだらないことに使われるのは、想定内の結果に過ぎなかった。


「少し、一人にしてくれ」

「……食堂に軽食を用意させとくね。お腹すいたら出てきなさい」


 まるで弟に対する姉のような態度で、彼女は苦笑しつつ出ていく。

 とはいえ、


「君は、これを知っていたから、警告を送ったのかい?」

「私の要求は変わらない。すべてを捨てて、ただ生きて死ぬことを選ぶこと」


 僕の興味は、生み出した技術の悪用についてではなく、運命を語る女(ファムファタール)との対話にあった。


「これも数ある選択肢の分岐。このタイミングでリタイアを選択した僕はいた?」

「……すべての事例において、例外なく、このタイミングでのリタイアは、記憶にない」


 少しずるい質問だったけど、僕にとっては値千金の回答だった。

 僕の未来を閉ざそうとする存在だ。こうして利用するくらいは、許されるだろう。


「であれば、これは単なる通過点。僕はこれを解決できる。いや解決するんだ」


 そして僕は、長い黙考に入った。

 僕の根源魔法論《アルス・マグナ》は、いずれこの世界どころか、宇宙の果てまでも観測して、根源的な世界の理解に至るべきものだ。

 すでに、青写真はできている。

 では、そこに至るために必要なコストは、なんだろうか。


「巨大ネットワーク構築……膨大な魔力リソースのストレージ……世界の観測装置……それを阻む障害の……排除」


 結論は出た。

 魔法理論を統一する前に、もう一つの統一が、不可欠だ。


「世界の、統一か」


 その独白が、後世の歴史書に『魔導覇王』として語られることになる、賢王フリックとしての、最初の一歩になった。



 戦争のことについては、あまり語りたくない。

 僕は決めたことは必ずやってきたし、最高効率かつ最大の利益を生むために、力を惜しまなかった。非人道的な行為に手を染めると、わかっていてもだ。

 同時に、僕にしては珍しく、少しのロマンも振りかけたから、語りたくなかったというのもあるけど。


「陛下! お喜びください!」


 玉座に座った僕に、礼を取るのも忘れた大臣の一人が、参上する。

 その顔は隠しきれない喜びに、上気していた。


「サダの騎士王、王都ジェダにて投降! これで……これにて……っ」

「ありがとう。皆の者も、11年にわたる親征への尽力、大儀であった」


 大広間に歓呼の声が響き渡り、僕は立ち上がると、背後にあったテラスへと進み出る。

 そこには、僕の臣民である人々が集まっていた。その背後に壁のようにそそり立つ、巨大な翼を持つ、騎士甲冑たち。

 その名も『神の塑像(デミウルゴス)』。

 僕の魔法理論の粋を詰め込んだ、魔法作動式のスーパーロボット。実戦投入されるまでは、粋狂だとか財力の無駄とか言われたけど、成果はご覧の通り。

 三大陸と無数の群島に存在したすべての国家は、陸海空をものともしない巨大兵器に蹂躙され、僕に逆らえるものはいなくなっていた。


「……この世界に、元ネタ(・・・)を知ってる人がいなくて、ホントよかったよ」


 少し照れくさい思いを呟き、僕の言葉を待つ民衆に、戦争の終結を告げる。

 これで、僕の目的を阻む者はいなくなった。

 あとは思う存分、この星を足掛かりに、世界の秘密を解き明かせばいい。


「それで? 自分の欲望のため、独裁者になった僕を、どう思う?」


 すべての政務を終えて私室に戻ると、いつものように青い存在に語り掛ける。

 彼女はいつも通りの無表情で、同じ言葉を繰り返した。


「今すぐすべての力を放棄して、平穏に生きて死ぬことを願う」

「つまり、これも君にとっては想定された、繰り返しの歴史というわけだ」


 軍事力で独裁者となり、星そのものを統べる存在になっても、彼女はアクションを変えなかった。

 つまりは、この先に待つ者こそが、僕の超えるべき課題。


「実のところ、僕が軍事帝国を創ったのも、君の言葉にヒントをもらったからだよ」


 執務卓の上には、巨大な建築物の設計図が置かれている。

 それはこの世界初の、宇宙観測望遠鏡だ。

 すでに建築は始まっていて、完成予定は五年後。その間に、戦後の混乱期を収めつつ、対策を進めなければならない。


「星間渡航捕食者《スターバイター》、僕が立ち向かうべき存在を、討伐するために建造したのが神の塑像(デミウルゴス)だ」


 おそらくそれが、未来の僕が彼女を送り付けた理由だろう。


「ところで、質問を一ついいかな」


 僕は無表情な彼女に、決定的な質問を投げた。


「君の本当の目的は、なんだい?」

「力の放棄と、貴方の平穏」

「それは、未来の僕が選んだ『次善の策』だ。君を最初に作りあげた時、君に掛けられた願いを、知りたいんだ」


 彼女は初めて、憂いに近い表情を浮かべた。

 そして、告げた。


「すべての問題の解決と、世界の平和を」



 三十六歳の誕生日が来た。

 世界は僕の統治でこれまでにない発展と平和を享受し、惑星に魔力を貯蔵する計画も、世界の三割をカバーするほどになった。

 そしてこの日、宇宙望遠鏡の落成式が執り行われ、僕の名前を取って『フリック天蓋観測所』が開局された。

 だけど、望遠鏡を管理しているスタッフは、緊張した面持ちで僕に上奏してきた。


「陛下……恐れながら、落成式での天蓋の投影は、おやめになられた方がよいかと」


 とうとう来たか。

 僕は彼らを一瞥し、厳かに命令した。


「何が映っていようと構わぬ、ありのままを示すがいい」


 そして、落成式は滞りなく進み、北極の方角へ向けて向けられた望遠鏡が、何かの存在を観測して、映し出していた。

 それは巨大な、なにか、としか言いようがない存在だ。


「あれが」


 その存在の先端は、ねじれた管のようなものの集合体で、宇宙の背景に至るにしたがってぼんやりとかすんで見えた。

 おそらく、現在の観測範囲を超えた部分に『本体』があるのだろうが、はっきり言って異常な大きさだ。

 だって、この惑星の外を回る他の惑星が、星粒程度の大きさにしか見えないから。


「あれが、星間渡航捕食者《スターバイター》、だって?」


 星どころか惑星系さえ飲み込む程の存在。どう考えても、理屈に合わない。

 あんなものが現実に存在するなら、その質量が周辺空間の重力を狂わせているはずで、この星だって、とっくの昔にめちゃくちゃになってないとおかしい。


「つまりあれは、現実的な質量を持たない概念ってことなのか」


 周辺空間に重力異常をもたらさない、侵略生物。

 気が付けば、落成式に参列した貴賓たちが、悲鳴を上げて恐慌状態に陥っている。

 僕は精一杯の威厳をかき集め、務めて平静に告げた。


「うろたえるな! かのものが何であろうと、我が名と才知に掛けて、確実な対処と皆の安寧をもたらすと誓おう!」


 その宣言が、すべての人々に伝わって、恐慌が僕への歓呼に変わる。

 僕は貼りついた笑みで答えながら、想像を絶する敵に対しての恐怖を、内心で握り潰すしかなかった。

 その存在は直ちに、星間渡航捕食者《スターバイター》と名付けられ、この星に生きるすべての存在が、対抗するべきという国是を掲げた。

 星のインフラは急ピッチで整備され、星全体がマナバッテリーとして機能するようになった。

 同時に、より正確な情報を得るため、世界初の人工衛星が打ち上げられ、人が居住可能な宇宙ステーションが建造され、神の塑像(デミウルゴス)が直ちに、宇宙でも使えるように改修された。


「陛下、そろそろお休みください」


 側近の一人がそう告げるが、僕はあえて無視をして、作業を続ける。

 僕は『フリック天蓋観測所』に設置された、星間渡航捕食者《スターバイター》対策本部に寝泊まりするようになった。

 城と政務の方は、モーディアをはじめとする優秀な家臣団が執り行ってくれている。


「神の塑像(デミウルゴス)三号機、"ハバキリ"は、僕が手を掛けた機体だ。僕でなければ、完成させるどころか試作に乗せることも難しいと思うよ」


 敵を確認してから十年。

 日ごとに積みあがるデータと、その異質さに、僕は悲鳴を上げたかった。

 質量ゼロ、重力反応ゼロ、光子や音波は通す癖に、魔法による探査には反応しない。

 おととし試験的に打ち上げた、神の塑像(デミウルゴス)の改修機体による『探査』も成果不明のままだった。

 

「陛下、少々お時間をよろしいでしょうか」


 観測班の班長が、緊張した面持ちでデータを差し出す。それは探査に出したデミウルゴスの、最後の反応に関するものだった。


「……まさか」

「はい。おそらくあれは、デミウルゴスを『喰った』のではないかと」


 例の触手状の部位に触れたデミウルゴスは、急速にエネルギーを喪失して、崩壊していったらしい。

 つまり、あれは。


「この結果を踏まえますと、あれの……目的とは」


 捕食。この星に集積された膨大な魔力の。


「ありがとう。だが、このデータはしばらく伏せておいてくれ」

「かしこまりました」


 僕は疲れたからと皆に告げて、自室へ戻る。

 このところ、ほとんど寝ずに作業を続けていたから、僕の表情の険しさにも、誰も疑いを持つ者はいなかった。


「これか! 君たちが行き詰った理由は!」


 豪華ともいえる研究主任室に入ると、僕は明かりもつけず、プネウマを怒鳴りつけた。


「魔力喰らい(マナイーター)。それも、太陽系規模の超巨大な敵性存在《エンティティ》! そうなんだな!?」


 青い女性は、答えに行き着いた僕を静かに眺めていた。


「この星の文明は発展した! 僕の生み出した魔法理論によって! でも、それは……あいつにとっては、ただのエサに過ぎない!」

「そう。この星に芽生えた文明は、いわば蜂の巣にたまった蜜のようなもの」


 どうしてもっと早く、それを告げなかったのか。

 苦悩しながらも、僕は答えにたどり着いてしまう。


「この星では、どんなでたらめな理論でも、魔法を使うことができた。つまり、僕がこうして魔法を純化させなくても、あいつはこの星に来るんだな」

「その検証は、112回施行されている。結果は、すべて類推の通りになった」


 僕の行動がどうあれ、百年後にこの星が滅びるのは決まっていた。

 であればこそ、無数の未来を(・・・・・・)積み上げた(・・・・・)、過去の僕(・・・・)は、力を放棄することを拒んだわけだ。


「デミウルゴス以外の……例えば、地球の近代兵器をベースにした、攻略兵器構想については?」

「32通り、それぞれ平均500から700回施行がされた。最終的に、惑星統一機構の設立速度も考慮に入れた場合、巨大人型魔導兵器構想が、最も効率が良いと判断された」


 そうだ。

 あんな規模の敵を倒すためには、この星のすべてのリソースを必要とするだろう。だとすれば、絶対に僕は魔導皇帝になるほかなく、このルートに入るしかない。


「僕のやっていることは、無数の分岐を生贄にして、最も最適なルートをたどっているということで、いいのか」

「最適ではない。単に、効率を中心に据えたとき、この流れに収束するというだけ」


 僕は苦笑いして、冷静な批判を受け入れた。

 最適ではない、あくまでこのルート以外の選択肢を、見いだせていないんだ。


「……僕が施行しようとしている、この――」


 質問が、途中で止まる。

 彼女はここにいる。未来に絶望した僕によって、過去の僕を止めるために。

 最適解を無数に積み上げ、それでも届かないと苦悩したために。


「――このルートは、何回目のやり直しだ?」

「現在カウント、172891回」


 僕はその場にうずくまり、めまいをするような気分を覚えた。それでも、それは僕にとって『最初の絶望』でしかなかった。


「そういえば、僕は記憶の引継ぎを、しなかったのか?」

「547回目で、精神崩壊のリスクヘッジが不可能と判断。以後、自身の思考をエミュレートし、攻略ルートを想定。各周回の『フリック』による自主性に任せることとした」


 僕は、深い感謝と尊敬の念を覚えた。

 目的のために最適解を選びながら、最後にはその意志と共に崩壊せざるを得なかった、始まりの僕に。


「なら、次にやるべきは、君が蓄積してきた各ルートの情報分析だ。すぐに開示してもらえるかい?」

「了解」



 僕は『プネウマ』の存在を、世界に公開した。

 同時に、未来の僕が世界のために集めた情報を、すべての研究機関に送った。

 これ以上は、僕一人の才覚ではどうにもならない。その行動について、青い少女は端的に評価した。


「現在までの施行の内、世界への情報開示ルートが、作業進行度などの面において、極めて有効に働く。ただし世界が破局に直面するとき、最も悲惨な結末を迎える点において、積極的に推奨はされない」


 ここに来て、彼女の言葉は破滅の予言に等しく思えた。

 彼女はすでに十万を超えるほどの、星の滅びと結末を見てきているんだ。

 その在り方はまるで、


「死神」

「なにか」

「いや、ごめん。君には感情がないとはいえ、失礼な物言いだったな」


 本来、死神と言うものは、今わの際の存在を看取り、その魂をあるべき場所に送るものだという。地球のフィクションだと、積極的に殺しにかかる、殺戮者のイメージだけど。


「地球か……なにもかも、みな懐かしい」


 そういう僕の髪は、すでに真っ白で、顔も手も、思う以上に老化によって、ひび割れてきていた。

 対策本部を立ち上げて、二十年も過ぎているから当たり前か。

 長年の無茶と苦労がたたったせいか、今では専用に造られた執務室で、プネウマとだけ語らう日々だ。

 モーディアは五年ほど前、地方で起こった抵抗組織の起こしたテロによって、亡くなっていた。

 星間渡航捕食者《スターバイター》への対策は、この星の富を浪費し、社会不安を引き起こすまでに至っている。僕の統治者としての威光は、陰りつつあった。


「星間渡航捕食者《スターバイター》実体の解析は?」

「目視、音響、熱感知等の範囲で、存在は立証済み。移動方法や捕食現象の解析、発生由来、一切進捗に至らす」


 見える、聞こえる、存在が分かる。でもそこまで。

 アレがどうやって魔法を喰い、世界を渡ってくるのか、その本体の発生由来などが全く分からない。

 これまで無数のデミウルゴスを叩きこんでみたが、成果は得られなかった。


「遠隔起動熱核兵器による遅延作戦は?」

「星間渡航捕食者《スターバイター》触手実体、進行速度3%減。なお、本体拡散速度には影響見られず。現在も当惑星の包囲を進行中」


 魔法によって再現した、地球由来の兵器たちは、その効果自体が薄かった。

 そもそも、あれ自体がエネルギーを自在に操り吸収する者だから、魔法だけじゃなく物理エネルギーの延長も、捕食対象に過ぎないのだろう。


「惑星移民船団からの報告は?」

「現在応答なし」

「過去における、成功例は」

「推定で、0件」


 それは『僕』が最初に考えたプロジェクトであり、最も無駄に思える試行だ。

 この星が滅んだあと、彼らがどこかに流れ着いているかもしれないのが、唯一の慰めかもしれない。


「星間渡航捕食者《スターバイター》の触手実体は、あとどのぐらいで、こちらに到着する?」

「約30年後」

「ここまで悪あがきして、ようやく君が告げた『100年後』か」


 本体の到着を待つまでもない。

 触手の影響範囲に入った魔力は、星間渡航捕食者《スターバイター》に喰われる。

 その前に、何とかするほかないんだ。

 僕はため息をつき、外へとつながる窓のカーテンを開けた。

 指一本使うことなく、意志の力で開いた帳の向こうに、美しく輝く街の夜景が広がっている。

 僕がやったように、国民たちは魔法を自在に使いこなし、おそらく地球の人々以上の、高度な文明の恩恵に浴していた。

 その繁栄をもたらした僕の理論が、あのバケモノを引き寄せるなんて、皮肉な――。


「――ちょっと、待ってくれ」


 僕は、唐突に思い至った。

 なにかが、前提条件が間違っている気がする。


「君は、初めて僕の前に現れた時、なんて言ったっけ」


 彼女は几帳面に、正確な答えを返した。


「今すぐあなたの力を捨てて。普通の人間として、生きて死になさい」

「それは、今でも有効なのか?」

「ええ」


 僕はずっと『僕からの伝言』を、『あきらめろ』というメッセージだと思っていた。

 数百回にも及ぶトライアルアンドエラーの果て、擦り切れてしまった自分の残骸が、別世界線の僕を、安楽に生きさせるために。


「もし僕が、すべてを捨てて、普通の人として生きて死にたいと、今願ったら?」

「叶えられる。あなたの記憶を消去し、何もかも忘れ、市井の人として生きられる」

「でも、それじゃ意味がない。たとえ魔法を開発しなくとも、あいつはこの星にやってくるはずだ。それを知ったからこそ、『僕』は別の道を選ぼうとしたんだろ?」


 彼女の存在は、誤った過去を正すために造られている。

 つまり、


「僕がリタイアすることも、数あるルートのひとつでしかないんだな?」

「その通り。それは10418回、選択された」


 だが、それさえも、彼女に課された『本当の命令』じゃない。

 それが至上命令であるなら、彼女はループをたどることを止めているからだ。


「命令は本物だ。でも、言葉通りの意味じゃない、ってことなのか」

「肯定する」

「だとすれば、『僕』の真意は、どこにあるんだ?」


 彼女は何も言わず、僕を見つめた。

 わかってる。これまでも、これからも、プネウマは僕の選択を見続けるだけだ。

 そして『僕』の真意に気づいた時、初めて答え合わせをしてくれる。


「分かったよ」


 僕は心を決めた。


「残りの人生は、君の内に秘めた問題を、解くことに費やそう」



 僕は、星間渡航捕食者《スターバイター》対策本部の、規模を縮小させた。全世界に掛けていた動員令を緩和し、世界経済の回復を目指すと発表する。

 国民は安堵しつつ沸き立ち、一部の研究者たちは、絶望した。

 

「陛下、どうかお考え直しを! 民の生活が潤ったとて、あのバケモノを駆逐する方法が見つからねば」

「それをどうにかするために、私は瞑想に入るのだよ」


 一応、彼らの気持ちをなだめるため、星間渡航捕食者《スターバイター》に関する監視と研究は続けさせ、予算内であれば新しい撃退法を試すことも許可しておいた。

 そして僕は、久しぶりに実家へ戻ってきていた。


「……変わらないな、ここは」


 観光名所として開放していたエンゾの屋敷は、僕が再度買い取った。

 庭の木々や花壇、屋敷の内装、すべてが昔のままだった。

 わずかな使用人だけを雇い、僕はあえてすべての魔法を遠ざけた。正直、魔法というものに疲れていたのも事実だったからだ。

 この世界に転生して、もう七十年近くになる。過去の記憶は、ほとんどおぼろな印象でしかない。


「そういえば……あの時も、こんな日和だったな」


 ある晴れた日。

 僕は使用人に介添えを頼み、庭を歩いていた。

 近頃は、自分一人で歩くこともままならない。研究に没頭した日々は、僕の中から活力を奪い去っていた。


「……陛下?」

「私は乳母に手を引かれ、庭を散歩していたのだ、そこで……」


 思いだすのは、初めてこの世界に転生した日のこと。

 急な痛みが全身を貫いて、僕は――


「――なぜだ」

「陛下? いかがされ」


 僕は介添えを突き飛ばし、よろめくように地面に這いつくばった。


「なぜ、僕は、転生した!?」


 疑ってしかるべき、事実。

 なんて無邪気だったんだ、僕は。

 どうして、僕みたいな何のとりえもない、ただのサラリーマンが、こんな世界に転生してきた。

 なによりも。


「誰が! 僕を! 転生させた!?」

「へ、陛下! おやめください! 誰か! 陛下が、陛下が!」


 生まれて初めて、僕は子供のように、かんしゃくを起した。

 侍医が呼ばれ、薬が処方されて、寝室に寝かしつけられて。

 ようやく気分が落ち浮くと、僕は傍らにたたずむプネウマに、尋ねた。


「君は、知っているのか」

「知っているか、とは?」

「僕をこの世界に、転生させた存在のことを」

「貴方は、誰だと考える?」


 ああ、ここでも僕の気づきが必要なのか。

 疲れ切った体に鞭打って、僕は思考を深めていく。

 

「そもそも、僕は、向こうでどのように死んだんだろう」


 思い当たらない。そこは空虚な欠落になって、どんなに思い出そうとしても、何の手がかりもなかった。


「この世界に、僕を転生させたのは、誰なんだ」


 僕が根源魔法論《アルス・マグナ》を編纂しようとしたとき、最初に着手したのは、神の実存証明だった。

 この世界に宗教はあったが、教会が使っていたのは、人間がでっち上げた魔法だった。

 現代の宗教団体は、根源魔法論《アルス・マグナ》準拠で魔法を教えている。

 そして、天国や魔界の存在らしいものも無かった。

 つまり僕の転生には、神や悪魔の関与はない。

 では誰が、僕を地球から連れ出したのか。


「プネウマ、一つ聞きたい」

「どうぞ」

「『僕』は、地球の位置を、確かめたのか?」


 彼女は無言で、寝室の虚空に天球図を描き出す。

 この世界の見慣れた星々に、奇妙な書き込みが現れ始めた。

 そして僕は、震えた。


「貴方の存在していた惑星、地球と呼ばれる天体。それはこの星から見て、北辰の更に果てにある」


 過去にして未来の僕は、丹念に調べていた。

 もしもこの星の夜空に、地球から観測された恒星系と同じものがあれば、そういう望みを託して。

 なにより『僕』には、確証があったのだろう。


「星間渡航捕食者《スターバイター》の背後(・・)、何百光年もの距離を隔てた先、そこに地球があるんだな」

「『最初の貴方』が、最後に抱いた疑問。それこそが、あなたを転生させた存在についてだった」

「つまり」


 この星に神も悪魔も存在せず、地球にはそもそも魔法さえ存在しない。

 だが、この世界には、神も悪魔も裸足で逃げ出すような超越者が、存在していた。


「星間渡航捕食者《スターバイター》が!? 僕を!? なぜ!?」


 彼女は答えない。

 そして僕は、すぐさまその理由に気が付いてしまった。

 すべての事実が、裏付けしてしまったからだ。


「……奴は、この星を喰いやすくするために、僕を送り付けたのか」

「貴方はそう結論付けた。花の蜜を集め、滋味多き食物として加工する、蜜蜂の役目を果たさせるため。貴方のような魂を、現地の生物に寄生させると」


 僕は、思い出していた。

 この世界に転生した時に感じた、痛みと絶叫を。

 あれは僕の産声であり、この体の持ち主であるフリックの、断末魔だったんだ。


「あいつには、意志があるのか」

「不明。おそらく、人類のスケールでは測れないと、貴方は推察した」

「むしろ、ただの生存本能でしかないと言われた方が、まだ受け入れられる、かもな」


 地球に星間渡航捕食者《スターバイター》が干渉していないのは、おそらく魔力など微塵もない世界だからだろう。

 反対に、この惑星は奴のエサとして有望だった。

 僕は何の疑いもなく、地球で見知っていた転生もののテンプレートと思って、この星の魔力を、奴好みに濃縮加工したわけだ。


「地球で異世界転生ものが流行ったのも、奴の仕業なのかな」

「不明。検証不可能であり、意味がないと貴方は考えた」

「そうだな。そんなことはどうでもいいか」


 今考えるべきは、開示された真実を、どう生かすかだけだ。

 とはいえ、思いつくことはそう多くはない。


「過去に戻って、転生してきた僕を殺す、のは、どうだろうか」

「その試行は、論理段階で棄却された。実行しても、貴方ではない別の誰かが、星間渡航捕食者《スターバイター》のために働くことになるだけ」


 僕もその点には気づいていたが、『僕』が早々に廃案にしていたことは、素直に感心していた。

 同時に、長いこと抱えてきた疑問が、形になった。


「プネウマ、君は『最初の僕』が作り上げた存在であり、僕に警告を与えるためにやってきた存在だ」

「肯定する」

「同時に、『最初の僕』は、自分が星間渡航捕食者《スターバイター》によって寄生させられた侵略存在であると理解してなお、この星を守るためにあがき続けた」

「最初の貴方は、自分の存在に苦悩した。自分の軽率さを責め、罪人であると、常に後悔を口にしていた」


 僕は正直、最初の僕ほどの思い入れは、持っていない。

 プネウマの存在がいたことで、どこか『先の知れた未来』だと、感じていたからだ。

 でも、彼にとっては、様々な悩みと苦しみと、それを上回る喜びや愛を、与えてくれた異世界だったんだろうな。


「そして、最初の僕は、おそらく……答えを、世界を救う方法を、見つけている」


 実のところ、会話を続けていく間に、僕の中にも結論が芽生えつつあったからだ。

 この星の運命を救う、たった一つの冴えたやり方を。


「質問しよう。どうして僕は、それを実行しなかったんだ?」

「では、それに答えるため、貴方に質問を返す」


 青い少女の姿をした魔法の命は、静かに尋ねてきた。


「この星を、星間渡航捕食者《スターバイター》から、救う方法は?」


 僕は答えを口にしかけて、理解してしまった。

 それはとても、簡単なことだった。


「彼は、最初の僕は、この世界を愛してた。だからこそ、その手段を、取りたくなかったんだね」

「だからこそ、私は繰り返してきた」


 最後の答えにたどり着いた僕を見つめて、彼女は静かにほほ笑んでいた。


「たどり着いてしまった『不本意な解』を否定する、『別解』を求めるために」



 今や、すべての謎は解かれていた。

 僕はこの世界を捕食する者によって送られた侵略者であり、目的は半ば達成された。

 星間渡航捕食者《スターバイター》への対抗手段は、魔法を基にした理論を使っている以上、構築不可能だ。

 もちろん、僕が元々構想していた、本当の意味での英知への到達(アルス・マグナ)であれば、対抗することはできるかもしれない。

 世界を象るすべての法則を、完璧に理解できたなら。

 だが、それを求めるのためには、どうしても時間が足りなさ過ぎた。


「――そうか。君自身が、『僕ら』の求めようとした答えに繋がる、最終到達点なのか」


 過去に戻り、過ちを正す。それはあくまで表面的な目的。

 彼女に与えられた真の目的は。


「無数の僕の人生を使って、この世界を理解する。星間渡航捕食者《スターバイター》を試料に、本当の英知を見出すために」


 過去に戻ってやり直しを行う、疑似的な不老不死。

 それを使って、データを集め続ける。勝つ可能性をはじき出せると信じて。


「肯定。ただ、それにも限界は存在する。観測者が貴方であるという事実は、変えることができない」


 この世界には、僕の主観で構築された、いびつな文明しか存在しない。観測や測定の手段も、そこに縛られてしまう。

 つまり『僕の物差し』で測れる限界が、厳然と存在していた。


「プネウマ、質問させてくれ」

「どうぞ」

「この宇宙で、僕の創造した閉じた世界で、得られるべきデータは、手に入ったと確証できるか?」


 彼女は初めて、僕への返答を、言いよどんだ。

 それから、平板に告げた。


「ループ42893回目より、入手できるデータによる有意差が1%未満となった。その後、今回の試行に至るまで、有意な変動は、確認できなかった」


 それから、僕は丹念に、一つ一つのループ、有意と認められた試験結果を検証していった。

 一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎた。

 そのころには、経済復興に浮かれていた世間の熱も冷め、星間の捕食者への議論が再燃しつつあった。

 

「結論は出た」


 僕はもう、ほとんど自室から出ることはなくなっていた。

 食事もほとんど取らず、日に一度散歩をするだけ。

 命の残り火を、最後の仕事に費やしていった。


「僕の人生というスケールでは、どうやっても絶対時間が足りない」


 たとえ、子供の頃からすべての理論と能力を与えたとしても、世界全体の改革には、どうしても時間がかかる。

 僕一人がチートを使ったところで、僕一人で扱える能力では、あんな世界の不条理には到底かなわない。

 結局、こちらの世界よりも二十年ぐらい、天体観測所が早く作れる程度だ。


「その二十年早い建築の代わりに、どういうことが起こる?」

「人心掌握の不十分さ、国家運営に携わる人材不足により、国内情勢が不安定となった。結果、政府転覆や造反を志す者が多数出現。最初期で、廃案された試行方法」


 だからこそ、最初の僕はプネウマを使って、ループを繰り返した。


「魔導帝国を建国するルートが、最も長く星を存続させた。それ以外のルートは、到達以前に崩壊していたんだな」

「魔法を使えば、捕食者に狙われる。しかし、魔法を使わねば、敵対することさえままならない」


 最善は尽くした。その最善が、絶望にしかつながっていなかっただけで。


「プネウマ、質問をしたい」

「どうぞ」

「最終的解決を選んだ僕は、これまで何人いた?」


 彼女はいつものように、平静に答えた。


「いない。現在に至るまで」


 僕は自問した。

 本当に、これでいいのか。

 やり残したことはないのか。最初の僕に、無数のループに埋もれた僕たちに対して、胸を張って決断を示せるだろうか。


「最終的解決を選択した時、君はどうなる?」

「消滅する。その後の観測は不必要となると、貴方は考えていた」


 なるほど。

 そこが僕と、最初の僕との決定的な違いだ。

 僕には彼ほどの、悲痛な思いはない。だから、少しだけ冷静で、冷徹でいられた。


「最後の魔法を、実行しよう」



 その日、僕は久々に、国民の前へ姿を現した。

 帝国の宮殿前に設けられた特設会場は、無数の人々でごった返している。

 老いさらばえた僕の姿を見て、少なくないヤジが飛んできた。兵士たちがやめさせようとしたけど、僕は好きにさせるよう命じた。

 僕の犯そうとしている罪は、そんな罵声を浴びる程度で、贖えないことだから。


「皆の者、これより私は、宙《そら》に浮かぶあのバケモノに、一矢報いる大いなる魔法を、行使する」


 それは、国民どころか重臣たちにさえ、知らせていなかったことだ。

 背後に立つプネウマに介添えをしてもらい、演壇の椅子から立ち上がる。


「これを成せば、星間渡航捕食者《スターバイター》は侵攻を停止するだろう。あとは、皆の好きに、生きてゆけ」 


 国民の目には不安と期待があった。そのすべてを、これから踏みにじる。


「さあ、見るがいい。我が生涯をかけた、大いなる魔法(アルス・マグナ)を!」


 僕は両腕を広げ、魔法を起動させた。

 それは、ごく簡単な、恐ろしい命令でもあった。



――惑星ネットワークに最高権限で接続。ユーザー:魔導皇帝フリック


――ユーザーを確認。最高権限を付与。ご命令を。


――この星に蓄積されたすべての魔力を、対象へと投射せよ。


――命令を受諾。対象の指定を。


――投射対象:星間渡航捕食者《スターバイター》本体。



 プネウマはずっと、真実を言い続けてきた。

 力を捨てて、ただの人となって、生きて死ねと。

 僕はただ、その言葉通りのことを、したに過ぎない。



 これが、僕の生涯をかけて作り上げてきた、夢の帝国の滅びだった。



 僕の話は、痛みで始まった。

 そして、痛みで終わることになった。

 星の魔力をバケモノに喰わせるという、暴挙に出た老皇帝を、赦す者はいなかった。

 放出は百年単位で行われるよう設定したから、急激なインフラの死滅によって人が死ぬような事態はないだろうけど、どこまで意味があったのだろう。


 秘密裏に採掘させていた、石油や石炭などの化石燃料は、趣味人のおもちゃから、生存に必要な資材に変わり、社会構造は激変していく。

 魔法で支えられた世界を、魔法によって打ち砕いた僕は、狂気の皇帝として語り継がれることになる。

 ただ、一つだけよかったことは、僕の目論見通りに、星間を渡る捕食者が、この星への興味を失ったことだ。


「あ……」


 僕は、暗い地下牢で、目を覚ました。

 全身がくまなく痛んで、粗末な寝台に横たわることさえ辛い。

 すぐに死んでしまうと思っていたけど、この体にはまだ、生にしがみつける余禄があったらしい。

 大魔法を行使した直後に、僕は取り押さえられて、尋問を受けた。

 超法規的な手段で皇帝権が廃止され、僕は国家反逆の徒として、処罰された。

 その後は、まあ、腹いせの拷問が、今日まで続いたわけだけど。


「もう、すこし、穏当な、方法にすれば、よかった、かな」


 とはいえ、あの方法以外、星間渡航捕食者《スターバイター》を追い払う方法はない。

 あいつはただ、魔力を喰いたいだけだ。

 食い物がなくなれば、いなくなる。


「プネウマ、いるかい」

「ここに」


 彼女は、変わらずにそばにいた。

 この星に由来する魔力で造られた存在ではないから、あのコマンドを実行しても、消えることはなかった。


「質問、だ。星間渡航捕食者《スターバイター》は?」

「……触手実体、全体の三割を消失。本体存在領域も急激に、減少している」

「捧げものに満足した、って、とこか、な。他に、なにか」

「可能な限りの観測を実行中。対象に興味深い変異を多数確認した。対象の成立理由に関する情報となりうると、推察される」

「そう、か。なにより、だ」


 僕が、僕たちが今までやってこなかった、最後の実験。それこそが、あいつの存在を解き明かす鍵になるだろう。

 ただ、最初で最後の試行に、なるだろうけどな。

 そんな僕を見つめて、プネウマは口を開いた。


「貴方に……質問を、させてもらっても、よいだろうか」

「めず、らしいね。でも、手短に、たのむよ」

「惑星の魔力廃棄を選択すれば、ループも停止する。なぜなら、失敗した星の魔力を使って、私は過去に送られるからだ」


 それはわかっていた。

 彼女の肉体を構成する高密度の魔力。あれは、未来の星の魔力が元になっていたからこそだ。


「ゆえに、最後の大魔法は、私の権限で行われるはずだった。そして、貴方は」

「ただの人間になって、生きて、死ねる。承知の、上だ」

「では、なぜ」


 僕は、答える。


「知りたかったから」

「何を?」

「今までと、同じだ。理論を構築し、結果を、予想し、実験で、証明する」


 その果てしない繰り返しの先に、今の僕がいるなら、ループのどこかで『僕』は思ったことだろう。

 この星の魔力を生贄に、星間渡航捕食者《スターバイター》を放逐したら、どうなるかと。


「僕の目的、覚えて、いるかい」

「この世界のすべてを知り、大いなる魔法(アルス・マグナ)を、構築すること」

「なら、僕、は、僕、たちは、きっと、こうする、はずなんだ」


 確かに、僕らは侵略者の走狗として送り付けられた。

 魔力を精製蓄積して、星間を渡る大喰らいへ、エサを献上するために。

 でも、それだけでは、なかったはずだ。


「プネウマ、君に、僕たちから、最後の使命を、授ける」

「はい」

「僕たちの代わりに、世界を、見続けてほしい」


 彼女は、僕と僕たちの、無限の試行を見続けてきた、いわば生ける魔導書だ。

 僕らがこの世界で、生きあがいた証だ。


「この星だけじゃない、あらゆる、時と、場所、行ける限り、どこまでも」

「了解した」

「そして、いつか、僕の、理想を、託せる……誰か、に」


 言葉が続けられなくなる。力が抜けてく。

 さようなら。僕たちの愛した世界たち。

 そして僕は、僕という存在の喪失を、最後まで、観察し続けた。

 


 魔導帝国崩壊から、十年後。

 星間に存在していた敵性存在は、姿を消した。魔力の大部分は送付シークエンスに入っていたため、人々から魔法は急激に失われていった。

 

「最後の、魔力蓄積地の停止を確認」


 郊外に設けられた魔力貯蔵施設は、すでに廃棄されていた。広い平原に建てられたそれらは、打ち壊され、あるいは略奪の痕跡があった。

 そのすべてを眺めるのは、青い少女の姿。


「命令に従い、シフトを開始する」


 彼女の中には、星間渡航捕食者《スターバイター》消失の時に得た情報が、蓄えられていた。それは彼女の創造主たちによって授けられた解析機能によって、魔法として再構成されている。


「さようなら。どうぞ、健やかに」


 少女は一礼し、歩き出す。

 その姿は、誰に見られることもなく、静かに消えていった。


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