君と約束したあの空の下で
秋の終わりを告げる冷たい風が、銀杏並木の葉を揺らす。
「遅いな……」
つぶやいて空を見上げる。あの日と同じ空だった。どこまでも透み渡り、まるで何かを見ているかのように青い。その空を見上げていると、自然とあの日のことを思い出してしまった。
3年前の今日、優と奈々はこの場所で
「優くん、私、東京に行きます。」
奈々は小さな声でそう宣言した。 奈々の瞳には迷いがあったが、決意の色も見えた。 東京の音楽学校で音楽を学ぶという夢を見据えて、地元を旅立つことを決意したのだ。
「行ってらっしゃい。絶対成功するって信じてるから。」
優は真剣に微笑んで見せた。奈々を応援したい気持ちと、引き留めたい気持ちが優の心を揺らした。
「ありがとう、優くん。でも、約束して。3年後の今日、またこの場所で会おうよ。」
そのときの奈々の顔が、どうしても忘れられない。力強く微笑むその表情の奥に、涙をこらえている…あの表情が。
優は時計を確認した。今は午後2時。奈々が約束の日を忘れる人ではない事はわかっていたが、胸の奥には不安が広がっている。
その時、スマホが鳴った。奈々からのメッセージだった。
「優くん、連絡遅れてごめん。あと少しだからまってて。」
優の胸には安堵が広がる。しかしそれは、まだこの先起こることを知らないひと時の安らぎなのだと、後に気づいた。
「優くん!遠くから優を呼ぶ声が聞こえる。」
優はその声が嘘では無いことを確認するために後ろを振り返る。
そこには奈々がいた。 しかし、その隣には見知らぬ男がたっていたのだ。
「久しぶり。大きくなったね。」
その声はあの時とは変わらない。むしろ大人びた声だ。
「紹介するね。東京で出会った晃士さん。今度、結婚することになったの。」
なんで……なんでなの。
優は言葉が出なかった。奈々の笑顔は以前と変わらず輝いていたが、その目はもう優だけを見ているわけではない。むしろ今は晃士さんだけのことを見ている。
「優くんには、感謝してる。あの時背中を押してくれたおかげで、夢を叶えられて、さらに康二さんにも出会えた。」
奈々の言葉は僕の胸にまるで槍のように刺さった。
「そう…なんだ。」
たくさん言いたいことはあったはずなのに。なにも言えなかった。どんな気持ちだろう。どんな表情をしているのだろう。ぐちゃぐちゃのこの思いは自分自身でも分からない。
そう考えているうちに
「優くんごめんね…もう行くね。」
奈々はそれ以外なにも言わない。いや、言えないのかもしれない。2人は3年前の今日から分かっていたのだ。互いに好きだと言う気持ちを。それをないがしろにした奈々は優にはなにも言えない。言えなかったのだ。その思いを察した優は奈々の去り際に声をかける。
「お幸せに。そして東京でこれからも頑張ってね。」
行かないで欲しかったからなのだろうか。咄嗟に言葉が出てしまった。
その言葉をきいた奈々は一瞬立ち止まったものの、すぐにまた歩き出した。
一人残された優は、その場に崩れ落ち、赤ちゃんのようにたくさん泣いた。空に虚しさを感じた。君と約束したあの空の下で、彼の想いは音もなく儚く散っていたのだ。




